第三章⑩
ナオミコを悪い魔女から救い出す。
芹沢と天野は意志を固めたようだ。動機は不純だがしかし、ナオミコの幸せに協力してくれるならばありがたい。
「どうにかして会話を聞くすべはないものか?」と芹沢。「まず二人の関係性を確かめないとな」
「そうですね、」確かにまだ二人のハッキリとした関係は謎のままだ。「……天野?」
天野は頭悪そうにニヤついていた。「あります、ありますよ、あるんですよ、妙な案が」
「本当か?」
「ああ」天野は近くを通ったリホに声を掛ける。「ちょっとオーナ呼んできてくれない?」
このメイド喫茶ドラゴン・ベイビーズのオーナは天野の従妹で、天之河ミツキという女性だった。
「オーナ、ですかにゃ?」リホは腕時計を見て時間を確認した。「そろそろアレが始まるから、」
「ああ、そうだった、ごめんね、終わってからいいから俺たちのところに来てって伝えてくれる?」
「分かりましたにゃ」リホはペコリと頭を下げステージの方へ歩いて行く。
船場もスマホを取り出し時間を確認した。時刻は既に夕方の四時を回ろうとしていた。
「余興でも始まるの?」芹沢が不思議に思って聞いた。
そういえば引けていた客席が、また次第に埋まり始めていた。しばらく誰も立っていなかった円形のステージの上にアンプが並べられる。リホはドラムセットの前に座りチューニングを始めた。同じロックバンドのメンバも遅れてステージにやってきて、チューニングを始めている。パンダの耳を付けたマッシュルームヘアとウサギの耳を付けたゴールドブロンドの白人の少女。二人とも可愛いが、やっぱり猫耳を付けたリホが一番可愛いと思う船場だった。
「そういえば、会長たちはこの時間帯に来たことありませんでしたよね、」天野は腕を組み笑う。「まあ、待ちましょう」
しばらく待った。
なぜか客席にタオルが配られる。
そして。
何の前触れもなく。
ぱっと店内がいきなり暗くなった。ざわついていた店内が一瞬でしーんと静まり返る。
そして天井のミラーボールが回転を始める。
青い色の光の粒が。
幻想的に乱れている。
音楽が鳴り始める。
聞いたことのない、ヨーロッパの音楽。
そして音楽が鳴り止み。
ステージが照らされる。
白いライトの中に。
オーナの天之河が立っている。
スタンドマイクに体重を預け。
「罪な奴さ~」
歌い始めた。
演奏が歌に合わせてくる。
この歌は確か。『時間よ止まれ』。
曲が終わる。
拍手が起こる。
天之河が鋭い視線のまま。
叫ぶ。「ルイジアナ!」
『トラベリン・バス』に客席は大いに沸く。
タオルが舞う。
最後は『夏の終わり』をしっとりと歌い上げた。
天之河のショウは終わる。
「ありがと!」天之河はエイちゃんに似せて、全く似てなかったが、そう言ってステージを降りた。満足げに長い振袖を振り回し、店内を歩いている。
その間に店内の照明は元に戻った。
天之河はそのまま船場たちの方にやって来てくれるのかと思いきや、そうじゃなかった。ステージに戻り、何かを待っているようにいじらしい素振りでゆらゆらと立っている。
そこで紳士の一人が野太く叫んだ。
「ルナたん回ってー」
「え? なになに?」ルナたんこと天之河は耳に手を添えてわざとらしく聞き返した。絶対聞えていたはずだ。その紳士はステージのすぐ近くのテーブルにいるのだ。そして「何言ったか分かんなーいっ」と同年代の女性の反撥を買うこと間違いなしの可愛い子ぶりっ子が飛び出す。
その一言で封切られたのか、各テーブルで「回ってー」の声が上がる。
「回る? 回る? えー、どうしよっかな」とうつむく天之河。それに反応して「回ってー」がさらに飛び交い始める。芹沢も溜まらず「回ってぇ」と叫んでいる。
「わかったよ~、もうしょうがないなあ、はいっ」その場でくるくると天之河は回った。
どっと客席が沸き、拍手が飛び交う。
「何あれ?」船場は天野に言う。
「ああ、あれ? いつもやってんの、あれやんないと始まんないんだってさ、声優さんのライブとかでもやるらしいよ」
「へぇ、でも、」船場は率直な疑問をぶつける。「なんで回るの?」
「そういえば、そうだ、」天野も頷いている。「不思議だ、ねぇ、会長もそう思いませんか?」
芹沢は天之河のトークショウに夢中だった。
「明日で夏も終わるね、今年の夏も素晴らしい夏だった、皆のおかげよ、皆のおかげで私は子供の頃から夢だったポルシェを買うことが出来たの、本当に、本当に、ありがとっ」
天之河はステージを降りた。
天之河はステージに近いテーブルのお客さんと握手したり、短い会話をしたりしている。その振る舞いの仕方はまるでホステスのママさんという感じで、童顔な顔立ちで、背もそんなに高くはないのに大人の色香を辺りにぽやっと漂わせている。
「一体お前の従姉は何者なんだ?」
「見ての通りここのオーナ、そして大手企業の重役も黙り込む元秋葉原の女王」
「秋葉原で成功した人がなぜ錦景に?」芹沢は若干食い気味に聞く。
「詳しくは聞いたことがないんですけど、まあ、なんか訳ありみたいで。秋葉原を追い出されたようなこと、言ってました」
「さぞ壮絶な過去を体験しているんだろうなあ、」芹沢はすっかり天之河の虜のようだ。「声がいいよね、声が、ハルカスにそっくり」
「ああ、だから」船場と天野は同時に頷いた。
しばらくして天之河は艶のある長い髪を揺らして船場たちの方に颯爽とやってきた。天之河は芹沢と船場に会釈をして天野に視線をやる。「何のよう?」
天野はあからさまにへりくだった態度で言う。「超小型盗聴器ってありやせんか?」
「妙案って盗聴器かよ、」船場は小さく突っ込んだ。「そんなの持っているわけ、」
「君、私を誰だと思っているの?」何食わぬ顔で天之河は言う。「秋葉原の女王を」
「あ、持ってるんだ、」船場は遠い目で中空を見る。「へぇ」
「さすがです」芹沢は緩みきった眼差しで天之河を眺めている。
「存じております」天野はさらに謙っている。
「少し待ってなさい」大人の色香を残して天之河は一度キッチンの奥に消えた。




