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ダブルアポート

 花の高校一年生……すなわち新入生というのはやる事が多い。

 学校の応援練習や部活のルールを覚えたり、新入生に向けた説明会なんて夏休みが始まる寸前まで行われる。


「あ~、また説明会……もう、一篇に言ってくれないかなぁ?」


「本当ですよね~。でも…一篇に言って、覚えられるか? と聞かれたら……自信ありません」


 6月の行事説明が行われる講堂へ向かいながらあたしは友達であるモモちゃんこと鈴木桃香ちゃんにボヤく。モモちゃんは苦笑いで同意しながらも的確な所を突いてきた。


「でも、ミカンちゃんは記憶力が良いから覚えられますよね? 羨ましいです」


「う、うん……まぁ…ね。でも、何でもかんでもただ覚えるよりはモモちゃんみたくちゃんと勉強して覚える方が良いよ! あたしなんて一夜漬けみたいなものだし……」


 そんな会話を交えながら歩いて行くと、少し先に小さな体育館のような建物が見えてくる。

 この建物こそが講堂と呼ばれている場所……通称、第二体育館とも言われる所で普通の体育館同様、バスケットボール部やバレーボール部の活動場所でもある。


「この講堂に来るのもあと何回なんだろうね?」


「そろそろ終わると思いますよ? 最低でも夏休み前までには……………あら? なんでしょう?」


 モモちゃんが何かを見て指を指す。

 指された場所は講堂の入り口、そこになぜか人だかりが出来ている。


「何か…あったのかな? 取り敢えず、行ってみようよ!」


「あ! 待ってくださいよ、ミカンちゃん!」


 あたしは野次馬のように集まっている人達の所に走って向かい、人混みの中を泳ぐように掻き分ける。

 そして、やっとの思いで先頭に辿り着いた。


「はぁ、はぁ…………一体、どうしたの?」


「へ? ……おわっ! …いって!」


 辿り着いた後、あたしはその場に居る男子に声を掛ける。すると、いきなりだった為かその男子は驚いた上にその拍子で頭を扉にぶつけてしまった。


 ……悪い事、しちゃった……。


「…ってて……ん? あ!」


「大丈夫? って……あれ?」


 あまりに痛そうだったので声を掛けると、その男子はいつもリンゴと一緒に居る人だった。


「リンゴといつも一緒に居る人だよね? 確か……浩だよね?」


「あぁ、武藤浩だ。そういや、今日の説明会は一年全員だったな」


 そういえば、そうだ。でも、リンゴのクラスはB組だった筈……なんでA組のあたし達より先に居るんだろう?


「なんであたし達より先に居るの?」


「俺はB組の学級委員だからな……先に行ってクラスの誘導をしなくちゃならねぇんだ」


 なるほど、だからリンゴは居ないんだ……でも、どうしてここで立ち往生してるんだろう?


 見ると講堂の入り口はまだ閉まっている。


「学級委員なら開けてよ」


「開けたくても開けられないんだよ」


「なんで?」


「それは……」


「はぁ、はぁ……やっと追い付きました……ミカンちゃん、早すぎですよぉ……」


 浩が何かを言おうとした時、息を切らせながらモモちゃんがやって来た。


 きっと、相当に揉みくちゃにされたんだ……ごめんね……。


「ごめんね、モモちゃん………それで?」


「あ、あぁ……アレを見ろ」


 そう言って、浩は窓から講堂の中を覗き込み、天井を指差す。

 そこには宙に浮いている銀色の小さな物。

 遠くだからよく分からないけど、この状況からなら想像はつく。


「アレって……まさか」


「そう、そのまさかだ」


「何ですか?」


「鍵だよ鍵。この講堂のな……」


 そう言われて扉をスライドさせるとガン、ガンというロックが掛かっている証拠の音が聞こえる。


「この学校の教室や建物の鍵は厳密に一つだ。しかも唯一のスペアを持っているのは用務員だけ……」


「他に入る場所は無いんですか?」


「……一つだけ、この講堂の裏に用具室に繋がる古い扉があるんだが……鎖と南京錠で閉まっているから使えない」


 用務員さんはこんな悪ふざけはしない。

 つまりこれは……密室。

 でも、恐らく犯人はすぐに分かる筈…。


「誰が借りたかはもう分かってるんだよね?」


「……それがなぁ、その鍵を借りた誰かもまだ分からねぇ状態なんだよ」


「え、なんで!? 」


 この学校では先生に許可を貰うか指定の帳簿に名前を記入しない限り、鍵を借りる事は出来ない。なので、先生達がいない場合でも誰が鍵を借りたかは分かる筈なのに……。


「ウチの学校での鍵を借りるシステムは分かるよな? 直接、先生に言って許可を貰うか帳簿に記入するか、だ。だが、その帳簿がどうやら無くなったらしいんだよ…このタイミングで……」


「まさか……犯人が持っていったんですか!?」


「恐らくな………お! 用務員さんがようやく来たみたいだぜ!」


 浩が見ている方と同じ方向を見ると一人の作業服姿の男性が鍵束を持ってやって来るのが見えた。


「全く……なんで鍵が宙に浮いているんだ?」


「俺達にも分かりませんけど………取り敢えず、中に入りましょう!」


「そうだな」


 用務員さんは浩の意見に頷くと扉の近くまで来て、鍵束の中から一つの鍵を取り出し、それを鍵穴に差し込む。

 やがて、カチャという音と共に扉は開いた。


「一体、どうやって浮いてるんだ!?」


 開いたと同時にあたし達は流れ込む水の如く講堂の中に入っていき、まるでUFOを見つけたかのように天井を見上げる。


「ん? おい、なんか鍵の所に細い透明なやつがあるの見えねぇか?」


 浩が言ったのを聞いて、よく目を凝らして見てみると……確かに糸のような物が見える。


「……天井に上げているバスケットゴールに引っ掛かっているんでしょうか?」


「バスケットゴールに? よし、俺が下げてくるから待ってろ!」


 モモちゃんの呟きを聞いてか、一人の男子生徒がステージ脇にある部屋に入っていく。

 暫くすると天井に上がっていたバスケットゴールがゆっくりと下がってきた。

 鍵はバスケットゴールのネットの部分に透明な糸で吊るされていた。


「なんで、こんな所にあるんだ?」


 浩が鍵を取りながら呟くのを聞いて、あたしはこの謎を考えてみる。


 完全な密室なんて無い……だとしたら犯人は裏にある用具室の扉を使ったに違いない。


 そう思ったあたしはさっきの男子生徒が入って行った部屋へと向かう。

 部屋に入ると先程の男子生徒がバスケットゴールを操作する機械を動かしていた。


「ねぇ、用具室ってどこ?」


「用具室? あぁ、この部屋の裏……そのドアの先だよ」


「ありがとう」


 お礼を言い、指を指されたドアを開けると、その部屋の中は薄暗く…跳び箱やらバレーボールの入ったカゴやらの物品で埋まっていた。そして、その奥に木で出来た古いスライド式の扉が見える。


