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チョコレート・ムース・レシピ  作者: 枕木悠
第三章 ザ・テラス・ドール・シスターズ・イズ・バック!
36/52

第三章⑬

「いやああああああああああああああああああああああああああっ!」

 ナオミコと大学生風の女性の甘々な会話に耐え切れず、船場は叫んでしまった。

 勢いよく立ち上がってしまった。

「バカっ」慌てて天野と芹沢が座らせようとする。

 そのとき。

 船場の後頭部に向かって。

 何かが飛んできた。

 それは船場の後頭部にぶつかって。

 音を出した。

 飛んできたのは。

 黒いタンバリンだった。

「うるせぇよ!」ステージで音を合わせていた、リホと同じロックバンドの白人の少女が叫んでいた。「邪魔すんな、ボケ!」

 黒いタンバリンを後頭部に素晴らしいコントロールでぶつけられ。

 船場は一瞬意識を失い。

 カウンタテーブルに突っ伏したが。

 なぜかすぐに。

 理性を取り戻した。

 なぜか心が冷静だった。

 船場の叫び声で店内は一時騒然となったが。

 黒いタンバリンの音色と共に。

 収束している。

 白人の少女は黒いタンバリンを船場の足元から回収して。

 リズムを取っていた。

 黒いタンバリンを投げたのは彼女だ。

彼女に間違いない。

彼女は悪びれる様子もない。

すでに船場の存在など気にしていない。

なのに。

頭の後ろは凄く痛いのに。

心臓はとても静かだった。

 その折り。

「ナオちゃん、そろそろ行こうか?」という声が受信機から聞えた。

 船場は彼女たちのいるテーブルの方に視線をやる。大学生風の女性はナオミコの手を取りレジに行き、会計を済ませている。

「いってらっしゃいませ、お嬢様」犬耳をつけたメイドさんが二人を送り出す。

 天野と芹沢は視線を交わし、それぞれ受信機を持ち、席を立つ。

「猶予はない」芹沢は気障に言って船場に受信機を渡す。

「ええ、そうですね、」船場は頷く。「猶予はありませんね、このままだときっとナオミコは、駄目になります」

「リホちゃん、」天野は三人分の伝票をレジに持っていっていた。「今日もつけで頼むよ」

「えー、」レジに立つリホは魅力的で素直な反応を見せる。「マジかよ、今度来たときはちゃんと払ってよぉ」

 船場たちは店から出て行こうとする。

しかし。

「ちょっと待ちなっ!」天之河の怒声が鋭く聞こえる。その表情から察するに、非常にお怒りのようだ。その怒りのせいで三人の背筋はピンと伸びる。天之河は三人の前に立ち、腕を組む。「次来るときまでに十万。分かった?」

「……は、はい」天野の声は震えている。

「それと君、名前、なんだっけ?」天之河は青ざめた天野の頬をぺちぺちとやりながら船場に聞く。

「船場です、船場ナオズミ」

「ああ、そうだったわね、船場君、船場君もちゃんと六万円分働いてよね、ミツルも十万働いて返せ、この調子で踏む倒す気だろ? そんなの許さないわよ、逃げようとしたって絶対捕まえる、捕まえて臓器を売ってメイドさんの耳を買う資金にする、」天之河は歯切れよく言ってから、目の色を変える。「それで、あんたたち、その恰好のままいくつもりなの?」

「え?」質問の意味が分からなかった。船場たちは顔を見合った。

「あなたたちの姿はもう敵に見られているのよ、さっき船場君が発狂して叫んだから、お姉さんの方にしっかり見られちゃっていた、つまり、このまま彼女たちの後を追うということは、殺されにいくようなもの」

 少々例えの度合いが高すぎるような気がするが、確かに姿を見られているというのは尾行には不利だ。しかし、今さら新しい服を買って着替えをする時間も金もない。天之河は一体どうしろというのだろうか?

「私はあなたたちの伝説を知っている」

「伝説?」

「去年の文化祭、あなたたちは何をしたの?」

 文化祭。

そういわれれば嫌でも思い出してしまう黒歴史。

――ザ・テラスドール・シスターズ。

去年の文化祭。

芹沢と天野と船場と、もう一人一学年上だった先輩は女装をした。

それは先代の会長、桜吹雪屋藍染テラスの命令だった。

「ここにはあなたたちの伝説に触れて、メイドを志している人間が多くいる、あなたたちが輝いていたのはおそらくあの時だった」

 勝手にそう断定されてしまい、少々不満の残る三人だった。けれど、確かに当時、錦景女子の演劇部に通い、ニューハーフの訓練を受けながら、ほんの些細な善行も働いていた記憶を手繰り寄せてみると、それに匹敵する輝きは見出せないような気もする。

 藍染が最後に言った戯言を三人は思い出す。「私がこのニューハーフメイド喫茶を企画立案したのは、アニメマニアっていうだけで後ろ指差される現状に反逆の意思も見せないあんたたちの根性を叩きなおしてやろうと思ったからよ、一人の女の子すら何人掛かっても泣き止ますことの出来ないアニメマニアは人間でいる価値がない、でもあなたたちは身も心も女の子になってみて、いろんなことが分かったでしょ、身を投じて見えたことがあるでしょ、あなたたちはもうアニメマニアだからって自分を卑下しなくたっていい、あなたたちにはずっとそうなってもらいたかった、それが動機、アニメマニアでいいんだって、私は証明したかったんだ、アニメマニアだってなんだってやれるんだって、私は分かったよ、私の大事なシスターズ」

 その戯言を思い出しながらなんだかふつふつと沸き上ってくるものがある。三人は顔を見合わせて頷きあった。

「では、こちらに」

 バイトリーダの東雲の案内の下、三人はキッチンを通り奥の更衣室に行く。メイドさんたちは慣れた仕草で男三人の服を脱がせ、カツラを被せ、メイクアップしていく。メイクが済むとそれぞれメイド服を装着した。

 ものの五分で立派なニューハーフの完成。

そしてなぜか三人は。

 ステージの上に立っている。

 ライトアップされている。

「はい、じゃあ、」天之河はとても愉快そうに笑っている。「皆さんにご挨拶なさいな」

「よ、よし、」中央に立つ、芹沢は両脇に立つ二人の手を握る。「じゃあ、いくぞ」

 船場と天野は頷く。「せーのっ」

「ほっちゃんです!」芹沢は決めポーズを取る。

「みっちゃんです!」天野も決めポーズ。

「なおちゃんです!」船場も決めポーズ。「三人合わせて」

 そして三人で声を合わせる。

「テラスドール・シスターズです!」

 沈黙。

 しかし二秒後。

 盛大な歓声が起こる。

 どうやら受け入れられたようだ。

「お帰りなさい!」メイドさんの誰かが叫んでいる。

 なぜかとても嬉しかった。

 エネルギアが充填された気がする。

船場たち三人は頷き合い。

「うおおおおおおおっ!」と雄叫びを上げ、受信機をそれぞれ持って店外へと走り去った。

観客とメイドさんたちは拍手でそれを見送った。

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 犬耳を付けたメイドさんは顔の横で小さく手を振る。そのメイドさんになぜか、ナオトは抱きかかえられていた。



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