エピローグ②
錦景女子高校の裏山の白い花の咲き乱れるあの場所は銀色の鉄の檻に囲まれていた。その中には様々な機材が運び込まれている。その中心に小さなコンピュータ。コンピュータからは黒くて太いチューブが方々に伸びている。
今日はお酒臭くない錦景女子大の内田アヤコは空を見上げた。「あ、そういえば、今日は流星群でしたね、素敵、先輩と一緒に星を見ることが出来るなんて」
「宇宙に興味はないわ、」マナミはキーボードを叩きながら紙コップに注がれたコーヒーを飲む。「目の前の現実が素敵過ぎて、宇宙なんて見上げたら気を失ってしまうかもしれない、よし、準備完了」
全ての準備は整った。
後は彼女の登場を待つだけだ。
「そう言えば、スポンサの彼、」内田はコーヒーをちびちびと飲んでいる。「彼に花を持たせてもよかったんですか?」
計画を始動させるに当たって、マナミは錦景市の企業を中心に出資を募った。漠然とした不明瞭で壮大な無計画とも言える計画のスポンサになってくれる企業は少なかったが、それでも四社が手を上げてくれた。その中でも積極なのは大森テルヨシというパイザー・インダストリィという精密機器メーカの社長だ。彼はまだ若い。マナミよりも若い。この無計画な計画に、夢を見てくれる。醒めても構わないと笑える体力の持ち主だ。
そんな彼は今日、ここを訪れ、マナミと先ほどまで話をしていた。彼は非常に頭が良く、知識も豊富だった。しかしおそらくマナミが話したことの半分も理解は出来ていないだろう。魔法使いにしか分からない概念というものがある。それがこの計画の核を担う。だから分かるわけがないのだ。彼も分かろうとはしていないようだった。彼がココに来た目的は白い花だったようだ。どうやら誰かにプレゼントするらしい。しかし、この場所から持ち出すことはなるべくならやめてもらいたいところ。しかし、スポンサである彼の機嫌を損なうのもまずい。だから。「ああ、アレはね、造花なのよ」
そのとき。
空に気配がした。
コンピュータの画面から顔を上げて。
流星群とともに光る。
少し欠けた銀の月を見る。
その銀の月が。
一度シルエットで隠れた。
箒に跨って。
魔女が降りてくる。
ふんわりと。
白と緑のチェック柄のスカートが踊って。
マナミの傍に降り立つ。「準備は出来ている?」
「ええ、」マナミは頷く。「いつでも始められます」
「そう、それじゃあ、さっそく、」魔女の髪の毛の色は緑色に発光する。「電気を作りましょうか?」
魔女が機材のパネルに触り、働きかける。
モータが回転を始める。
それに呼応するように。
白い花々が発光を始める。
甘い匂いが立つ。
立ち昇る。
マナミはキーボードを操作して、特別な装置を起動させた。
これは今までにない。
新しいメソッド。
とてもクリーンで。
北極の氷の解凍を止められる可能性がある。
誰もが愉快になれるシステム。
私だけしかしらない知恵。
ソーラ、ウインド、ウォータ、ジオサーマル、バイオマスに変わる新しいもの。
この計画が成功すれば。
未来が変わるかもしれない。
近い過去に悲劇があった。
あの悲劇は繰り返さない。
繰り返したくない。
だから。
だから。
だから。
しかし。
急に。
とても唐突に。
コンピュータの電源が。
落ちた。
そして。
装置が破裂した。
機材の回転が止まる。
白い花々の光が消える。
魔女の色も消えた。
大事なパネルには亀裂が入って穴が開いている。
ああ。
失敗だ。
「クソっ、」マナミは舌打ちする。「ああ、もう、なんでなのっ!」
「どうやら、電源が維持できないみたいね、」魔女は動揺する様子もなく顎に手を当て体を僅かに傾けた。「制限が掛かっているようね、コレは少し難しい問題になったな」
「電源が維持できない?」内田は首を傾げている。「制限?」
「ええ、内田先生には少しショッキングな話になるんだけど、」魔女は低い声で言う。「聞きたい?」
「えっと、」内田は魔女の物々しい雰囲気に気圧されて首を横に振る。「うーん、少し考えさせて下さい」
「うん、それがいいです、ただでさえ、内田先生は知らない世界を知ってしまっているんですから、よく考えた方が賢明です、ショックが和らぎます、まぁ、焦らずにやりましょう、まだ私の、いえ、私たちの野望、いえ、計画はまだ、始まったばかりなんですから」
「電源の維持、」マナミは眉間に手をやる。「かぁ」
そこでマナミははっと思い出した。
自分の息子が見せてくれた魔法。
息子はマナミがいる前でリモコンも使わず、手も触れず、部屋のあらゆる家電の電源を落としてみせた。
本人はどうやら無意識にやっていたようだが。
でも。
使えるかもしれない。
息子のエレクトロ・マグネティック・スイッチ。
ただのスイッチが、ここで。




