第二章⑪
それから三人はナオミコの部屋に移動し、トランプを始めた。ナオミコの所有していた、「魔法少女テスコ」トランプで大富豪をした。ヒロミの賢さと勘の良さに比べ、船場兄妹はどこか抜けている。ヒロミがずっと大富豪で、ゲームの支配者だった。負けず嫌いのナオミコは「なぜだ」と頭を抱えながら「もう一回、もう一回」と勝てるまで終わらない気でいる。ナオトはナオミコのベッドの上でスヤスヤと眠っている。
ナオミコの部屋にはラジオが流れている。土曜日の文化放送はアニメの色が強い。そろそろアニメソングの週間ランキングが盛大に発表される時間だ。つまり、いい時間だ。ヒロミは欠伸をしている。ナオミコは勝てずに苛々している。そろそろ、と思いながらナオズミは機会を窺っていた。
「よし、上がり」このゲームもヒロミが先に上がった。
「え、もぉ、やだぁ、」ナオミコは残っている船場との勝負を放棄した。「ババ抜きしよう、ババ抜き、ね?」
「ちょっと、トイレ行ってくる」ヒロミは立ち上がり、部屋を出た。
「……おい、ナオミコ、」ヒロミの足音が遠くなったタイミングで船場はトランプを集めてシャッフルに余念のないナオミコに言った。「……まさか、ビビッてないよな?」
「……、」ナオミコは俯き加減でしばらく無言。トランプのシャッフルに余念がない振りをしている。「……まだ、ちょっと、準備不足が否めない」
「明日に持ち越す気か?」ナノミコはゲームに夢中な振りをして、告白を先延ばしにしようとしているのではと、船場は感じたのだ。
「……、」ナオミコはトランプのシャッフルを終わらせた。「勇気が出ないの、だから、もう少し、待って」
「うん、分かった、待つよ、待つが、」船場は大きく頷いた。「でも、今日中にやらねば、ずっと友達の可能性が高くなる、つまり、恋人同士でいられる可能性が低くなる、コレは分かるな?」
「分かってるよ、」ナオミコは大きく息をした。「友達のままは嫌だ、恋人同士がいい、彼女がいい」
「ちょうどカウントダウンが始まるな」
「うん、こむちゃっとカウントダウンが始まるね」
「今週の一位が発表されたら俺は部屋を出て行く、それまでイメージ・トレーニング」
「分かった」ナオミコは目を瞑る。
目を瞑って。
何を想像したのか。
ナオミコは。
「むふふっ、」と両手で口元を押さえ、変態みたいに笑った。「むふふふっ」
ヒロミがトイレから戻ってくるとババ抜きが開始された。ヒロミは髪の毛をポニーテールにしていた。うなじが良く見えた。ナオミコは露わになったうなじをじーっと観察して、難しい顔で分析して、告白への気持ちを高めているようだった。「あー、黒子があるぅ」とナオミコはわざとらしく言ってヒロミのうなじを触った。少し場が盛り上がった。限りなくいい雰囲気だった。
カウントダウンが十位から発表されていく。
六位まで発表されたところで本日のゲストの登場。
ゲストは戸松ハルカだった。フィフス・アルバムと写真集の告知をしている。
芹沢も聞いているだろうか、と考える。
瞬く間に時間が経過し。
今週の一位が発表される。
ドラムロール。
「今週の一位は、戸松ハルカ、ニューシングル」と女性パーソナリティが告げた。
さすが戸松ハルカ。十週連続一位という伝説の記録を作ったようだ。
ポップなメロディがラジオから流れてくる。
そこで。
「悪い、ちょっとトイレ」
ナオミコに視線を送りながら。
船場は立ち上がる。
ナオミコは僅かに顎を引いた。
ベッドの上で眠るナオトを抱いて。
部屋から出て行く。
これで部屋には二人っきりだ。
船場は一階に降り、言葉通りに用を足すと、リビングのソファに座って足を組んだ。
さて。
船場は魔術師の顔をして。
ディスチャージと唱えようとしたところで。
ふと。
気付く。
「おい、ナオト、」船場は慌ててナオトを揺すって起こす。「ナオト、起きろ」
「……なんだ、少年、」ナオトは人間にみたいに前足で目を擦っている。「もう、朝か?」
「質問がある。アイハヴアクエスチョンだ」
「……ワット?」ナオトは発音よく言う。
「俺の電磁開閉器は、俺のエレクトロマグネチック・スイッチは、」
「スイッチがどうしたって?」
「俺のスイッチは視界に見えない明かりを操作することが出来るのか?」
「今の少年のスイッチでは無理だ、」ナオトは前足で顎下を搔きながら言う。「少年はまだ魔法の研究もしていないし、魔力も足りない、少年が操作できるのは、きちんと視覚で認識出来る電気機械、手が届く範疇にあるものだ、つまり少年の魔法はまだ、魔法である価値がない」
「くそっ」船場はそれを聞いて舌打ちして慌てて立ち上がった。
「お、おい、」ナオトが吠える。「どうした、少年」
「これは俺のミスだ、まさかそんな価値がないものだとは思わなかった」
船場は早足で脱衣所に向かった。脱衣所の扉の上にブレーカがある。予定ではナオミコの部屋の明かりだけ消して、ムードのある音楽を再生させて、告白、そしてキスだったがしかし、船場はミスってしまった。せめてブレーカを落とし、部屋を暗くしようと思ったのだ。
カチャリとブレーカを落とす。
船場家の全て電気の流れが停止する。
暗くなり。
何も見えない。
よし、とりあえず、仕事はした。
と、安堵の息を吐こうとした時だった。
「え、何、停電!?」
なぜか、ナオミコの部屋にいるはずのヒロミの悲鳴が後ろの方から、それもすぐ近くから聞えた。
なぜだ?
