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少し残酷な描写などが紛れ込んでいます。苦手な方は読まずに次のお話に進むことをお勧めします。その場合は来週をお待ちください。いや、週末に更新するかもしれませんが。
2027年 秋田県横手市
「深雪ー、こっちこっち」
横手駅で電車を降り、改札を出たところで声がかかった。声の主は雪と同化するような真っ白な軽トラックの運転席にいる女性。
「久しぶりねえ、元気だった?」
「久しぶりね、姉さん。この人はジャーナリストさん。ちょうどいいから話してあげたら?」
「フリージャーナリストのこういうものです。よろしくお願いします」
「あらあら、まあ、日本海軍元戦艦大和乗組員森井真雪です。この子の姉です」
「戦艦大和、の乗組員ですか。エリートなんですね」
「いえいえ、そんないいものでもありませんよ? 大和の乗組員とはいえ、航空科、艦載機に乗っていたのでそこまで階級も高くありませんよ」
「終戦の時に二回級特進して、中佐になったくせに何言ってるんだか」
「あなたも戦時昇格で少尉になってそのあとは大尉になっていたじゃないの。あなたはまだ現場にいるかもしれないけど、私はデスクワークが多くなったのよ?」
「それはそうだけど万年大尉なんて呼ばれてた姉さんがよく中佐になんてなれたよね」
「万年大尉? 大和の万年大尉って、あなただったのですか! 噂は耳にしていました。一機でブルーバードと張り合えるとかなんとか。そこのところ詳しくお願いします」
「随分尾ひれがついてるのねえ。私も瞬殺されてるわよー。垂直離着陸機の特性を生かして戦って四番機の男の子にこてんぱんにされちゃったわ」
「けど全体で見ればあの部隊と模擬空戦で五分以上戦えたのって姉さんだけよ?」
「あら、そうなのー。じゃあ、そのことも含めて、家で話しましょうか。ジャーナリストさんもお乗りください。荷物は荷台に」
荷台のカバーを少し開けて荷物を入れ、助手席に座る。二人共軍人とは思えないほど細いので三人くらいなら余裕だ。
「まあ、姉さんと彼らの模擬空戦はかなり先の話だし、置いといて、先に中東での話よ」
■■■
2016年 トルコ アタテュルク国際空港
「ねえブラック、聞いた? 今日本当にお休みもらえるんだって」
「へえ、じゃあ観光にでも行くか」
「隊長とレッドも誘ってくる! ちゃんと私服に着替えるんだよー!」
「了解。ちゃんと着替えるが俺ってそんなイメージついてたか?」
パタパタとホワイトが走り出し、その数分もしないうちにレッドがやってきた。
「ホワイトに会ったか?」
「いや。だが、イスタンブール観光しようって話だろ? 悪いが俺はパスだ。多分隊長もパスするぜ」
「なんでだ?」
「多分あの人、偽物だ。撃墜されたあとから何かがおかしいと思ってたんだが、あの人、時折ふっと消えることがあるんだ。もしも敵のスパイじゃなきゃ、昨日の護衛の時の敵戦闘機があんなに来るわけがない。その上、やけに隊長だけ狙われねえ。それが疑問なんだ」
「わかった。こちら側でも調べてみよう。今は傭兵だが、コネが切れた訳じゃない」
「頼んだ」
レッドが出て行ってから数分後、とぼとぼとホワイトが戻ってきた。
「隊長行かないって。レッド見てない?」
「さっき会ったぞ。パスだとよ。用事があるらしい」
「二人だけなんだ。せっかくの休みなのにさみしいな」
「俺だけじゃ不満か?」
「ううん、そうじゃなくて、みんなで回りたいなって思ったの。コブラさんたちも行かないって」
「他の奴らも誘ってたのか。正規軍は忙しいのが常だし、傭兵でも被弾したりすりゃ自分の機体が不安になるだろ? 俺たちは四人のうち一人も被弾した機体はないから暇になるだけだ」
「そっかあ……。そうだね。うん、じゃあ、十分後に空港正面玄関ね!」
「了解」
着替えて正面玄関でホワイトを待つこと数分。
「ごめんね、道に迷っちゃった」
「空港の中で道に迷うってどうなんだ」
「空港の中は広いし、初めて来る所だから分からないのー!」
「わかったわかった。目立つから少し黙ろう。その服よく似合ってるぞ」
「あ、ありがとう。ブラックは、その、普通だね。謙虚なニホン人らしいというかなんというか」
