第一章⑧
船場はナオトを抱いて、自宅に戻った。階段の上に視線をやる。ナオミコはおそらくまだ自室にいるだろう。完全に岩戸状態だ。
船場はリビングのソファに座り、一時停止していたアニメを再生させた。もちろん、内容は頭に入ってこない。考えるのはナオミコのことばかりだ。そしてナオトから、魔女はアブが多い、という事実を聞く。「儂の主人だったマルガリータ様も、若い女の子によく手を出されていたよ、毎週土曜は女の子が主人の館に集まり、パーティだった」
ナオトは懐かしがるように言った。その物言いには笑いが含まれていた。
「いや、笑い事じゃない」
「何がだ?」ナオトは声を低くして言う。「愛に性別は関係ないだろう、ナオミコ様が女性を愛して何が悪い? 結局は少年の狭い考え方がナオミコ様を怒らせてしまったのではないのか? ブランケットで包み込むような態度で接していれば、蹴られることもなかったのではないか?」
「確かにそうだ、俺もそう思う、愛は自由だ、そういう時代だよな、今は、これからも、・・・・・・でもな、」ナオミコは船場の妹だ。他の女の子とは違うのだ。スペシャルなんだ。「特別なんだよ」
「まあ、少年の気持ちも分からないことはない、」ナオトは船場を労るように言う。「・・・・・・とにかく、お願いだ、ナオミコ様の機嫌を直してくれ、そっちが先だよ、ナオミコ様の愛のカタチを議論するのは、機嫌が良好になってからでいい」
「・・・・・・そういう魔法はないのか?」船場は聞く。「ナオミコの機嫌が直る、魔法」
「魔法に頼るのか?」
「いや、そういう魔法があるなら、・・・・・・早いと思って、」船場はナオトから顔を背けて言う。「・・・・・・最近、ナオミコの心が、なんていうかな、全く分からないんだ、どうして怒るのかも分からない、どうして叩いて蹴って泣くんだよっていう感じで、」
「そりゃあ、魔女の心なんて分からないさ」
「分からないまま、機嫌を直しにナオミコの部屋の扉をノックしたって、駄目さ、きっと」
「マインド・コントロールの魔法はある」ナオトは言う。
「本当か?」
「だが、しかし、研究が必要だ、魔法の研究が必要だし、それに残念だが、少年にはその魔法を編めるほどの絶対的な魔力が不足している」
「どれくらい?」
「沢山だ」
「・・・・・・魔法は無理か、」船場は息を吐き、両手で顔を覆った。「それじゃあ、どうすれば」
「魔法に頼らなくても、他にもあるだろ、方法ならいくらでも」
「どんな?」
「料理とか、」ナオトは言う。「いろいろだ」