第四章③
内海は眼科を受診した。原因は分からなかったが、コンタクトレンズをしてさらに眼鏡を掛けなければ物を見れない目になっていた。
内海は美容室に行った。原因は分からなかったが、長く伸ばした髪を切らねばならなかった。美容師は焦げているみたい、と感想を述べた。人生で初めて髪を短くした。いわゆるマッシュルームヘア。でも、髪の毛の色が悪いから、綺麗にまとまらない。
内海は鏡を見れなくなった。
絶望的な気分になった。
年が明け、冬休みが終わり、学校が始まっても、内海は外に出ることが出来なかった。錦景女子高校に進学する予定だったが、予定を変えた。中央高校を受けることにした。錦景の女の子とはもう会いたくなかった。変わってしまった自分を誰にも見てもらいたくなかった。卒業式にも出席しなかった。ナオミコの着信には出れなかった。
そんなことがあってから。
長い時間が経過した。
出来れば再会したくはなかった。いや、会いたかったけれどでも、こんな自分の姿を見てもらいたくなかった。今やGL作家として本を作っているだけのつまらない女。その落胆、簡単に推し量れるというものだ。
イベントが終わってからナオミコは内海を誘った。産業会館の正面入り口の前の道路を挟んで向かいには緑地公園がある。その緑の奥を進むと教会のような建物がある。古い時代には結婚式場として機能していた建物だと聞いていた。今は公園のオブジェと化している。しかし、きちんと整備は行き届いていた。その建物の正面の庭には白い石材に囲まれた円形の噴水がある。その噴水はもう機能していない。溜まる水の色は緑。水辺を好む植物は噴水に絡みついている。内海とナオミコはそこに腰かけた。二人の間には、微妙な距離がある。
ナオミコは三年前と比べると、当然だが、成長していた。顔立ちも少しだけ大人びた感じがするし、ピンクの髪も長くなった。とても綺麗になったって思う。まるでタイム・マシーンに乗って未来に来た気分だった。
「やっと会えました、」ナオミコは内海に向かって微笑んでくれる。「ずっと会いたかったんです」
夕方の陽射しの角度のせいか、夏の暑さのせいか、とにかく内海の思考はぼんやりとしてしまっていた。何か言葉を返そうとしても、集める言葉が結べず、解けてしまう。内海は俯き、自分の膝を見る。
「……どうしてですか?」
ナオミコの声の質は一転した。「どうしてですか、先輩? どうして急にいなくなったんですか? いえ、その、その、あの、ごめんなさい、いきなり」
内海は顔を上げてナオミコを見る。「……どうして謝るの?」
「だ、だって、」ナオミコは自分の膝を見た。「私のせいだから」
「私のせい? いや、違う、違うよ、謝らなくていいよ、ナオちゃんが何をしたの? 何もしてない、悪いのは私なの、私が」
「私、知ってました、」ナオミコは大きく言って内海の目を見る。「私、先輩に彼女がいること知ってたんです、知ってたのに、先輩のこと好きで好きでしょうがなくなって、一緒に演劇をして、その気持ちはいつだって破裂しそうで、でも、破裂してしまいました、告白してしまいました、先輩が困るって分かってたのに告白してしまったんです、でも先輩は優しかった、私のことを拒絶しなかった、それどころかもっと優しくしてくれた、先輩が彼女と別れていないことも分かってました、でも、私は」
「な、泣かないで、」内海はナオミコの涙を指で拭う。ナオミコがそんな風に思っていたなんて、悲しい気持ちを抱えていたなんて考えたこともなかった。「泣かないで、ナオちゃんのせいじゃないの、私が悪いの、全部、私のせいなんだから、ナオちゃんは悪くない、だから泣かないで」
「……せ、先輩は、」ナオミコは泣きながら内海の手を触る。「わ、私のこと嫌いになってませんか?」
「嫌いになんてならないよ、」内海はナオミコの手を包み込む。「ナオちゃんは私のこと嫌いになってないの?」
ナオミコは首を横に振る。必死に振る。涙が飛ぶ。「全然っ」
「こんな髪の毛だよ、こんな眼鏡だよ」
「そんなの関係ありません、」ナオミコは歯切れよく主張する。「変な髪形でも、変な眼鏡を掛けていても、私は先輩のことが好きです、私は先輩のことを好きになったんです、先輩は私が変な髪形になって、変な眼鏡を掛けたら嫌いになっちゃうんですか?」
内海は首を横に振った。必死で振った。「嫌いになんてならない」
ナオミコは笑顔になる。
「私、ナオちゃんのことが好き」
内海はナオミコを抱き締めた。懐かしい匂いを嗅ぐ。
けれど。
ナオミコは内海をぎゅっとしてくれない。
ぎゅっとかえしてくれない。
それどころか。
ナオミコは内海の肩を小さく押して。
抱擁を拒んだ。
「え?」
ナオミコは内海から目を逸らして言う。「……ごめんなさい、先輩、今、私、他に好きな娘がいて」
「……え?」内海の頭の回転は数秒間ストップ。
「大好きな人が出来たんです、」ナオミコは恥ずかしそうに言う。「だから、先輩の愛には応えることは出来ないんです、先輩のこと、今でも好きです、でも、先輩以外に好きな娘が出来て私は今、彼女のことばかり考えているんです」
「……ああ、うん、ああ、なんだ、そうなんだ、そうなんだ、そうか、そうだよね、そうだ、私たち三年近く会ってないんだもんね、他の娘のことを好きになってもおかしくないもんね、」内海は早口で言った。体が凄く熱い。嬉しいのか、悲しいのか、自分の感情がよく分からない。「そうなんだ、じゃあ、応援しなくちゃね、ナオちゃんの恋」