分からない。
船場は、かなり気が動転していた。
告白は、どうなる?
「……ヒロミ?」船場は暗闇の中、ヒロミの名前を呼んだ。
「あ、兄貴? あれ、雷でも落ちたの?」すぐ近くで声が聞こえる。
「さ、さあ、なんだろう、急に」
どうやらブレーカを落としたところは見られていないようだった。
だがしかし。
近くにヒロミがいるということは。
計画は失敗だ。
暗い意味がない。
価値がない。
船場はすぐにブレーカを上げようとしたが、暗闇のため、なかなか難しい。
そんな風に手間取っていると。
船場の背中を誰かが触る。
次の瞬間には誰かに後ろから抱き締められた。
いや、ヒロミなのは分かっている。
柔らかいものが背中に当たっている。「……おい、どうした、怖いの?」
「……い、言うなら今じゃない?」ヒロミの小さくて、震える声がとても近くで聞こえている。「暗いから顔も見えない、チャンスだよ、早く言ってよ、もう待ちくたびれたよ、早く言ってよ、ちゃんと聞くから」
「いや、それは俺が言うことじゃなくて」
「え、なんで?」
「とにかく、ブレーカを」船場は手を高い位置に伸ばす。
「私から言えっていうの?」ヒロミはいわゆる猫撫で声を出している。船場にはヒロミがどうしてそんな声を出すのか、意味が分からない。「兄貴ってば、卑怯」
「はあ? どうして卑怯呼ばわりされなきゃ、」船場はそこでふと、思う。「……もしかしてヒロミは、その、なんていうか、……気付いていたのか?」
「……私、そんな鈍感じゃないよぉーだ、」ヒロミは船場の背中に頬をくっつけている。「それに、ずっと前から私、私、同じ気持ちだったんだから」
「え、それって、つまり? その、両想いってこと?」
「うん、」ヒロミは頷く。「ずっと片想いだと思ってた、でも、そうじゃないらしいんです、そうじゃないんですよね?」
「ああ、そうだよ、そうじゃないんだよ、ああ、なんだ、なんだ、そうだったのか、」船場はとても愉快な気分になった。声が自然と弾む。幸せな気分になる。「なんだ、わざわざ、パーティなんてする必要はなかったんだな、パジャマなんてプレゼントする必要はなかったんだな、時間の問題だったんだな、なんだ、そうだったのかぁ」
「そうだよ、パーティもパジャマもいらなかったんだよ、ただ二人だけいれば、よかったんだよ」
「ヒロミから言ってくれないか?」
「やっぱり卑怯者だ、」ヒロミの声を弾んでいる。船場を抱き締めて揺れている。「どうしても私が言った方がいいの?」
「ああ、きっとそれがいい、そっちの方が喜ぶ」
「ええ、でも、やっぱり、ええ、どうしようかなぁ」
「そこを何とか、お願いだ」
「……分かったよ、する、」ヒロミから快活な声が飛び出す。「するからね!」
「うん、ありがとう」
そしてヒロミはなぜか。
ブレーカを探し続ける船場を。
さらに。
ギュッと抱き締めて。
船場を動けなくして。
「……私、広瀬ヒロミは」と。
告白する。
「……船場ナオズミのことが大好きです」
船場はブレーカを探す手を止めた。
だって。
なんでヒロミがそんなことを言うのか。
全く意味が分からないから。
「…………はい?」
「こ、これでいい?」背中のヒロミの体温は熱い。「ちゃんと告白したよ、兄貴のことが好きって言ったよ、だから、兄貴もちゃんと返事して」
二秒の沈黙。
「……ええっ!」船場は声を上げた。
「え、な、なんでそんなに驚いてんの?」
不服そうにヒロミは言う。船場はヒロミがおっしゃるように驚いていた。
だってヒロミとナオミコは両想いのはずだ。
いや、待てよ。
待て。
冷静になれ。
そうだよ。
ヒロミはナオミコのことが好きだなんて一言も言っていない。
そして船場とヒロミは曖昧なコミュニケーションしか、していない。
つまり。
コミュニケーションには。
齟齬が発生していたのだ。
