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エピローグ③

月日は流れ九月のある土曜日。

 時刻は午前十時半。

 メイド喫茶ドラゴン・ベイビーズの開店時間は午前十一時。

 有線からは矢沢エイキチのロックンロールが流れていた。

 続々とメイドさんが出勤してくる。彼女たちは更衣室できゃっきゃとおしゃべりに花を咲かせながらメイド服に着替えている。

 そんなメイドさんたちよりも一足早くメイド服に身を包み、店内の清掃を開始していたのは、エコロジー並びにザ・テラスドール・シスターズのメンバ、芹沢ホヅミと天野ミツルの二人だった。二人は女装をして、掃除をしていた。

「はあ、」天野は溜息を吐く。「もう疲れましたわ」

「こら、みっちゃん、」芹沢は雑巾を絞る手に力のない天野を叱咤する。「きちんとやりなさい、東雲さんに怒られちゃう」

「ちーっす、」そこへ天之河ミツキが出勤してくる。「お、やってるね、偉い、偉い」

 芹沢は恋する乙女みたいに顔をぱぁっとさせて、オーナに駆け寄り、お辞儀をする。「オーナ、おはようございます」

「うん、おはよ、」天之河は店内の奥の座席に座った。天之河がキセルを出したので、芹沢は灰皿を用意する。「ありがと、ほっちゃん、」天之河は煙を吐き出し戸松ハルカによく似た声で言う。「あ、そうだ、ほっちゃん、皿洗いだけじゃなくてさ、ホールに立たない? アンケートを見ていたら、テラスドール・シスターズのステージを要望する声が何件かあって、まぁ、とりあえず、一番可愛いほっちゃんからホールに出てもらって、様子を見ながら、ちょっと考えてみようかなって思っているんだけど、どう、構わない?」

「ええ、もちろんです、」芹沢は頷いて微笑む。「でも、オーナに一番可愛いだなんて言われたら、その、照れてしまいますね」

「可愛いやつ、」天之河は芹沢にウインクしてから天野の方を睨む。「みっちゃん、君も聞いてた? ほっちゃんの評判がよかったら、みっちゃんにもホールに立ってもらうからね」

「……マジかよ」天野は露骨に嫌な顔をする。

「何よ、その顔、不満なの?」

「……別に」

「みっちゃん、ちゃんと働きなさいよ、働いて、私に借りを全部返したら、自由にしてあげる、でも、借りを返してもらうまでは、自由はないと思いなさい、ピンボールに出会う前のトミーだと思いなさい、」天之河は煙を吐きながらキセルを灰皿に叩く。「……全く、私が市長と知り合いじゃなかったら、君たち今頃前科持ちだよ」

 天野は苦い記憶を回想する。

 忘れもしない。

 八月三十日のことだ。

三人でザ・テラスドール・シスターズを再結成したあの日。

芹沢と天野は警察に逮捕されてしまったのだった。

原因は船場ナオズミにある。

三人はその日、メイド喫茶ドラゴン・ベイビーズのステージで自己紹介をして、船場の妹のナオミコを追いかけた。地下から地上に出てすぐだった。警察に出会ったのだ。警察がメイド服を着て街中を走る女装男子を放っておくはずがなかった。芹沢と天野は警察のストップに素直に従った。しかし、船場は警察に抵抗して、本当に理解に苦しくことに、逃げたのだ。一時、錦景市駅前は騒然となった。パトカーはサイレンを鳴らした。結局、船場は警察に見つかることなく逃げ果せたのだ。その一方で芹沢と天野は変質者扱いされ、留置場を経験することにもなった。

親と教師に何度も怒られた。

どうして女装をして街中を駆け回っていたんだ?

そんな質問になんて答えれば正解なのだろう。

とにかく。

本当に。

最低、最悪な夏の終わりだった。

「妹のためとはいえ、公務員を敵に回す奴があるかねぇ」呆れたように言って天之河は煙を吐いた。天之河は今、矢沢エイキチのTシャツにミニスカートというファッション。私服は普通なのだが営業時間中は、天之河はなぜか着物を纏う。細かい理由は従弟の天野も知らない。「一途というか、アレはその、何だっけ? パラなんとか、パラジクロロベンゼンじゃなくて、横文字で、なんて言ったけなぁ」

「パラノイア、ですか?」芹沢が答える。

パラノイアとは一つの事物に対して過剰なまでの執着を見せる精神疾患である。妹のピンチとは言え、警察の制止を振り切り、逃走を計った船場はパラノイア患者以外の何者でもないだろう。

「そう、それ、それよ、さすがほっちゃん」

芹沢は褒められて本当の女の子のような優しい微笑を浮かべた。

そんな優しい笑顔を見て。

光を反射するテーブルに映る。

女子の格好をした自分を見て。

これからどうなるんだろう。

そう思わずにはいられない。

自分の未来が心配になる天野だった。「……妹のためなら、例え火の中、水の中はいいですけど、周りの迷惑も少しは考えてもらいたいですよ」

「でもそういうのちょっと素敵ですよね、」メイド服を着て、頭に猫の耳を付けた鏑矢リホが話に加わる。今日は部活がないらしく、早めの出勤だった。「一人の女性をあそこまで愛せることが出来るのって凄いと思います」

「妹だけどね」

「それでも素敵ですよぉ」

 なんだか鏑矢は、恋をしたいような横顔を見せる。

「で、」天之河は腕時計を見る。「その彼は一体何をしているのかしら?」

 船場も様々な借りを天之河に返すために、今日も出勤する予定だったのだが。

 しかし。

いない。

遅刻をするなんて信じられない。

 天之河はオムライスの商品化をミスることよりも、オーダをミスることよりも、ギターをミスることよりも、何よりも遅刻をするやつが大嫌いなのだ。

 おい。

船場。

急げ。

これ以上遅れたら。

きっと。

バチン。

激しい音がした。

天之河のキセルはテーブルの角に当たって変形していた。

天野は店内の隅の方に移動して。

掃除を始める。


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