「これが、その扉……………え、嘘!?」


「どうした?」


「う、うん……なんでも無い」


 部屋を覗きに来た先程の男子生徒に返事を返し、あたしは後ろ髪を引かれる思いで用具室を出ていく。

 用具室のドアを閉める時、あたしはもう一度だけ木で出来た古い扉を見つめる。


 ………やっぱり、夢じゃない。


 その扉には木で出来た回して掛けるタイプの錠が付いており、内側にも鍵が掛かっていたのだ。










「……って事があった訳よ、どう思う? 大檎」


「興味はあるな」


「いや、興味は俺だってあるよ!」


 昼休み……俺は浩と共に屋上で昼飯を摂っていた。

 今日の昼飯は7枚入りで80円の乳酸菌入り食パン。その上に昔の学校給食でよく出たイチゴ&マーガリンのジャム……因みに折って出す、使い切りタイプ。

 これはこれで前から興味はあったが、ジャムに関しては懐かしさ故に買った産物だ。


「……乳酸菌というのも新鮮だな。意外と旨い」


「乳酸菌はどうでも良い………んで、どう思うよ?」


「現場を見ないことには分からないな……」


「興味無い、って言ってサボらなきゃお前だって立ち会えたんだよ! 全く………あ、そうそう。あの女子も丁度現場に居たぜ?」


 ……あの女子? なんか嫌な予感がする……。


「………誰の事だ?」


「惚けんなよ、あの三浦っていう奴に決まってんだろ?」


 やはりアイツか……そうなるとまたややこしい事になるのか?


 そう思っていると急に屋上のドアが開き、そこからクラスメイトが現れた。


「浩! 大檎! 分かったぜ! 講堂の事件の犯人が!」


「一体、誰だ!?」


「三年生のバスケ部主将、大森おおもり颯太そうたさんだ! 今、生徒指導室に居る!」


「……どうやって分かったんだ? 帳簿は無くなってたんだろう?」


「それが見つかったんだよ、バスケ部の部室で……とにかく、行ってみようぜ!」


「おう!」


「俺は興味が無いから遠慮する……」


「そうか……んじゃあ、また5時間目の授業でな!」


「あぁ」


 俺は浩とクラスメイトが屋上から出ていくのを見送った後、手にある食パンを食べ始めた。


 うむ……やっぱり旨い。










「……あれ、ミカンちゃん。今日も用事ですか?」


「うん……ちょっと気になる事があって…………また今度、一緒に帰ろ?」


「気になる事ですか……? 分かりました、それではまた……」


 放課後……モモちゃんと別れたあたしはとある場所に向かった。

 その場所とは………。


「リンゴ……居るかな?」


 リンゴこと水林大檎の居る1年B組の教室である。

 教室に着いたあたしはドアに隠れ、ソッと中を覗いてみる。すると、事態は思わぬ方へ動いていた。










「なぁ、行こうぜ!」


「断る………第一、事件は犯人が捕まって終わったんだろ?」


 授業も終わり、午前の事件とやらも解決し、ミカンの脅威から逃れられると思った矢先……俺は意外な伏兵に捕まっていた。


 なぜ、お前がミカンの役をやっている? 浩……。


「それがよぉ、捕まったバスケ部の主将は容疑を否認………アリバイもあるってよ……だから…」


「………振り出しに戻った訳か……」


 これは、はた迷惑な状態だ。これをもしミカンが知ったら……また俺が駆り出される可能性が出てくる。

 いや……浩にこうやって協力を仰がれている以上、既に駆り出されているのだろう。


 というか、容疑やアリバイって……コイツは刑事感覚でやろうとしているのか?


「そうなんだよ……だからさ、一緒に犯人探そうぜ!」


「断る」


 犯人探しなどに興味は無い。興味の無い事には関わらない……これが俺だ。


「なんでだよ! 昼休みは興味ある、って言ってたじゃねぇか!」


「アレはなぜ鍵を吊るしていたのかに興味があっただけだが、今となってはどうでも良い……ましてや密室だとか犯人とか……そういうのに興味は無い」


 鍵が吊るされていた理由については自分なりに愉快犯による自己主張行為の現れ、だと考え納得してしまった。密室については窓からロープとかを使えば出入りは自由に出来る。

 この世に完全な密室なんてものは無い。


「……今日は通販で頼んだコーヒー豆が家に届く日なんだ。だから悪いが…お前には付き合えん」


 今日は高校入学祝いに自分の金で買ったブラジル産のコーヒー豆が家に届く日なのだ。俺はこれを1ヶ月も前から待っていた………だからなんとしても今日は家に帰って豆を挽き、コーヒーを飲みたい。

 夕飯が近いと飲めなくなるからな……。


 俺はまとめた荷物を持つと教室のドアまで向かっていく。

 しかし、その時……ドアの近くでとんでもない奴の姿を見てしまった。

 そいつは嫌いでは無いが今の状況において、俺が一番会いたくないと思い、学校を出るまでの間は出会わないように、と願っていた人物。


「………」


「………あ、元気?」


「おっ! 三浦じゃねぇか」


 そこにはドアに隠れるようにして覗いていた女子生徒……ミカンこと三浦柑奈がひっそりと居た。

 我が天敵にして俺が今まで出会った人間の中で唯一、トラブルメーカーと感じた人物。

 その巻き込み度は浩の比では無い。


「……何しに来た?」


「コーヒー豆って事は…コーヒーが好きなの?」


「質問をしているのはこっちだ」


 コーヒー豆って……確かにさっき言ったが唐突すぎるだろう……。


「もう一度聞く。何しに来た?」


「謎解きを一緒にやらないか、と誘いに……」


「帰れ」


 先程、帰ると言ったのにこの期に及んでまだそんな事を抜かすのか、この女は……。


「え~……折角、アポートの謎を解いて貰おうと思ったのに……」


「…………は?」


 今なんて言った? アポート?


