第四章⑥
アメリが犬であり、使い魔であり、この世界に魔法がフィクションでなく存在するという現実を内海が信じたのは、自宅に帰り、一緒にお風呂に入り、彼女の耳と尻尾を触って確かめてからだった。
「……うわぁ、マジかよ」浴室にはアメリの髪を洗う内海の低い声が響いた。
「……いい匂い、」アメリはサンセンチメンタル、通称サンセンチというメーカのシャンプに満足していた。「マジ、日本の科学力、ハンパないです」
「綺麗な髪ね、」内海はアメリの髪からシャンプを洗い流す。「艶があって、光ってる」
「あ、そうだ、」アメリは犬みたいに頭を揺らして髪の毛から水気を飛ばした。「ご主人様の髪と目の色を奪った呪いを解かなくちゃいけません」
「……呪い?」内海はアメリに背中を向けながら言う。今度はアメリに髪を洗ってもらう番だ。「……呪い、本当なの?」
「そうです、呪いです、」アメリは内海の綺麗じゃない髪をシャワーでよく濡らし、シャンプする。「ご主人様には呪いが掛けられています、呪いによって魔女にとって大事な髪と目の色を奪われてしまっています、ごれからご主人様が魔法の研究を続けていくに当たって取り除かねばいけない障害です」
呪い。
聞いて戸惑う。
いや。
考えないことはなかった。
そういう非科学的なことを思わないわけではなかった。
でも。
呪いなのなら。
急に髪の毛の色と目の色が悪くなったのが。
理解できる。「……一体誰が?」
いや。
それは、多分。
「名前までは分かりませんが、ご主人様の髪と目の色が好きだった人です、」アメリの言葉に内海の眼は熱くなった。涙はシャワーに流れる。「その人はご主人様の色が好きでした、けれど今はとても嫌いになったのです、呪いといってもその人が何かをしたわけではありません、その人がとても嫌いになったからそれが呪いになってしまったんです」
「……呪いを解くには?」内海はシャワーに消えそうな声で言う。
「簡単なことです、」アメリは優しく髪を洗ってくれる。「その人が抱く漠然とした微睡のような嫌いな気持ちを、消去してしまえばいいのです」
「簡単じゃないじゃない」
「難しいですか?」
「違う、難しいことなんてないけど、」内海は苦笑してしまう。「面倒臭いのよ、女の子だから」
「ああ、つまり犬には分からない感情ですね、マルガリータ様がよくおっしゃっていました、面倒臭い、面倒臭いと言いながら部屋を全く片付けないんです、逆に散らかすんです、私には理解できませんでした」
「あはは、」内海はなんだか愉快な気分になって声を出して笑ってしまった。「多分、違うんじゃないかな」
「違いますか?」アメリはシャンプをシャワーで流す。
「いや、」内海は目を瞑って言う。「一緒かも、全ての事象は部屋の整理整頓と関わってくることかもしれない」
「……一体何のことを言っているんですか? 犬には分からないことですか?」
「私にもよく分からないこと」




