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チョコレート・ムース・レシピ  作者: 枕木悠
第四章 アブサッド・スピーチ
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第四章④

ナオミコとは錦景市駅前のロータリで別れた。ナオミコはバスの窓から内海に向かって手を振る。彼女の笑顔が眩しい。彼女は大事そうに内海がプレゼントした本が詰まった紙袋を抱きかかえている。バスを見送り、どうしようかと考える。沙汽江と藍染は内海を置いてすでに帰った。そういうメールが来ていた。

薄情者め。

そう思いながらでも。

一人になりたい気分だった。

内海は地下街への階段を降りた。第二ビルの地下一階を抜けた先にマクドナルドがある。

お腹も空いていた。クウォータ・パウンダのセットを注文して、入口から遠い奥の方の席でかぶりつく。

 すぐに食べ終わって。

 ああ、ストレスを感じているんだな。

 そう客観的に自己を分析した。

 ナオミコのことを応援するって言った。

 でもそれは。

 真実だろうか?

 応援したい気持ちはある。

 でも心のどこかで私は。

 妬んでいる。

 ナオミコの好きな娘のことを。

 内海はポテトをかじる。「……最低」

 自分に言葉をぶつける。

 アイスコーヒーを黒いまま飲む。

 冷えない。

 頭の熱が冷めない。

 もし。

 もし、と思う。

 もし私の目と。

 髪の色が良くなれば。

 やり直してくれるかもしれない。

 いや、そんなこと。

 ナオミコは私のことを好きだって言ってくれた。

 いや、でも。

 私が綺麗を取り戻せば。

 あの娘は……。

「……最低」

内海は同じことばかりを考え続けていた。ナオミコのことばかり考えていた。最高の気分になったり、最低な気分になったりした。これからの未来のことが何も分からなくなっていた。

発想は鈍化している。

今の状態じゃきっと絵も描けない。

ぼうっとしていて。

どれくらいの時間が経っただろう。

急にスカートのポケットが振動した。

驚いて声が出そうになるのを意識して食い止めた。

マクドナルドは混雑している。

 電話だ。

 藍染から着信だ。

 内海はマクドナルドを出て、地下通路の柱に身を寄せ、電話に出る。「……もしもし、会長?」

「あ、イオリ?」藍染の声にはノイズがない。

「どうしたんです?」

「置いて帰ったことを怒ってる?」藍染は放胆な言動の持ち主であるが、こういう些細なこと気にする一面もある。それが彼女の魅力だ。

「怒ってないですよ」内海は優しい声をマイクに認識させる。

「そう、よかった、安心した、それで、あの娘とは?」

「あの娘って?」内海は惚けた。聞くな、という意味を十分に語気に込めた。「あの娘って、どの娘ですか?」

「分かったよ、」藍染は愉快そうに笑っている。「聞かない」

「だから何をですか?」内海も笑い声を電波に乗せる。

「あの、ああ、これはあの娘とも、その娘とも、どの娘とも関係がない話で、イオリに言わなきゃいけないなぁって思っていたことなんだけど」

「なんですか、改まって?」

「実は今度お見合いをすることになって」

「え?」内海は驚いた。体重を預けていた柱から身を離す。「お見合い?」

「うん、まだ細かいことはよく分からないんだけど、」藍染は珍しく歯切れが悪い。「明日」

「明日?」内海はまた驚く。「明日って急ですね」

「うん、とっても急、いや、お見合いするっていうのはずっと前から決まっていたんだけど、内海にはなんとなく、言いそびれてて」

「なんでですか?」

「なんでって何に対して?」

「色々です、色々、いや、」内海は額を押さえて、その場をクルクルした。少しずつ頭が回転し始める。「ええ、そうです、色々です、どうして言いそびれたのか、どうしてお見合いをするのか、結婚する気はあるのか、色々です、でも、一番聞きたいのは、そうです」

「何?」

「相手は男性ですか?」内海は真剣さを声に乗せる。この質問は、大事な質問だ。

 二秒間の沈黙。

 そして。

「バカ、」スピーカから笑い声が聞こえた。「男に決まってんだろ、あー、可笑しい」

「なら安心しました、」明るい声で言いつつ、若干、内海は気がかりだった。それは藍染とは古い古典の真似事でシスタの関係を結んだ仲だからだと思う。「どうぞ、楽しんで来てください」

「うん、」藍染はなんだが吹っ切れたようだ。そういうものを感じる声がする。「楽しんでくるよ、イオリに電話して、なんていうか、よかった」

 電話が切れる。

「……お見合いか」地下道の天井を見上げ、口の中で呟く。

 なんだか。

 目の奥が熱い。

 なんでだろう。

 分からない。

 でも。このままだと。

 泣いてしまう気がした。

 冷やさなきゃ。

 冷たいコーヒーが飲みたい。

「……あっ」

 内海はゼプテンバがくれたコーヒー無料券のことを思い出した。



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