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2016年 第二歩帝国海軍空母信濃
「レーダーに反応。国籍不明機です。四機編隊」
「直ちにスクランブルをかけろ!」
ジリリリリリッ、とサイレンが鳴る。その時アラート待機でリラックスチェアに腰掛けてのんびりと本を読んでいたブラックは跳ね上がるように飛び起き、一挙動で駆け出した。視界の端に見える状況表示灯は赤く輝き、「SC」という文字が浮かび上がっている。ホットスクランブルだ。
(一体何が起こったんだ?)
だが、それも出撃すればわかる話。格納庫までの最短ルートを選んで走り、いつでも出撃できる状態の黄色い文字で「14」と書かれた青い犬鷲に乗り込む。ビェールクトの初出撃だ。困惑しているが、楽しみでしょうがない。
エレベーターを上り、トーイングカーに牽引されてカタパルト上に。その横には恐ろしい狼のノーズアートを施したSu-27。ハウンド2だ。その後ろにはハウンド3とコブラ1が付いている。本当はコブラ2が出る予定だったが、体調不良でブラックと代わったのだ。
「行くぞ」
「了解。サポートはお任せを」
『This is HAWK EYE. Boggy twelve o'clock. range 10 mile. Report, visual contact.(こちらホークアイ。未確認機は十二時方向。距離十マイル。目視確認次第報告せよ)』
カタパルトから射出された犬鷲と三羽の鶴は哨戒飛行にあたっていた瑞鶴所属のE-2早期警戒機から送られてきているデータを元に高度をピッチ角四十度で上げていく。高度三万フィートちょうどで水平飛行に戻し、まだ見えてこないが雲の向こうにいる国籍不明機をブラックは睨みつけた。
「Ground Agressor1, rader.(アグレッサー1、了解)」
『会敵まで三十秒』
「了解。敵さんは真正面から来るんだな?」
『はい。そのまま進んでください』
「だ、そうだ。ハウンド1」
「俺はブルーバード4だ」
「まあいいじゃねえかこうして飛んでる間だけはそう呼ばしてくれや。なあ?」
「「ぜひ呼ばせてください」」
「お前ら……」
『グランドアグレッサー隊、私語は謹んでください』
「はいはい、りょーかいしましたよっと」
コブラ1が黙り込む。
「…………高度を二千六百フィートに下げるぞ。奴らにAWACS並みの索敵能力を持ってる奴がいないことを祈って背後から襲う」
「「「了解」」」
『そろそろ不明機の編隊が貴編隊上空を通過します』
「今だっ、インメルマンターン!」
四機は編隊を崩すことなく綺麗なインメルマンターンと同時に二機編隊に分散。再び雲の中に入ってレーダーを起動させる。今の高度は三千百フィートの雲の中。
レーダーが国籍不明機の編隊を捉えた。目視可能距離までもう少し。
「こちらアグレッサー1。目標確認」
『所属と機種名を教えてください』
F-15に似た形状の複座式戦闘機。だが、カナード翼が付いている。F-15S/MTDだ。
「F-15S/MTDだ。所属は……501だ。数は三」
「501ってハウンド1、今のお前の職場だよな?」
「ああその通りだよ。同僚だ」
「警告しとくか?」
「頼む」
「あーあー。こちら日本軍。貴編隊は日本領海に近づいている。直ちに進路変更せよ。繰り返す……」
コブラ1が警告を発するが、三機のS/MTDは反応しない。だが、ここでブラックは殺気を感じ取った。
「全機ブレイク!!」
同時にミサイルアラートがコックピットで泣き喚く。そして自分たちがいたところをミサイルが通り過ぎて行った。急接近するもう一機のS/MTDをバレルロールで回避、ぐるぐると回る視界の中で四機のS/MTDが反転したのを確認した。
『ふむ、よく気づいたな』
「聞こえるか501の桜隊。こちら501のブルーバード4。お前たちは中東にいたはずだ。なぜこんなところにいる?」
『こちら同じく501の桜1。その質問には答えられないな。ブルーバード4、いや、"黒の14"。その後ろは日本陸軍アグレッサーか。俺たち元日本空軍アグレッサーとどちらが上か試させてもらうぞ!』