「褒められてる気がしないが、どーも」
ブラックは黒いズボンと白のワイシャツという普通に普通を重ねたようなどこの国にでもいそうないでたち。ホワイトは可愛らしい白いワンピースに桃色の上着だ。
「で、どこへ向かうんだ?」
「さあ?」
「決めてないのかよ」
「じゃあじゃあ、美味しいものが食べたい!ブラック、連れてってー」
「はいはい、了解致しましたマイプリンセス。エスコート致しますので、お手を拝借」
公衆の面前で臆面もなく手を差し出すブラックにホワイトはつい赤面してしまう。彼の動作があまりにも自然すぎて自分が本当におとぎ話に出てくるお姫様になったかのような錯覚を覚えたのだ。
理由もなくバスを乗り継ぎ、イスタンブール中心街へ。トルコアイスを食べたり有名な地下宮殿や、土産物購入のためにバザールなどを観光していると、日本人であるブラックはやたらと日本の話をせがまれる。百二十四年前の1890年に和歌山県沖で起こったエルトゥールル号遭難事件以来の親日国であるトルコは、世界でも数少ない大日本帝国に理解を示し、昔から色々と支持してくれる国だ。というものの、どうやらブラックたちと出会ったトルコ人はどうも熱狂的な日本好きだったらしい。
「トウキョウの話を聞かせてくれ!」
「ここからオオサカはどのくらいの距離だい?」
「くそっ、マスコミみたいな奴らだ! ホワイト、逃げるぞ!」
「え、えっ、ええっ!?」
ホワイトの手を引いて路地裏へ逃げ、逃げる逃げる。追手は減っているが、何を勘違いしたのかチンピラらしき男の集団が追いかけてきた。いや、ただのチンピラというには、雰囲気がおかしい。ナイフならまだしも、懐に拳銃を隠しているようだ。マフィアか?
「ぶ、ブラック、行き止まり!」
「つかまってろ!」
ホワイトを抱き上げて壁を蹴って飛び上がる。彼らの頭上を飛び越え、最後尾にいた中国系と思われる男の背中を踏みつけてバネのように跳躍、来た道を引き返す。
「お、おろしてブラック!」
「いや、無理。走ってるし、追いかけられてる途中だし、どう考えてもこの方が速いから却下」
狭い裏通りを抜けて大通りへ。車の往来が激しいがするするとブラックは向かいの歩道へ逃げ、また裏通りを通って真っ赤になっているホワイトを下ろす。
「変なトコは触ってないから安心しろ」
「そ、そういうことじゃないんだけどなあ」
「ほら、早く逃げるぞ。またお客さんだ。やけに人がいねえと思ったら、道路工事でごまかしてこの辺一体でドンパチしてもいいようにってか」
工事作業員になりすましていたようだ。何人かの男たちが二人に襲いかかる。
「こっちだホワイト! どうも俺たちの動きを読まれてたらしいな」
念の為に持ってきていたデザートイーグルを手に取る。ホワイトもワタワタしながら拳銃を構えた。
「武装している!? 話が違うぞ、どうなってるんだ!」
「数ではこちらが上だ、やっちまえ!」
「逃げろホワイト」
「え、でも、きゃっ」
軍用拳銃を構えた数人が突進してくる。ブラックは話しながらも射程に入った瞬間に相手の頭を的確に撃ち抜いていく。
「一人は残さないとダメだよ! 情報を聞き出さなくちゃ!」
「了解。一人を残して制圧する。危ないからどこかに隠れていろお姫様」
「わ、わたしだって戦えるもん!」
「いいから隠れてろ。ここは俺がやる」
首輪を外された猟犬のようにブラックは相手の懐に潜り込む。俊敏な動作で一人、また一人と相手を屠る。発砲の際の反動を利用して相手のナイフを避け、弾がなくなれば相手の額を銃床で思い切り殴りつけ、盾にしている間に相手の銃を奪い取り、弾切れになればまた奪う。デザートイーグルからAK-47、M-16などに次々武器を変えていく。八人目の犠牲者が出たとき、狙撃手の存在に気づいた。近くの車両の影から狙っているようだ。この乱戦状態でここまで的確に狙えるということは相当な腕前の持ち主だ。だが、狙撃手というのは相手を確実に仕留めなければ意味がない。仕留め損ねれば自分の場所を相手に教えてしまうも同然だからだ。
「みいつけた」
「!!」
トラックの下にいた狙撃手は地面に向けて放たれた数発の銃弾が計算して放たれたものだということを理解した。アスファルトに跳弾した弾丸はトラックのエンジン部を射抜き、大爆発を引き起こす。残りは一人だ。