「……アップルって何じゃそりゃ?」


「アポート! 超能力の一種でアポーテイション、アポーツとも呼ばれている物体転送の意味だよ!」


 浩のボケをミカンが予備知識も織り混ぜながら突っ込む。


 最後のアポーツがスポーツと聞こえたのはこの際、置いといて………超能力か、興味あるな。


「この事件はきっと超能力者が引き起こしたものじゃ無いかな? だって裏の扉にも鍵が掛かっていたし……あたしもちゃんと確かめたもん! でも、この世には完全な密室なんて無い……絶対に穴がある筈、なんだけど………う~ん、超能力を使ったら穴なんて関係無いから完全な密室扱いになるのかな?」


「…超能力については分からないが、完全な密室は無いって事は俺も同意見だ………」


「おいおい……言ってる事が無茶苦茶だぜ? 超能力者なんているわけ無いだろ?」


「…なぜ、そう言える?」


「………へ?」


 俺は荷物を近くの机に置き、浩を見る。


「浩、こんな話を聞いた事があるか?」


「な、なんだ?」


「ある学者が……絶滅した動物はもう本当にいないのか? という問い掛けにこう答えた。………そのものが『いるかいないか』と問われたとき『いる』ことを証明するのは簡単なことだ。なぜなら、それをここに連れて来れば良いのだから…しかし『いない』ことを確定するには『いる』可能性のすべてを否定しなければならない、そんなことを証明するのは実際問題として不可能なことだ………とな」


「でも逆に言えばそれって……証明出来ないものは存在しないという考えにもなるんじゃない?」


「確かに、そう捉える事も出来るが…それはあくまで個人的見解だ。万人に対してだと説得力は無い。事実、今日だって昔は不可能だと言われた事が出来るようになってきている。飛行機に然り、電話に然りな……人々はいつだって現実味のある希望を支持するものだ」


 飛行機により人は空を飛び、電話により人はどこでも会話が出来るようになった……昔の人は本当に凄いものだ。

 しかし、毎度毎度…俺の話の穴を見つけてはそこを突いてくるミカンも凄いな……。

 浩に至っては頭を抱えているのに……。


「うおっ……なんだ……頭が………混乱する…!」


 ……こんなんじゃ刑事役なんて到底務まらんな、そろそろ突いて終わりにするか。


「これだけ聞いてもまだ超能力は無いと言うか? 浩」


「ぐっ……うぅ……悪い、頭が痛いから……今日はもう帰る……」


 それだけ言うと浩は頭を抱えながらフラフラとした足取りで教室を出て行った。


「………大丈夫かな? ブドウ……」


「気にするな。少し難しい事を言うと理解出来ずに頭が痛くなる……いつもの事だ。それにしても、ブドウってなんだ?」


「えっ? 武藤浩の武藤から取ってブドウだよ? このクラスに来る前に出席簿を見て字を確認したんだ~」


 ミカンは笑顔でそう言うが、聞いた俺としては知らぬ間にあだ名を付けられた犠牲として浩を哀れんでしまった。

 まぁ、アイツなら上手く適応するだろ………。


「そんな事より……どうするの? やっぱり今日は帰っちゃう?」


 そんな事を言われ、ミカンの方を見ると寂しそうな顔をしている。

 そういえば、事の発端である謎解きについてはまだだった。

 今日は長い間楽しみにしていたコーヒー豆が届く日なのだが………超能力について聞いた瞬間、非常に興味が湧いてきた。


「……友達と一緒に帰るのも断ったのになぁ……」


 ミカンが顔を俯かせながらそう呟く。


 ふむ……友達を帰す程、コイツ自身も興味を持っていたのか。


「…ミカン」


「ん、なに?」


 俺は俯いているミカンに向かって声を掛け、顔を上げたと同時にある事を言い放った。


「予定変更だ。当時の状況と場所を詳しく教えてくれ」


 少し時間は割いてしまうが、夕飯まで帰れば良いだろう。

 それまでにアポートとやらを調べてみるとするか……。










「……これが裏の扉か?」


 リンゴがやっと謎解きをする気になったので、あたしは状況説明も兼ねて講堂にある用具室へとリンゴを連れてきた。

 用具室の外のホールではバレー部が練習をしている。


「うん、見ての通り薄暗くて物品でゴチャゴチャしているけど……」


「お前が来た時は扉には鍵が掛かっていた」


「うん」


「実際に引いてみたりしたか?」


「え?」


 引くどころか、扉には手すら掛けていない……あたしがその事をリンゴに伝えると彼は「そうか…」と呟いて、物品を掻き分けながら木で出来た古い扉まで向かっていく。


 一体、どうしてそんな事を聞くんだろう?


 そして扉の前まで来た時、リンゴは急にしゃがみこんで何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡す。


「……何してるの? というか、見える?」


「心配するな……暗がりに慣れてきたから思いの他、よく見える……………これだな」


 あたしの言葉に応えた後、リンゴは何かを呟いてから下の方に向けて息を吹き掛ける。

 何をしているのか、非常に気になるけど……あたしの居る所じゃ物品が邪魔でリンゴの姿がよく見えない。

 どうにかして見る事は出来ないか、と四苦八苦している内にリンゴは立ち上がり、木の錠の所に顔を近付ける。


 ……行動が早いよ!


「ふむ……よくトイレとかにある降り下ろせば鍵が掛かるというタイプの物だな。回転式で一般的に内開きや外開きのドアに使われるが……これは錠の先に取っ手のような物を付ける事により留め具に引っ掛かる仕組みになっている。しかも……」


 リンゴはそう言いかけながら、錠の長さを指を使って計る。


「………約10センチ……鍵が掛かっている状態で無理矢理スライドさせてもそんなに隙間は開かない……良いとこ、下敷き1枚分か…」


 確かに、扉は隙間無くびっちりと閉められている。下敷きを僅かな幅に入れたとしてもつっかえてしまう場合がある。


 というか、よく指だけで長さが分かるねぇ…。


「ん? なんだ、これは……」


 そんな事を思っているとリンゴが取っ手の部分に何かを見つけ、中腰になりながら手を動かしている。

 やがて、それが終わるとリンゴは何かを持ってあたしの所に戻ってきた。


「どうしたの?」


「妙な物を見つけた」


 そう言いながらリンゴは手に持っている物を見せる。

 それは短い釣糸のようなものだった。


「釣糸? なんで?」


「さぁ、何でだろうな? ………よし、ここはもう良い。次はこの扉を向こう側から見てみるぞ」


 講堂にある時計に目を向けた後、リンゴは外に出て講堂の裏へと回る。


「待ってよ~!」


 それにしても今日はなんだかペースが早い気がする。よっぽど、コーヒーが飲みたいんだ……。

 そう考えながらリンゴに付いていくと彼は扉を調べようとしている所だった。


「………鎖と南京錠だな。しかも、虫が食ったのか知らないが穴が空いている……」


「こんな木の扉にも虫が穴を空けるんだ……」


 外の扉は中とは違い、至る所に虫が食べたような小さな穴が空いている。その上、こちらの扉には新しい取っ手が2つ付いており、それらに鎖が絡み付いて南京錠が掛けられていた。

