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チョコレート・ムース・レシピ  作者: 枕木悠
第三章 ザ・テラス・ドール・シスターズ・イズ・バック!
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第三章⑦

「お帰りなさいませにゃ、ご主人様、にゃんにゃん、にゃ、にゃ~ん」

 喫茶ドラゴン・ベイビーズに訪れた船場と芹沢を出迎えてくれたのは猫耳を頭に付けたメイドさんだった。名札を見ると名前は「リホ」。船場は彼女のパワフルなドラミングを覚えていた。自分の出番が来るまで、ホールで働いているのだろう。店内は混雑していた。奥の円形のステージではヴァレンシアというユニットの二人が歌を歌っていた。リホは奥のカウンタ席に二人を案内した。

「ご注文はどうないさいますにゃ?」

 語尾に「にゃ」を付けて首を横に傾けるリホはとても可愛らしかった。ナオミコのことばかり考えている船場も心揺れる。今まで彼女のことは遠目で見たことしかなかったが、近くで見るととても可愛かった。顔立ちはとても幼い。それがロリコンの船場には堪らなかった。ショートヘアも似合っている。つまり、彼女はとても可愛いと言うことだ。

 船場と芹沢はオムライスとコーヒーを注文した。足元で大人しくしているナオトのためにドッグフードも頼んだ。

 五分も待たずに注文は揃った。形は崩れているが、メイド喫茶に高度な技術が駆使されたオムライスなんて求めていない。求められているのはメイドさんの愛情である。

「失礼しますにゃ、」リホはカウンタ席に座る船場と芹沢の狭い隙間に入る。それはオムライスの上にハートを描くためだ。リホの体からは、健康的ないい匂いがした。船場は揺らぎそうになる。でも、首を振って、何も考えないようにする。「ツンデレとヤンデレ、どっちがいいにゃ?」

「え?」

「新しいサービス?」芹沢が涼しげな微笑を携えて答える。「じゃあ、僕はツンデレで、船場は?」

「あ、俺も同じので」

「はーい、分かりましたにゃ」

リホは額に軽く手を当てて、少し顔をピンク色にした。とても可愛らしい。リホは船場のオムライスをスプーンで掬ってフーフーしてくれた。「はい、あーん」と食べさせてくれる。船場はとても幸せな気分になった。ナオミコのことが霞そうだった。いけない。それはいけない。船場はナオミコを守らなきゃならない。大学生風の女性から守らなきゃいけないんだ。

そんなことを考えている船場に構わず、リホは新しいサービスを遂行する。リホは細い腰に左手を当て、右の人差し指で船場を刺して言う。「べ、別にあんたのためにフーフーしてあげてるんじゃにゃいんだからねっ!」そして思わせぶりに俯き加減。上目遣い。「……で、どうにゃ? おいしいかにゃ?」

船場の心臓は破裂しそうだった。「……おいしいです」

「べ、別に嬉しくなんてにゃいんだからねッ! べぇ!」

 そしてリホは芹沢に向かって同じサービスをした。サービスはいいものだ。ツンデレはいいものだ。

そういえばナオミコのツンデレをしばらく味わってなかった。

オムライスを味わいながら。

船場はナオミコのことを考えている。

サービスを終え、リホはキッチンの方へ向かった。

「……船場」芹沢がオムライスを頬張りながら言う。

「……あ、はい、なんです?」

「素晴らしいサービスだにゃ」芹沢は腕を組んで感想を言う。

「ええ、そうですね、素晴らしいサービスですね、」頷きながら船場は違和感に気付く。「……って、にゃ?」

「こんな上手いオムライスを食べたことはにゃい、」芹沢はとても幸せそうな表情を浮かべると、オムライスを一気に平らげた。そして口を拭いて、コーヒーを一口飲む。「じゃあ、船場、話してくれるかい?」

 芹沢は切れ長の瞳を更に鋭くした。

「ええ」船場は頷きナオミコの問題に関して説明を始めた。芹沢に協力してもらおうと思ったのだ。アドバイスを貰おうと思ったのだ。自分には妹がいること、妹の名前はナオミコで、ナオミコは百合で、幼馴染のヒロミのことを愛している、それなのに、今日は大学生風の女性と、待ち合わせをして、デートみたいなことをしている。つまり、それはなんなのか?

「いや、デートだろ?」芹沢はあっさりと応える。「それにしても船場に妹がいたなんてなぁ、いや、実は僕も妹が二人いて」

「え?」船場は僅かに驚く。「初耳です」

「だって、妹がいるなんて話したら、内海に何をされるか分かったもんじゃないし」

「いや、そんなことないっすよ、」船場は内海を擁護する。「内海先輩、意外と分別があるっていうか、いい人でしたよ」

「何かあった?」芹沢は訝しげな目で船場を見る。「内海、船場のこと、大っ嫌いじゃん、理由は未だ謎だけど」

「いや、この前、百合について教えてもらったんですよ、色々な百合を教えてもらって、俺は少し変わったんですよ、百合について肯定的になれました、だから、妹の恋も応援出来るんです」

「へぇ、そうなんだぁ、」芹沢は涼しげに微笑んでコーヒーを飲む。「そういえば、最近、全然内海顔出さないなぁ、ついに勉強に本腰を入れてきたのかなぁ」

「ああ、そうですね、」内海は船場とあの日、百合談義を交わして以来、全然部室に顔を出していなかった。「そういえば、会長は勉強しなくてもいいんですか?」

「毎晩十時から三時の間が僕の勉強時間、五時間が限度、五時間以上ハルカスのことを考えないと、僕は駄目だから、そうしてるんだ、」芹沢は気障に答える。「でもなんで犬も、ナオトだっけ? 連れているんだい? 使い魔のようにいい知恵を貸してくれるわけでもないだろうに」