「リーダー、みいつーけた」
「く、来るな! テメエの連れがどうなってもいいのか!?」
二人を狙った集団のリーダーはホワイトを捕まえてこめかみに銃を押し当てる。太く毛むくじゃらの腕がホワイトの細い首を絞め上げ、少しだけその小さな体を浮かばせる。
「ぶ、ぶらっく、けほ、助……けて」
「おっと、それは困るな。どうすればマイプリンセスを離してもらえるんだ?」
「まずは武器を捨てな。隠し持ってるものも全部だ」
「よく見破ったもんだ」
手にしたAK-74を捨て、隠し持っていた拳銃も捨てる。
「ほらよ」
「ナイフもあるようだな。捨てろ」
「バレてたか」
そのまま大人しくナイフを捨てるかと思った。だが、あろう事かブラックはナイフを投げた。当たったのはホワイトの右太もも。
「あうっ!?」
「悪いな」
「な、仲間に攻撃だと!? 何を考えてるんだ!」
男このままではは逃げられないと判断したようで、ホワイトを振り捨てようと、拘束を緩める。
「今だ振り払え!」
「……っ! ぷはっ」
「うぐうっ」
ホワイトがリーダーの体から離れると同時にブラックが男の懐に飛び込み、みぞおちに正拳突きを食らわせる。体が浮かび上がるほどの衝撃をモロに喰らい、リーダーが大きく吹っ飛ぶ。足を負傷しているためにバランスを崩したホワイトをブラックは抱きとめる。
「悪い。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない!」
「よし、休んどけ。あとは俺の仕事だ」
ホワイトを壁に寄りかからせ、腹を押さえて呻いているリーダーの頭を掴み上げ、壁に叩きつける。
「誰の差し金だ? 答えろ中国人」
「くっ、そう簡単に答えると思ってんじゃねえぞ」
「ちゃんとした軍人がどうしてこんなことするかねえ。俺たちはただの通りすがりのなんの罪もない休日を謳歌してるだけの軍人だってのに。なあ、中華人民共和国人民解放軍、周西沢陸軍少佐?」
男の目が見開かれる。
「なぜ、私の名前を」
「整形したからわからないはずなのにってか? 完全にバレないようにしたいんだったら、耳を削ぎ落としておくべきだったな」
あらかじめ拾っておいたナイフを男の右耳に押し当てる。そのまま躊躇なく切り落とした。
「ああああああっ!?」
「さて、左耳もかな。情報を吐け。削ぎ落とされたくないのなら」
「くっ、うう、だ、誰が吐くものか!」
「まあ、いいんだけどさ」
「ぐあああっ」
左耳が地面に落ちた。両耳から流れる血が服を赤く染める。ナイフが次にあてがわれた場所は鼻。
「で? さっさと吐かねえと本気で人間の姿から程遠くなっちまうぞ?」
「くっ、貴様、私の名前を知っているのならわかるだろう! 私は、中国政府高官の息子だぞ!」
「だからなんだよ。戦場じゃあどこの子息だろうと令嬢だろうと関係ねえ。喰うか、喰われるかの関係でしかねえんだ。円卓の上でならまだしも、戦場を作り出しちまったら、死んでも文句は言えねえぜ?」
「ぎゃああっ!」
ストン、とナイフが鼻を削ぐ。
「随分とのっぺりした顔になったな。ついでに毛も剃っとくか? さっぱりするぞ」
「や、やめろ、いや、やめてください」
「じゃあ、情報を吐くか?」
「吐きます、吐きますから!」
「よし、俺たちを暗殺するように仕向けたのは?」
「それは」
「いや、耳元で話せ」
「……それは……」
何かしらあるといけないと思い、ブラックはホワイトに聞こえないように情報を手に入れた。だが、その情報はブラックの予想していたものと大きく違っていた。
「…………そうか。どういうことかはさっぱりだが、なかなかおもしれえな」
「…………じゃ、じゃあ」
がたがたと震えながら逃げようとする男をブラックは天使が笑っているかのような綺麗な満面の笑みで引き止めた。
「まあ待てって。俺は何も情報を吐けば開放してやるとは言ってないぞ」
「え?」
「俺はお前ら中国人が抱いている日本人のイメージと同じように極悪非道で残虐な人間を作るための化物養成学校で鍛えられた軍人でね。情報を与えられても開放してやるとは言ってないから、お前の生殺与奪は俺に握られてるってこった」
「ひっ」
「ま、ということで、敵に情報をやすやすと与えちまったクズには、死をもって教えてやるしかねえよなあ?」