 こちらにも確かに、鍵は掛けられている。しかも中より頑丈に掛けられているので侵入は難しいかも知れない。


「……一つ聞いても良いか?」


「なに?」


「どうしてこの扉は外と中、2ヶ所から鍵を掛けているんだ? 普通は片方だけで良いだろ?」


 リンゴの言う事は最もだ。普通、物置のように使っている場所に鍵は2つも必要ない。それどころか、鍵なんて本来は無くても良い。

 だけど、ここには鍵が付けられている。


 それは……。


「不良の溜まり場になるのを防ぐ為だって」


「不良の溜まり場?」


「うん。ここは元々、中にしか鍵が無かったんだけど……いつしか、不良達が授業をサボる為にここを隠れ家として使うようになったんだって、それでその時の不良達が取っていた方法というのが中の鍵を予め外しておく方法だったらしいの……」


「なるほど……朝にでも外しておけば外からの出入りなんて自由だからな…」


「それを知った先生達は中の鍵を丸々交換しようとしていたんだけど……あまり使わない場所にお金を使うのも無駄じゃないか? との事で中はそのままに外だけ簡単な取っ手を付けて、普通に売っている鎖と南京錠で鍵を掛ける事にしたんだって……」


「確かに……人の出入りが無い所を不良が来るという理由だけで工事する訳にはいかないからな……それだったらコストを抑える方法を使うのは合理的だ」


「でも、ただ鍵を変える為だけにそんな大規模な工事は行われるのかな~?」


「これは木の扉だ。普通のドアなら鍵だけを変える、といった低コストの方法が取れるが……全部が木、しかもスライド式なら扉そのものを変えなきゃならないからな」


 なるほど……それだったら確かに大規模だね。


 リンゴはあたしの疑問に応えた後、扉と壁の間を凝視する。


「どうしたの?」


「……何か小さな溝みたいなものがある。恐らく、人工的に空けられたものだろうな……」


「へぇ~、人工的……って、ええっ!?」


 リンゴの言葉を聞いて驚いたあたしはその場所をよく見てみる。

 確かに、扉と壁の間に1センチにも満たない小さな穴があるけど……。


「他と同じように虫が食べたんじゃないの?」


「虫が食べたにしては綺麗すぎると思わないか? それに、食べたんだったら細かい木屑が穴の入り口に溜まる筈だ……」


 リンゴの言った事を確かめる為、他の穴を見てみると彼の言った通り、穴の周りには細かい木屑が雪のように積もっている。


「それに……その穴が虫が作り出したものだとしても、ある確証は生まれたまま残っている」


「ある確証?」


「あの鍵はアポートとやらの超能力なんかじゃなく人為的による単純なものだという事だ」


 ………超能力も人為的なものに含まれるんじゃないかな? という突っ込みも忘れる程、あたしはその言葉に驚いていた。


「な、なんでそう言えるの?」


「穴が人工的なものだと、今回の事件を引き起こした何者か……或いは不良達の誰かが空けたという事になる。逆に虫が空けたとしても穴に木屑が無いとしたらこの扉を開けた時に木屑が落ちた事になる。風やちょっとした震動だったら少しでも残っている筈だからな。更に………」


 そう言い掛けてからリンゴはいきなり、扉を強い力で蹴飛ばした。

 ガシャン、と大きな音を立てた後、取っ手に付いていた鎖が南京錠と共に勢いよく下に落ちる。


「え………ええっー!?」


「この鎖は巻いているようできちんと巻かさっていない。南京錠が邪魔で見えていなかっただけだ………」


「で、でも…………じゃあ…鍵は!?」


「掛かっていたぞ? 中とこの南京錠にはな……」


 つまり、外はただの見せ掛け…………まんまと騙された!


「あとは厚紙か下敷きを扉と壁の間に挟めて上に上げれば………こちらからでも開く。おおかた、不良達が鎖を壊して後から付け替えたんだろう」


 あたしはリンゴの言っていた低コストという言葉を思い出す。

 低コストで且つ万全な不良対策………しかし、そこには低コスト故の致命的な弱点があったのだ。


「って事は………密室に偽装する事は可能なんだ」


「一応はな……だが、まだ問題点はある」


「どんな?」


「どうやって内側……つまり中の扉の鍵を掛けたか、という事だ。ドアノブのような取っ手の付いた錠の長さは10センチ……錠を押さえながら扉と壁の間を通り抜けるのは少し無理がある……」


「どうして? 出来なくは無いと思うけど……」


「だったら、実際にやってみれば良い」


 リンゴが、制服のズボンからポケットティッシュを出し、そこからティッシュと一緒に入っている広告の小さな紙を取り出す。

 そしてそれを数回折り畳んだ後、彼はその紙を扉と壁の間に挟めて素早く上げた。

 それと同時にカコンという心地よい音が聞こえ、扉の錠が外れる。


 あたしは取っ手を掴み、扉をゆっくりと開けてみた。

 扉の先には先程居た用具室があり、光が射し込んだにも関わらず、あの薄暗さを出していた。


「見ててよ、こんなの…………あれ?」


 意気揚々と扉を閉めようとしたあたしは扉が動かない事に疑問を抱く。


「木の扉で古いからな、立て付けは悪いぞ?」


 リンゴの助け船を聞いて今度は両手で取っ手を掴み、全ての力を振り絞る。

 すると扉は少しずつ動き、やがて閉まった。


「はぁ、はぁ、はぁ………意外にキツい……」


「だから言っただろう? 少し無理があるって……立て付けが悪いせいで嫌でも両手を使わなければならない。その上、指で扉の中にある錠を抑えようにもこちら側……つまり外にある取っ手が邪魔で指が届かない」


 確かに……これじゃあ、通り抜けながら閉めるという事は難しそう……でも……。


「あとから閉めれば問題無いよね?」


「………あとから?」


 疑問符を浮かべているリンゴに対し、あたしは今思い付いた推理を話す。


「つまり……犯人はリンゴが今やったみたいに錠を外した後、講堂の中に入って鍵をバスケットゴールに吊るし、錠を外したまま講堂を出たんだよ。そしてその後、説明会に参加するあたし達に紛れて講堂の中に入り、皆が宙に浮いている鍵に目を奪われている間、こっそりと用具室に行って鍵を掛けたんだよ!」


「……犯人に興味は無いが……ミカンの推理が正しいとすると、今回の事を引き起こした奴は俺達一年の中に入るって事か?」


「そう! そしてその犯人は………バスケットゴールを下げに行った男子生徒!」


 あの男子生徒ならゴールを下げに行く口実で鍵を掛ける事が出来る!