「勝手なこと言ってんじゃねえよ! なんでわざわざ味方と戦わなくちゃならねえんだ!」
『我々はもう連合軍ではないからだよ。コブラ1』
連合軍ではない。裏切ったということか。
『さあ、見せてくれ。お前たちの実力を!』
「グランドアグレッサー隊、交戦」
『2、二秒後に右バレルロール。3、三秒後に左バレルロールで2と共に挟み撃ちにしろ。4はついて来い』
『『『了解』』』
「散開して奴らにくっつけ。ミサイルは使わず機銃だけで、だ」
「「「ラジャー」」」
フランカーシリーズとイーグル。二種類の世界的に有名な戦闘機が鋭い機動でヴェイパートレイルを体から噴き出しながら曇天の空を舞う。
ハイG機動で桜2を追うコブラ1の後ろに桜3がくっつく。
『桜3、FOX---』
「させるかよ!」
あっさりと桜2を逃がしてスピードブレーキを立てて急減速。そのままぶつかる寸前を見計らって急加速。
『気流が……。くそ、狙いが定まらない!』
「まだまだあ!」
再び急減速して今度はコブラ機動。勢い余って追い抜いてしまった桜2をコブラ1は獲物に襲いかかる蛇のように狙いを定めてジワジワとプレッシャーを与える。
「インガンレンジ。コブラ1、FOX3!」
コブラ1の指が操縦桿の機銃トリガーを引く。放たれた弾丸は桜2の主翼端の両飛行灯を叩き割った。
「あんたの負けだよ。桜2」
『殺せ。俺を殺せ!』
「やだね。やだねったらやだね」
『何故だ』
「俺たちは教導隊なんだぞ。教師が生徒を殺してどうすんだ」
『............桜2、離脱する』
桜2は交戦空域の外へ離脱する。
「んじゃ、次行きますか」
その頃ブラックは桜1と4を相手にしていた。桜1はハウンド2、3を桜4と共に開戦直後に「撃墜」したのだ。滾らない訳が無い。
『来いよ猟犬!』
「今は青い鳥だっつってんだろが!!」
三機の戦闘機は高度二万五千フィートまで急上昇。先程の曇天とは打って変わって明るい青色の空で、青いイヌワシと桜を付けたワシ二羽は向かい合う。
---違う、敵の残りは三だ。虫の知らせと言うべきだろうか。唐突にそう思ったブラックは即座に振り返り、後方を確認。予感は当たっていた。桜を付けたF-15が忍び寄るようにして、背後に迫っていた。
『桜3、FOX---』
「させるか!」
フレア放出ボタンを叩き、エンジン・スロットルレバーを叩き下げ、操縦桿を出鱈目に前に突く。フレア散布、赤い炎の塊を空中にばら撒きながら、Su-47は機首を真下へと向けた。マイナスGがコクピットを襲い、たちまち視界が文字通り血のような赤色に染まる。レッドアウトしそうだ。遠くなる意識をマスクの下で唇を噛んで呼び戻す。そのまま真上を見上げると、赤色でフィルターをかけられた青空に何かが飛び去っていくのが見えた。危ない、やはり桜3のF-15だ。まだコブラ1は雲の下なのだろうか。
間一髪回避成功。このまま上昇して、行き過ぎた桜3を追いかければ仕返しの一撃を浴びせられるはず。そこまで考えて、彼は首を振る。違う、そうじゃない。落ち着け、目の前の獲物ばかりに捕らわれるな。コイツの特性を生かせ。何のためのSu-47だ。雲の中に入って頭を冷やせ。
格闘戦では敵機にばかり視線が集中しがちだが、それだけでは勝てない。レーダー画面に眼をやる。上を行き過ぎていったS/MTDの他にもう二機、反転してこちらに二時方向より迫る敵機を捉えていた。桜1と桜4だ。桜3が仕損じたら、彼がとどめを刺すつもりだったのかもしれない。雲に隠れなければ危なかった。だが、彼らを「撃墜」するには雲の上に出るしかない。
一度雲の上に出て、エンジン・スロットルレバーを、もう一度叩き込む。再度、アフターバーナー点火。増速したSu-47は前へと駆け出し、あっという間に音速突破。発見して突っ込んできた桜4のF-15を回避して、そのまま突き進む。
『猟犬が逃げるぞ』
『桜4、こちらに合流しろ。桜3、敵を見失うな』
『桜3、了解』
『桜4、同じく』
逃げを打ったSu-47に、F-15を駆る彼らは追撃の構えを見せた。それぞれアフターバーナー点火。パワフルなF100エンジンを二基搭載するイーグルは、世界最強の戦闘機という名にふさわしい力強さでイヌワシを追う。