先程とは打って変わって酷薄な笑を浮かべたブラックは、男を建物の中に連れ込み、そのまましばらく帰ってこなかった。ホワイトは窓に飛び跳ねる血飛沫とその音、凄まじい断末魔の叫び声を聞いた。叫び声が聞こえなくなった頃、ようや戻ってきたブラックは、返り血を浴びて真っ赤になったっていて、白い清潔そうなガーゼやら何やらを持っていた。
「待たせたな」
「あの人、どうしたの?」
「見ないほうがいいぞ。さて、ちょっと失礼」
ブラックは刺さっているナイフを抜き取り、ホワイトのワンピースを一気に躊躇なく引き裂く。
「な、何するの、ブラック!」
「何って、応急処置をするんだ。恥ずかしいかもしれねえが、我慢してじっとしてろ」
可愛らしい下着と一緒に細い白い足が露わになる。結構適当にナイフを投げたので心配していたが、上手く動脈を外していたようで、動くのに少し違和感はあるかもしれないが、支障はない程度だ。
清潔なガーゼで傷口を押さえ、よくわからないが血の流れを止めたほうが良いと考え、股関節から膝までにかけてを包帯できつく縛る。実は応急処置が苦手なブラックは、手早く応急処置をしながらこれであっているのかどうか不安になった。後でちゃんと医者に見せようと心に決める。
「よし、こんなもんだろ。とりあえず、向こう見といてやるから服着替えろ。ほれ」
ホワイトに新しい服を投げ渡し、う背を向けて自分も新しい服に着替え、返り値を落とす。髪の毛に付着してしまったものは取れなかったが、このくらいならもう大丈夫というところまでは拭くことができた。
「着替えたか?」
「うん。もう大丈夫。それはそうと、なんの忠告もなしにナイフ投げるってどういうことなの!?」
「悪い悪い。だが、逃げられないようにするためにはこうするしかなかった」
「痛かったんだからね!」
「わかったって。お前を餌にしちまったのは反省してるよ。病院行ったあとお子様ランチ奢ってやるから許してくれ」
「子供扱いしないでー!」
ぴょんぴょん跳ねながら抗議するものだから、余計子供に見えてしまうのだが、そこはあえて言わないでおく。
「さて、病院はどこだったかな。応急処置しかしてないし、あとは飯屋か」
「ほっとかないでー」
「あ、証拠隠滅しねーとな。あとで嗅ぎ回られると厄介だ」
「ブラックがいじめるう」
「いじめてない。意図的に放置してるだけだ」
「ひどい!」
「よし、ちょっと待ってろ」
再び建物の中に消えたブラックはすぐに出てきて、銃と弾丸、倒した男たちを建物の中に引きずり込んだ。
「おわった?」
「ああ。よし、病院へ行くぞ。ほら」
「え? 急に屈んでどうしたの?」
「おぶってやるって言ってるんだ。けが人に歩かせるわけには行かねえだろ?」
「あ、ありがと」
「ん。あ、そうだ、この香水つけとけ。臭うぞ」
「え!?」
ホワイトをおぶさって表通りへ。何人かの人に聞いて病院へ。ちゃんとした処置をしてもらい、飲食店でご飯をおごって、再び街を散策する。ホワイトをおぶりつつなのは変わらないが。
夕方になった。空港へ向かうバスに乗るためにそろそろ戻らなければならない。
「ふー、こんなもんか。めぼしいところは回ったと思うぞ?」
「そうだね。(主にブラックが)疲れたし帰ろっか」
「ああ。バスを待つか」
バスで空港へ。軍人用に用意された部屋に行き、帰ってきたことを伝える。
「おう、おかえり。帰ってたのか。で、イスタンブールはどうだった?」
「大変だったんだよ! えっとねむぐっ!?」
ホワイトの口を押さえて代わりに今作った話を適当に本当のことを交えて話す。完全に嘘でもない。
「ホワイトがすっ転んでマンホールの中に落っこちて怪我してそれからずっとおぶってたんだ。大変だったのは俺の方だ。全く、困ったお姫様なこった」
「むぐっ! むぐぐっ! むー!!」
「てことで、疲れた俺たちは寝る。晩飯の時にでも起こしてくれ」
「了解だ。ブラック、お前らから血と硝煙の匂いがするんだが気のせいか?」
「気のせいだ。疲れてるんじゃないか?」
そう言い残してブラックはホワイトを負ぶったまま部屋へと消えた。
その夜。
「レッド、どうだった?」
「間違いねえな。あとは証拠を押さえるだけだ」
「了解。任せておけ。色々とな」
なんだか中途半端ですね。またちゃんと直しておきます。