 あたしは自信満々にそう言い放ったが、リンゴは何故か釈然としない表情をして「なんか気になるな……」と呟いていた。


「何が気になるの?」


「……いや。推理も申し分無いし、状況も含めれば妥当かも知れない………が、何かが引っ掛かる……」


 リンゴは頭を掻きながらそう言うと、どこかへ行こうとする。


「どこに行くの?」


「少し、気分転換をしようと思ってな………もう1つのアポートを調べに行くんだ」


 もう1つのアポート………恐らく帳簿の事だろう。


 あたしはその言葉を聞いてから、急いでリンゴの後を追った。










 俺達はもう1つのアポートを調べる為、最初に帳簿が見つかったというバスケ部の部室前まで来ていた。

 だが部室には誰も居なく、鍵が掛かっていて入る事が出来なかった。


「……誰も居ないし、入る事が出来ないね」


「…そうだな。やはりアポぐらいは取っておくべきだったか?」


 そう言いつつ、ガチャガチャとドアノブを回していると、突然誰かの声が聞こえた。


「おい! そこで何をしている!」


「ん?」


 声のした方を振り向くと、そこには長身で体格の良い男子生徒が居る。

 男子生徒は俺がドアノブを弄っているのを見ると、疑うような視線を向けて詰め寄る。


「お前……まさか、一年共が言っていた講堂の事件の犯人じゃないだろうな?」


「違います! あたし達は犯人なんかじゃありません! ただあの事件の謎を調べているだけです!」


 男子生徒の言葉にミカンがムキになって反論するが、男子生徒は相変わらず疑惑の目を俺に向けている。

 そりゃあそうだ。実際、部室の中に侵入しようとした奴を目撃しているのに犯人じゃないと言われても納得なんてしないだろう………寧ろ、火に油を注ぐようなものだ。

 俺はミカンを制し、男子生徒を真っ直ぐに見る。


「確かに……犯人だと疑われても仕方が無いでしょう。ですが、俺が犯人ならこんな事はしませんよ。講堂の時、同様の手口を使えば良い話ですから………そう思いませんか? 先輩」


 先程、この人が言った「一年共」という言葉から俺はこの男子生徒が俺達の先輩に当たるのでは無いか? と考え、そう言う。

 男子生徒は俺の言葉を聞いてから暫く黙り、再び口を開く。


「……そうだな。あんな事をする犯人が、こうやって堂々と入ってくる筈が無い。疑って悪かったな、俺は二年の海藤かいどう信行のぶゆき……バスケ部のエースを務めている」


「いえ、気にしないで下さい。俺は一年の水林大檎……こっちのツーサイドアップが同じ学年の三浦柑奈です」


 俺はミカンを指してそう言う。

 コイツの髪型が世間でいうツーサイドアップというものだと知ったのはつい最近の事だ。最も俺はそんな髪型があるなんて今まで知らなかったのだが……。


 海藤という男子生徒はそれを聞くとズボンから鍵を取り出し、ドアの前まで近付く。


「用があるんだったら遠慮しなくても良いんだぞ? 俺はそこらの二年とは違い、上下関係とか興味無いからな…」


 おっ、なんかこの人とは気が合うな。


 俺が海藤に親しみを感じている内に部室の扉は開かれた。

 中に入って見ると、なんてことは無い。ロッカーと机、椅子にボール……典型的な運動部の部室だ。


「帳簿はどこにあったんですか?」


「あそこの机の上だ。最初に見たときは無い筈のものがあったんで驚いたよ」


 ミカンが海藤と話している間、俺は壁に飾ってある部の写真を見ていた。

 写真の中では部長である大森と海藤が肩を組んで笑っている。


「………本当はエースは俺なんかじゃなく大森さんがやる筈だったんだ」


「? どういう事ですか?」


 急に隣に来て話し出した海藤に向かい、俺は問い掛けた。


「去年、大森さんが練習中に怪我を負ったんだ。手術とリハビリでなんとか復帰する事は出来たんだが……医者からは今後、過剰な運動をしてまた怪我をしたら在学中にバスケは出来なくなるかも知れない、って言われて…………部長でありエースでもあった大森さんは俺にエースの座を譲り渡したんだ」


 ……なるほど、結構複雑だな。


 俺が海藤から大森についての話を聞いているとミカンが何かに気付いたように机を指差した。


「あっ!」


「どうした?」


「バスケ部の日誌って……帳簿と同じノートなんですね」


「ん? あぁ、それか。最近はルーズリーフとかを活用している所もあるけど………うちの部では専ら大学ノートを使ってるんだ。紙1枚だとバラける可能性があるからな……」


 机の上には1冊の大学ノートとボールペン、そして消しゴム……下書きをしてからボールペンを使わなければならないとは、結構きっちりしているな……。


「さて……これ位で良いか? 俺も練習があるんだが……」


「練習? 講堂は確か、バレー部が使っていましたよ?」


「講堂が使えない時は筋トレがあるんだ………全く、楽じゃないよな」


 なるほど……それは申し訳ない事をした。


「時間を取らせて、すいません。ありがとうございました」


 俺達はお礼を言い、バスケ部の部室を後にした。










「それで………部室の次は職員室?」


「少し気になる事があってな……」


 部室を出た俺達が次に向かったのは帳簿と鍵が保管している職員室だ。

 これらの保管方法をミカンや浩が知っていても俺にとっては知らない事である。

 それなら、二人のどちらかに聞けば良い話なのだが、生憎俺は可能ならば自分の目で確かめるようにしている。

 別に人の話を信用していない訳では無い。

 百聞は一見に如かず……という言葉があるように、自分の目で見たり体験したりする事で聞くよりも詳しく情報を理解出来るからだ。

 だから、2つのアポートの謎を解く為にも俺はどうしてもここに来なければならなかった。


 職員室前に到着した俺達はドアをノックし「失礼します」と一礼してから中に入り、鍵が置いてある場所に向かう。

 行ってみると……なるほど、部室でミカンが言った通り、同じノートが置いてある。試しにページをパラパラと捲って見ると、日付と時間…借りた者の名前が書かれている。


「……因みに、このノートは持ち運び出来るのか?」


「持ち運びかぁ……やった事無いから分からないけど、無理だと思う」


「なぜだ?」


「必ず、あそこを通るから……」


 そう言ってミカンが指した場所は職員室の中にある事務所。

 主に事務所は外部から来た人達の対応をするのだが、就職や進学をする上で大事な成績証明書の受け付けも兼ねている。つまり、学生でも利用する事があるのでこの学校では職員室の中にある。