超音速で逃げるSu-47を、超音速で追う三機のF-15。振り返り、敵機が追ってくるのを確認したブラックはニヤリと笑って正面へと向き直る。目指すは、眼前に捉えた分厚い雲。積乱雲ではないので、突っ込んでも雷に打たれることはあるまい。
機首が白い壁を突き破るようにして、Su-47は雲の内部へ突入。視界はまったくのゼロ、見渡す限りの白一色。ミルクの中を泳いでいるような気分だった。もちろん、それは相手も同じのはず。
操縦桿を押す。機首を下げたSu-47は急降下で雲の中から脱出した。そのまま右手を薙ぎ払いハーフロール、背面飛行。
キャノピーの外は、風で荒れる黒い海。首を下げれば、つい先ほどまで自身が泳いでいた下は黒いが上は白い海が見える。
思い切って、エンジン・スロットルレバーを引いた。先ほどまでの勢いが嘘のように、猛禽類はぐっと減速する。頭に血が上るが、我慢してそのまま雲の途切れまで、背面飛行を維持。雲が途切れる直前、電子音が鳴り響く。レーダーに、三つの光点。いずれも、自機の背後を追い越すような形で現れた。雲から飛び出してきた機影は三つ。正面に躍り出た。三機のF-15。
ステルスゆえに、レーダーに捉えられないSu-47を捕捉するには視認するほかない。ならば、視認出来ない状況に放り込めばどうなるか。当然敵は血眼になって探す。レーダーが頼りにならないから自分の目で。
『クソ、どこへ消えた』
『もう一機もロストしました』
『なに? アレはステルスじゃないだろう』
『そのはずなんですが......』
だから彼らは一切レーダーを見なかった。それが運の尽きだ。
「今だコブラ1!」
「合点承知の助!!」
ブラックの機体をレーダーの死角にして隠れていたコブラ1がブラックと共に飛び出した。
雲を抜けたものの敵を見失った三羽のワシ。そこに襲いかかるイヌワシと毒蛇。曲芸飛行さながらの動きで上下から襲いかかる。
「俺たち「陸軍アグレッサー部隊をナメるなよ!」」
『ば、バカな!』
「「FOX3!」」
残っていた三機の機体の主翼端灯が残らず叩き割られる。桜隊の敗北が決まった瞬間だった。
「あんたたちが今はどこに所属してるのかは知らないが、今度は敵じゃなくて味方で有ることを祈るよ」
『さあ、それがどうなるかは神のみぞ知ることだ。また会えることを祈っておこう。Over』
この通信を最後に桜隊はまた何処かへと消えたらしいが、彼らが落として行った増槽の一つが偶然信濃に流れ着いた。それを拾ったところ、あるものが書かれていた。
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2027年 青森県八戸市
「で、それが、これ......ん?」
信濃艦長がガタガタ揺れる襖を無理矢理開けたが、入ってなかった。
「あ、そうか。今はあそこにあるんだ。ちょっとついてきなさい」
信濃艦長が車に乗って何処かへと向かう。着いた先は小さな漁師小屋だった。
「ここにあるんですか?」
「ああ。何かあるといけないだろう?」
床板の下にその増槽があった。そこに書かれているのは、
「..................発覚。信......ラヌ燕、桜、青.....、........合...、......セリ。2016/01/29」
剥げていたり、滲んでいて読めるものではなかったが当時何かがあったらしいことが読み取れた。そして桜隊が何かを伝えようとしていたことも。
「この増槽は元からこんな状態でね。我々も何を表しているのかわからなかった」
「それでもこの増槽が無ければもしかしたら戦争は今も続いていたかもしれませんね」
「そんなに重要なものなんですか」
私はこの錆だらけの増槽を撫でる。
「まあ、我々がこのメッセージの意味を知ったのはもっと後のことになるんだがね」
次回は3/12更新予定です。
ついでに、私事ではございますが、高校を卒業しました。次からはもう大学生です。これからも頑張って行くつもりなので応援よろしくお願いします。