船場の足元でドックフードを食べていたナオトのほうに芹沢は視線を向けた。さすが鋭い。

「……ナオトは俺の大事な相棒なんです、」オムライスを一粒残らず口に掻き込んで船場は言う。「ごちそうさまでした、それに犬の散歩を装っていた方が、怪しくないでしょう?」

「駅前で散歩じゃ怪しいよ」

「ああ、そうだ、天野にはこのこと黙っていてくださいよ」船場はコーラを飲む。

「黙っておくって何を?」

「だから俺に小さくて可愛い妹がいるってことをですよ」船場は早口で返答する。

「ほう、船場、お前には妹がいたのか?」

「だからさっきからそう、」船場は芹沢を見やると「俺じゃない」と首を振って、船場の後ろを指差す。「え?」船場は芹沢が指差す方に振り向く。「おおっ!? 天野っ!? なんでここに!?」

 船場の後ろには天野ミツルが立っていた。「よう船場、それに会長、今日も暑いですねぇ」

言うと、船場の肩に手を掛けるようにして隣の席にどかっと座った。

そして天野はあろうことか近くを通ったリホを馴れ馴れしく呼んで「席、ここに変えてもらえる?」と馴れ馴れしく言っている。リホは天野に親しげな表情を見せ「はい、はい分かりましたにゃ」とフランクに接している。

「悪いね、リホちゃん」

 船場はその親密な会話に完璧に腹を立てた。

切れてしまった。

天野と親しい関係を作り上げていたなんて。

俺には関係。

ああ、関係のないことだが。

許せない。

 この怒りはどこにぶつけるべきだろうか。

決まっている。

目の前の天野以外にいない。

船場はリホが遠くの方に行ったのを確認すると、いきなり天野の襟首を掴みあげた。

「おい、船場、いきなり何すんだ」

「天野、てめぇ、リホちゃんとどういう関係なんだよ!?」船場は天野の耳元で声を押し殺して言う。

「はあ? 関係って、従業員と客に決まってんだろうが、何言ってんだ、急に何を言い出すんだよ、意味分かんねぇよ、」天野は船場の訳の分からない剣幕に疑問を呈すのみ。

「そういうこと聞いてんじゃねぇ、少し馴れ馴れしすぎやしないかって言ってんだよ!」

「……お前まさか、」天野は顔をニヤつかせる。「リホちゃんに惚れてんの?」

 その顔に船場はムカついた。しかし船場は確かにリホのことを気に入ってしまっていたし、惚れかけているのかもしれなかった。そこはまだ曖昧だ。とにかく、天野に掴みかかったときの勢いはどこかへ消えた。

「そ、そんなんじゃねぇよ、」船場は天野から手を離す。「いや、確かに、少し気に入ったのは本当だが」

「はは、こりゃ傑作だ、」天野は船場の背中を強く叩く。「二次元の女の子にしか興味がないって言い張っていた船場が、まさか三次元のメイドさんにハートを奪われるなんてよ!」

「からかうんじゃねぇよ!」再び船場は頭に血が昇る。「俺の純真な恋心を踏みにじるんじゃねぇ!」

「おいおい、落ち着けよ、船場、」天野は鷹揚に宥める。そして船場に耳打ちする。「少しリホちゃんに探りを入れておくから、脈がありそうなら、」

「そ、そうか?」船場の顔は少し緩む。しかし、すぐに首を振る。「いや、そんなものはいらん」

「それにしてもまさかお前に妹がいたとはなあ、普段俺を見下したようにしていたのはそのためかあ?」天野は話題をナオミコに戻し、メンチを切った。「勝者の余裕なのか? ええ、どうなんだ?」

「メンチ切ってんじゃねぇよ」船場もメンチを切った。

「まあ、まあ、まあ、二人とも熱くなるなよ」芹沢が冷静に二人を宥める。

「まあつまり、俺が言いたいことはだなあ、」天野は二つ指を船場に向け問う。「ロリッ娘は人類共通の財産である、つまり、ザ・ワールド・ヘリテイジだ、それは、イエスか? ノーか?」

「はあ?」船場は首を傾げながらも答える。「まあ、イエスだ。ロリッ娘は皆に平等にあるべきだ」腕を組み船場は断定する。「不平等はいけない。不平等は」

 その返答に天野は機嫌よく頷いた。

「その通りロリッ娘は皆に平等にあるべきだ、不平等はお前の言うとおり許されない、そのことは転じてつまり船場の妹は俺の妹ということになる」

「なんでそういう理屈が成り立つんだよ。ああっ!」船場はまたしても天野の襟首を掴みにかかる。ナオミコのこととなれば船場は平静でいることは出来ない。ナオミコは船場だけの妹だ。それは揺るがない真実。

「理屈では計れないこともある、で、いつ紹介してくれるの?」

「顔が近い」船場は手を離す。天野のニタニタとした顔面は吐息が掛かる程にまで近かった。

「まあ、天野、船場が妹を天野に紹介する、しないの議論をする前にひとつ大きな問題があるんだ」

「問題?」

「ああ、船場の妹は、今まさに人生の岐路に立っているんだ、好きでもない相手と過ちを犯してしまうピンチの中にいるんだよ」

「そいつは聞き捨てならねぇ超絶ピンチじゃないですかっ! くっはあ、これだからリア充嫌いなんですよ! で、相手はどんな男なんだよ、教えろよ、船場ッ! 今からそいつをとっちめに、」

一人冷静さを欠き、頭を抱え、激昂する天野に船場は言う。「男じゃない、女だ」

「は?」

「女だ、女性だ、レディだ、」船場は息を吐く。「分かる?」

天野は首を横に振る。

「会長、こいつに分かりやすく色を付けて説明してやってください」

 


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