 とはいえ、本来の職員室と事務所をガラスの壁で分けているのだが……。


 要するにミカンが言いたい事は帳簿は持ち出す事は可能だが、職員室に先生が居なくても事務員の人の目に付くのでは無いか? という事だ。

 確かに、ガラス張りな以上どうやっても事務所に居る人の目には止まる。


「それに帳簿にボールペンで名前を書かなくちゃいけないから、知らない内に鍵を持ち出す事は出来ないよ」


「偽名を使ったり、名前を書き忘れたりしたら意味はないんじゃないか? それこそ故意に書かない場合だってあると思うが……」


「偽名を使って消したとしても必ず、修正液やテープの跡が残るし……それに鍵置き場を彷徨けば事務員の人か先生に必ず声を掛けられるから書き忘れは無いよ。それにチェックされるし……」


 ふむ……どうやら監視は意外と厳しいな……。


 そう考え、何気無く鍵を見ると『SATOU』という名前が書かれている。

 SATOUは鍵の中でもそこそこ有名だ。

 よく見ると、他の鍵もSATOUメーカーのものばかり……。


「やっぱり大森さんがあんな事をやったのかなぁ? それともバスケのゴールを降ろした男子生徒? どっちだろう?」


 ミカンはそんな事を言って首を傾げている。

 俺はそれを一瞬だけ見た後、近くを通り掛かった女の先生にある事を尋ねた。


「あの、すみません」


「ん? どうしたの?」


「講堂の鍵って……SATOU製ですか?」


「えぇ、そうよ? それが?」


「いえ、なんでもありません。ありがとうございました」


 お礼を言い、再び帳簿を見る。

 説明会が始まる前に最後に講堂の鍵を借りた人は……やはり大森だ。


「う~ん……犯人は一体誰だろ?」


 ……犯人はどうでも良いが、分からない事については同意見だ。


「今、思えば……なんで帳簿が部室にあっただけで大森が疑われたんだ? 鍵だけならともかく…」


「そういえば、そうだねぇ……ちょっと聞いてみよっか!」


 俺の素朴な疑問を受け、ミカンが近くに居る男の先生に尋ねに行く。

 その間、俺は帳簿に怪しい所が無いか何度もチェックをする。

 修正液を使った形跡は無い、紙を変えたという事も無い。つまり、このノートに細工はしていない。

 じゃあ、やっぱりこのアポートを起こしたのは大森なのか?

 そんな事を思いながら何となく全ての鍵の借りた人の名前を見ていった俺はある事に気が付いた。


(………? なんで、この人はこの鍵を借りていったんだ?)


 俺が気付いたのはちょっとした不自然な点……簡単に言うととある人の名前を見付けたからだ。無論、それだけなら何の問題も無いのだが……変なのはその人の借りていった鍵……その鍵の場所は本来、その人には何の関わりもない場所だったからだ。

 その事に気付いた時、俺の中に一つの可能性が浮かび上がる。


「リンゴ、聞いてきたよ! 大森さんが疑われた理由」


「なんだ?」


「なんでも……正確には無くなったんじゃなく入れ替わってたんだって!」


「……主語を入れてくれ。それだけじゃ分からん」


「つまり、ここにあったノートは帳簿じゃなくて大森さんが数学で使っていたノートだったの」


「……それなら、名前を書くときに気付くんじゃないのか?」


「それが……開いていたページは帳簿と同じようになっていて気付かなかったらしいの………基本、帳簿はページを開いたままで置いておくから……気付いたのは偶々ノートを閉じてから開いた時だって…」


 なるほどな……その時に数式がノートに記されていたから気付いた訳か…………これで、繋がった。後は、ある事を聞くだけだ。


 俺は自分の考えが正しいかどうかを証明する為、ある事を聞きに事務所へと向かった。










 筋トレが終わった後、俺は講堂に来ていた。

 午前中の事件のせいか、講堂を使っていたバレー部も今日は早めに切り上げたようだ。

 講堂の中は水を打ったかのように静まり返り、静寂というものが支配している。

 普段は遅くまで騒がしく練習をしている為、このような講堂の姿を見るのは久し振りだ。


 一歩一歩、誰も居ない講堂の中を歩きながら見渡す。

 今、ここは誰も入る事が出来ない俺だけの空間となっている。暫く考え事をするには持ってこいだ。


「………俺は……エースなんて器じゃねぇんだよな……」


「なるほど……それが……今回の発端という訳ですか」


「なっ!? 誰だ!」


 バカな! 今、この講堂は表と裏……2ヶ所から鍵を掛けているのに!


 驚きながら声のした方を向くと、用具室のある部屋から男子生徒と女子生徒が姿を現す。

 女子の方は確か……三浦柑奈、男子の方は水林大檎とかいう奴だ。しかも水林に至っては手にバスケットボールを持っている。


「お前ら……どうしてここに?」


「今回起こった事を実際にやってみたんですよ。それを最初に起こした張本人の前で………確か、刑事ドラマでは……犯人は現場に戻って来る、ってセリフがありますけど…まさか現実にそれが起こるとは思いもしませんでしたよ」


「なんでこんな事をしたんですか? 海藤さん」


 三浦が尋ねた後、俺は暫く無言になって様子を見る。

 どうやら、言い逃れは出来ないみたいだな……だったら、ドラマっぽく悪足掻きをして見るか……。


「なんでこんな事をしたか、か………それを聞くのはまだ早いんじゃないか? 第一、俺がやったという確証はあるのか?」


「……別に俺は犯人探しだとか動機だとか、そんなものには興味は無いんですよ。興味が無い事には関わらない……それが俺のモットーみたいなものなんです。ただ、今回は物が移動したアポートについて興味を持った。その上、謎を解いていく内にとある事実にも気が付きましてね………それを今からこのミカンに説明しよう、という事なんです」