それにしてもヒロミが俺のことを好きだったなんて。
「ヒロミ」
「ん?」
「ごめん、俺はお前の気持ちに応えられない」
「え?」
「好きだって言ってくれるのは嬉しい、でも、お前を彼女に出来ないよ、ヒロミ、俺はお前をそういう目で見れないよ」
「え、いや、なんで、え? 兄貴は私のことが好きなんでしょ? 両想いなんでしょ? 私の彼氏になりたくてだから今日は、」ヒロミは早口でまくし立てている。「パジャマを買ってくれたんでしょ!?」
「多分、ヒロミは勘違いしていて」
「勘違いなんてしてない、ずっと兄貴のこと好きだったんだもん、彼女になりたかったんだもん!」
「違う、ヒロミの気持ちのことを言っているんじゃなくて、」船場はゆっくりと、優しく齟齬が発生しないようしゃべる。歯切れのいいスピーチを意識しながら言う。「いいか、よく聞け、落ち着いてよく聞くんだ、俺はお前のこと好きだよ、幼馴染だし、妹みたいだと思っている、でも、好きの種類はヒロミが思っているものとは違っていて、だから、いや、俺のことを好きだっていってくれるのは嬉しい、これからも俺のことを好きでいて欲しい、もちろん、俺だって今まで通りお前のことが好きでいる、大変なときは助けるよ、でも、ごめん、俺はヒロミの彼氏になれない、今だってお前は俺を抱き締めてくれるけど、俺は全く、コレッぽっちも、変な気持ちになんて、ならないんだ」
「……な、な、なに、なに、それ? なにそれ、」ヒロミは涙声だった。「なに、その言われよう! もしかして私、兄貴に振られたの!?」
「うん、そういうことになるな、」船場は冷静に答える。「でも、ヒロミが俺のことをそういう目で見ていたなんて知らなかった」
「……冗談だし」
「え?」
「冗談だもん!」ヒロミは船場から体を離し、ヒロミらしくなくヒステリックに叫んだ。「冗談だもん、私が兄貴のこと好きなわけないじゃん、私だって兄貴のことは兄貴としか思えないもん、冗談に決まってるじゃん、パジャマ・パーティなんてするっていうから、ふざけただけだもん、悪ふざけってやつだもん、兄貴なんてコレッぽーっちも、好きじゃないんだから!」
「ああ、そうか、そうだな」船場は笑う。」
「……なんか、ムカつくなぁ」
「ヒロミの告白は一生忘れないからな」
「……兄貴が電話なんか掛けてくるからだよ、」ヒロミはぶつぶつ言っている。「……そもそもなんで? なんでパジャマ・パーティなんてしようと思ったの?」
「……いや、ヒロミ、その、」口籠りながら船場は考えていた。このままナオミコの気持ちを伝えた方がいいのかもしれないと思った。計画も崩れてしまったし。「……いや、実はな、その、」
とヒロミの方に方向を変えながら、言いかけたところで。
船場は段差に躓いてしまった。
バランスが上手く取れない。
船場は倒れた。
そして。
船場はヒロミに覆い被さるように倒れてしまった。
「きゃあ!」ヒロミは悲鳴を上げた。
と、そこで。
ピカッ。
眩しかった。
光が見えた。
懐中電灯の明かりが船場の顔を照らしている。
懐中電灯を持っているのはナオミコだった。
ナオミコは無言のままブレーカを持ち上げた。
フラッシュが焚かれたように明るくなった。
「……ちょ、兄貴、早く退いてってば、」ヒロミは船場の下から抜け出た。そしてナオミコの後ろに隠れて涙声を作って言う。「ふぇえ、ナオミコぉ、私、襲われちゃったぁよぉ、変態に変態されるところだったよぉ、よかったぁ、ナオミコが助けに来てくれてぇ」
「おい、ヒロミ、何を言って、」
そこで船場はナオミコに頬を叩かれた。「……一遍、死んで見る?」
ナオミコの瞳はピンク色に充血していた。
船場に向けられた懐中電灯の電球が破裂したのを見た。「……ナオミコ、もしかしてお前?」
魔女に目覚めたのか?
次の瞬間。
船場は強烈なハイ・キックを側頭部に喰らって。
意識を失った。