 興味が無い事には関わらない……変わった奴だな。

 俺は笑いながら先を促すように言う。


「ははは………それで、今からそれを説明しようという訳か?」


「その通りです」


 そう言って、水林はドリブルをしながら歩き、説明を始めた。


「………当初、俺は今回の事は愉快犯による仕業だと考えていた。密室もロープか何かを使い、窓から出入りすれば出来る……そう思っていたが、この講堂の窓は高い上にロープを掛ける場所も無い……現場を見てからその考えを撤回したんだ。その後、ミカンに連れられ裏の扉のある用具室に入った途端、俺はある違和感を見付けたんだ」



「ある違和感?」


「俺が実際に引いてみたか、と言った時だ。その問いにお前は引いていないと答えた………だが、あの扉には動かした跡のようなものが残っていた」


 三浦の疑問に水林がテンポ良く答える。

 この二人……意外と良いコンビだな。

 その光景を見ながら俺は自分が疑問に思った事を口にする。


「動かした跡って、なんだ?」


「あの扉には埃がそれほど溜まっていなかったんです。結構、使われていないにしてはあまり埃が無い……だからそれを確かめる為に息を吹き掛けて埃の量を調べたり、しゃがんで床に落ちている目に見える埃の数を確認しました。……案の定、埃は壁際に圧縮されるような形で溜まっていた物もありました」


 スライド式の場合、動かした時に溝のような部分に埃が溜まっていればそれらが一塊になって壁際まで移動する……それを見たのか。


「あっ、そっか! だからあたしに尋ねた後、しゃがんだりしたんだ」


「まぁ……暗がりの中でだとはっきりしないからな。再度、近付いて確かめたんだ。……その結果、思わぬ収穫も見付けた。ミカン」


「ん、これだね」


 水林の呼び掛けに応えるようにして三浦が取り出した物は短い釣糸……。


「その釣糸はドアノブのような形をした錠に結ばれていました。恐らくここから脱出し、密室に見せ掛ける為に使った物……違いますか?」


「……どのようにして使ったんだ?」


「それは裏の扉を閉めると同時に使ったんです。あの扉の南京錠と鎖はただの見かけ倒しでした。事実、蹴っただけで錠が外れたんですから、すぐに解けるようにしたんでしょう。そして、裏の扉には虫が食べたような穴が無数に空いていました。あなたはこの穴を利用したんです」


「分からないな、穴なんて利用しなくても手で錠を押さえながら閉めれば鍵なんて掛かるだろう?」


「掛かりませんよ。押さえるにしても裏の扉にある取っ手が邪魔で押さえられない。その上、あの扉は立て付けが悪いから両手を使って閉めなければならない………それはコイツが実証済みです」


 水林は三浦を指し、三浦はそれに頷く。


「流石に男で体格も良いあなたでも、無理をすれば扉は壊れてしまう。それによってバレるのを恐れたあなたは……釣糸をドアノブの形をした錠に結び付け、斜めにしたまま裏の扉の取っ手に糸を通し、予めもう一方の糸を釘か針に結び付けて穴が空いている所に差し込んだ。こうすれば扉を閉める時は両手で閉める事が出来るし、指で錠を押さえて離すという動作が無くても糸を切るだけで錠は降り下ろされる」


「なるほど……だから用具室側の扉に糸が残った訳か………だが、閉めた衝撃で糸が挟まるという事は考えなかったのか?」


「その辺りも抜かりはありませんよ。閉めた時、あの扉と壁の間には小さな溝がありました。そこに糸を通せば、挟まるという事はありません」


「なるほどね! そういう仕掛けだったんだ!」


 ……中々に調べているな…………だが、問題はもう1つある。


「………じゃあ、部室の帳簿はどう説明する? あんなに監視が厳しい所からどうやって持ち出し………どうやって置く?」


「簡単ですよ。あなたはすり替えマジックを使ったんだ。……いや、マジックでは無いか」


「…どういう事?」


「職員室に入る時、海藤さんは大森さんのノートを持って職員室に入ったんだ。先生に分からない所を聞きに来た、とでも言えば持ち込んだまま簡単に入る事が出来るからな……ノートは恐らく、日誌を書いている隙を狙って海藤さんが大森さんから盗ったんだ。下書きをしなきゃならない日誌なら筆箱とカバンは必ず部室の机付近に置いておく筈だろうしな」


 ドリブルをしながら淡々と話す水林を見て、俺は黙り込む。

 ここまで来たら、もう皆まで言うまい。


「毎日、朝練で職員室へ講堂の鍵を借りる海藤さんだ。先生の居ない時間帯も把握していただろう……職員室に入った海藤さんは真っ先に鍵のある場所に行き、講堂の鍵を取りながらノートを入れ換え、名前を書いた。そのノートを入れ換える際、講堂の鍵の隣にあった美術室の鍵を講堂の鍵の所に掛けたんだ」


「なんで美術室の鍵だって分かるの?」


「帳簿に海藤さんの名前があってその借りた鍵が美術室の物だったんだ」


 この水林の言葉に俺は驚いた。

 なぜなら、帳簿の記入する欄は細かく全部を見ようとする奴は居ないからだ。

 普通はどこの鍵かを探した後、その鍵を借りた人物の名前を見る為、他の鍵を借りた奴の名前など見ない筈だが……。


「あの帳簿を人の名前の方から見たの!?」


「あぁ……大森さんが講堂の鍵を借りた扱いになっているのは確めたからな……違う視点で見てみた。………話を戻すぞ? なぜ美術室の鍵を借りたのか………その場面を見ていたであろう事務所の人に聞いた所………美術の課題をする為…という口実で借りたみたいだ。その後、暫くしてから海藤さんは鍵を返しに戻ってきた。だが、実際は鍵なんて無く……講堂の鍵の所に掛けた美術室の鍵を掛け直しに戻っただけだった。こうして……講堂の鍵は消えた」


「だけど……部室にも鍵は掛かっている筈だよ? どうやって開けたの?」


「それは海藤さんが大森さんに頼み込んだんだ。部室に忘れ物をしたから、とかな………あとは大森さんが顧問から借りてきた鍵を海藤さんに渡し、海藤さんがその鍵を使って部室に入り帳簿を置けば、成功だ」


「でも、それだったら大森さんが海藤さんがやったって事に気付くんじゃないの?」


「帳簿と日誌は同じノートだ。なぜ帳簿に気付かなかった、と聞かれても同じだったから気付かなかった、と言えば何も言えなくなる。………これが、あなたのやったアポートのカラクリじゃないんですか? 海藤さん」


 水林が全てを言い終わってから俺の方を真っ直ぐに見る。

 どうやら……もう全部知られているみたいだ。


「……でも、どうして海藤さんは大森さんを陥れるような事をしたの?」


「………逆だ」


「…えっ!?」


「…………これはあくまで俺の予想だが海藤さんは大森さんを陥れる為にこんな事をしたんじゃない。大森さんにエースをやって欲しいからこんな事をしたんだ」


 おいおい………コイツはエスパーか? 一体、どこまで知ったんだよ?


「なぜ鍵を目立つようにしたのか? なぜこんな事をしたのか? それは去年の大森さんの怪我が全ての原因だ。……そして今回の事はある先生へのメッセージ、違いますか?」


 ……ふぅ、まさかここまでとはな……仕方無い、ここからは俺が言うか。


「あぁ、そうだよ。あれは俺が顧問に向けて言ったメッセージだ。大森さんをエースに戻してくれ、大森さんをチームに戻してくれってな……」


「チームに戻す?」


「ミカン、お前が来た時………鍵は吊るされてたんだよな?」


「うん……そうだけど?」


「吊るすは他にどんな言い方がある?」


「ええっと……………………吊るす…………物を吊るす……洗濯を吊るす……………洗濯を…干す?」


「そうだ、そして干されていた鍵はSATOU製の物だ」


「SATOU製………それが?」


「SATOUのローマ字を並べ替えてみろ。そうすればある人の名前が浮かび上がる」


「うぅんと…………SATOUを並び替えると………SOUTA………あっ! 大森さんの名前が!」


「あぁ……これは大森颯太さんを現した、アナグラムだ」


 結構、頭を捻って考えたんだがなぁ……こうもあっさり解かれるとは……。


「海藤さんはこうやって顧問の先生に訴えてたんですね!」


「あぁ……直接言っても顧問の奴、これ以上は怪我をさせられないって、大森さんを試合に出そうとしなかったから………だからわざと目立つように事件を起こしたんだ。そうすれば顧問も黙ってないだろうってな……」


「………じゃあ、大森さんを犯人扱いにしたのは……」


「元々、大森さんを犯人にするつもりは無いさ。ただ、大森さんがやったって事にすれば顧問も大森さんに話を聞き、大会までの間に最善の対応をしてくれると思ったんだ」


「……しかし、今回の方法じゃ下手をすれば部活停止になりますよ?」


 そう言って水林はドリブルをしていたボールを俺に向かって投げる。

 俺はそのパスを受け取り、指の上で回す。


「その時は俺が全てを打ち明けた上で辞める予定だったさ………元々、エースとかっていう器じゃねぇしな…」


「………さっきもそんな事を言ってましたね。なら……」


 水林はそう言ったと同時に制服を脱ぎ、楽な格好になる。


「俺と勝負しましょう。部長の想いを踏みにじり、エースの器でも無いという人なら俺でも勝てますよ」


「ちょ……リンゴ!?」


「へぇ~、やるのか? 水林」


「やりますよ、ただし時間が無いので……一本勝負という事で……」


「面白い……んじゃあ、速攻で行くぜ!」


 俺は水林の挑戦を受け、ドリブルをしながら奴の横を通り抜ける。だが……。


「!」


「………言った筈ですよ? 興味が無い事には関わらないって……俺が勝算無しで挑むと思っているんですか?」


 通り抜けた瞬間、ボールはいつの間にか水林の手の中にあった。

 奴はそのままドリブルし、素早く俺の横を抜ける。速い!


「……これで終わりだ」


「させるかよ!」


 俺はダンクを決めようとした水林からボールを奪い、ドリブルで加速を付けた後、勢い良くボールをゴールの中に叩き込んだ。


「わっ!?」


「……やっぱり、勝てなかったか……」


「どうだ! バスケ部を嘗めんなよ!」


「……なんだ、エースとしての器…ちゃんとあるじゃないか」


「!」


 俺は水林の言葉に驚き、立ちすくむ。


「エースってのは実力とかチームをまとめる力とか……そういう物じゃ無いんじゃないか? 皆に認められた奴がエースになる。ただそれだけだろ? 大森さんは怪我に関わらずもう引退する身だからこそ、あなたにその意志を託したんだ」


「………」


「……一緒に居たかったら海藤さん、あなたが皆を引っ張って全国大会まで行けば良い……そうすれば大森さんも安心して引退出来る」


 水林は脱いだ制服を拾い、肩に掛けながら用具室に向かう。


「少なくとも俺は……こんな小細工をやるよりも練習をした方が良いと思いますけどね。それでは、失礼します」


「リンゴ、ちょっと待ってよ! ……すいません、失礼しました」


 二人の姿を見送った後、俺は落ちていたボールを拾い、ジッと見つめる。

 皆に認められた奴がエース……か、俺は大森さんだけじゃなく皆の想いすらも無にしようとしていたんだな。

 自信が無かったとはいえ………情けない……。そして、それを一年に気付かされるとは………ますます情けない。

 俺は目から込み上げてきたものがボールに落ちるのを感じながら人知れず天井を見上げていた。










「海藤さん……大丈夫かなぁ?」


「大丈夫だろう、大事な事に気付いたんだからな」


 いつまでも他人に頼ってはいけない。人はいつか離れ離れになるのだから……海藤もそろそろ受け継ぐ側から受け渡す側へと成長しなければならない。

 でも、あの先輩ならばきっと大丈夫だろう。

 人は過ちを犯して反省することにより成長していくのだから……。


「結局、超能力じゃなかったね」


「別に構わない。これで超能力が世界中から消えた訳じゃないんだからな」


 超能力はまたいずれ探すとしよう。ところで……今は何時なんだ?

 俺は自分の腕時計を見て時刻を確かめる。

 時計を見ると時刻は17時…………まだ間に合う!


「よし……まだ大丈夫だ」


「何が? って、あぁ……そういえば、コーヒー飲むんだっけ?」


「そうだ、という事で悪いがミカン。俺はもう帰るぞ?」


「うん、分かった。ありがとう! 気を付けてね」


 ミカンに帰る旨を伝えた後、俺は家のある方向へ走り出す。

 あぁ……こんな時にアポートがあれば、この場でコーヒーが飲めるのに……。

 叶わぬ事だと思いつつも俺はいつか超能力が解明される日を夢見ながら、家へ向かって全速力で駆けて行った。



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