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チョコレート・ムース・レシピ  作者: 枕木悠
第二章 ディスチャージ
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第二章⑤

ゼプテンバと久納ユリカ、鏑屋リホのコレクチブ・ロウテイションは喫茶ドラゴン・ベイビーズの黄昏時のステージに立った。土曜日の黄昏時は混雑が激しい。客層も平日とうって変わり、メイドマニアの男性に混ざり、ファミリやカップルの比率が増える。コレクチブ・ロウテンションのようなスクールバンドを聞きに来てくれている、インディーロックマニアは土日には姿を消す。だから満を持してカバァした「プリーズ・ミスタ・ポストマン」には全く反応がなかった。予測では大いに沸き立つはずだった。久納の絶望的なイングリッシュのせいかもしれない。ゼプテンバは味があっていいと思うのだが、とにかく、オーナの天之河ミツキの判断でステージを降ろされる前に、方向を変えるのがベターだろうと思った。今日はビートルズ・ロックな気分だったが、わざわざ緑色の郵便屋さんの衣装で登場したのだが、髪の毛も膨らましてマッシュルームをわずかに意識したのだが、気分を変えねば。ムードを変えねば。

 ゼプテンバは愉快そうにMCをしている久納のマッシュルームヘアに手を入れた。

「な、なにすんのよぉ!」久納はコミカルな動きで驚いてから、ゼプテンバを睨む。「いつも言ってるっしょ、人のマッシュルームに手を入れちゃ駄目って!」

「テスコ」ゼプテンバは久納に耳打ちする。

「え、テスコ?」

 そして後ろの鏑屋を見た。鏑屋は「ん?」と首を傾げた。

「テスコ」ゼプテンバは鏑屋に言う。

「え、次はひとりぼっちのあいつでしょ?」

 ゼプテンバは構わず、前を見て、テスコのイントロを鳴らした。魔法少女テスコは国民的人気アニメだ。お客の視線はすぐに集まった。一度ギターを止め、ゼプテンバは言う。「レイザ・ブレイド」

 魔法少女テスコの主題歌に店内は沸く。

 鏑矢の軽快なドラミングから始まるメロウなメロディ。

 ゼプテンバは渇いたギターで久納のハスキィを彩る。

 ドラゴン・ベイビーズのメイドさんたちがタンバリンを叩き始める。

 騒がしさが統一される。

 センセーショナルなギターソロ。

 まるで、レイザ・ブレイド。

 曲が終わる。

 激しいクラップに包まれる。

この盛り上がりを鎮静化してはいけない。

コレクチブ・ロウテイションはそこからアニメソングのカバァばかりやった。

 最後はいつも通り「彼女は発電気」をやってステージを降りた。拍手がパラパラ聞こえる。まあ、今日も悪くないライブだった。三人は郵便屋さんの衣装のまま、奥の四人掛けのテーブルに移動した。用意されていたコーラを飲む。すぐに小学生くらいの女の子がテーブルに近づいてきて、サインを求めた。悪い気はしない。彼女の子供らしいピンク色の手帳のページにサインしてあげる。彼女は両親と一緒に笑顔で店を出た。それから何人かの男性にサインをして、握手をして、ドラゴン・ベイビーズじゃんけんをしたりして、ゼプテンバは全く楽しくなかったが、久納と鏑屋は凄く笑顔だった。

「はいー、次のステージは午後九時からですぅ、」年齢不詳のバイトリーダの東雲ユミコが可愛い声をマイクに認識させてアナウンスする。「毎週土曜日の午後九時はピアノの時間ですぅ」

 ゼプテンバたちはお腹が減っていたので、一度ドラゴン・ベイビーズを出て、地下街の同じエリアにあるマクドナルドに向かった。三人ともクウォータ・パウンダのセットを注文し、開いている席を探していると禁煙のカウンタ席に三人と同じ一年E組の朱澄エイコと大森テルコの姿を久納が見つけた。「あ、二人とも、どうしたのこんなところで?」

 二人は振り返って、なぜかゼプテンバのことを注視して、微笑んだ。

「……何だ、コラ」

 ゼプテンバは喧嘩越しを装って二人に近づく。二人はともに錦景女子の制服姿だった。

「偶然ね、」朱澄は首を傾けて言う。彼女の秘書っぽさには磨きがかかっていた。つまり、ミステリアスな雰囲気が増している。夏休みに入り、エイコに会う頻度は極端に減っていたからそう思うのかもしれない。つまり、変化を感じやすい。「今日もライブしてたの?」

 ゼプテンバは頷く。

「どこの制服?」テルコはゼプテンバを下から嘗めるように見た。

「ポストマン、」ゼプテンバは発音よく答えた。「向こう、空いてる」

 五人はテーブル席に移動した。朱澄とテルコが椅子に座り、三人はゼプテンバを真ん中にソファの方に座る。お腹が減っていたので五指を組んで祈りを捧げ、すぐにクウォータ・パウンダをかじる。そんなゼプテンバを対面に座るテルコがじっと、何か企む目で見ている。

「?」ゼプテンバは警戒しながら無言で食べ続けた。

「エイちゃんは宿題終わったのぉ?」鏑屋が聞く。

「ええ」朱澄は指に自分の赤毛の髪を絡めながら頷く。

「本当?」鏑屋が息を漏らす。鏑屋は同世代の女子の誰よりも遠くに飛べる。だからスポーツ推薦で錦景女子に入学することが出来た。だから勉強に熱心じゃない。「いいなぁ、私表紙も開いて折り目もつけてないよぉ」

「ささっと終わらせなよ、私はずっと昔に終わってるわ、生徒会秘書として当然終わってるわ、生徒会秘書として会長の宿題も終わらせたわ」

「じゃあ、私のもやって」鏑屋は天使の笑顔で言う。

「駄目よ、」朱澄は即答する。「生徒会秘書として、それは出来ない」

「えー、」鏑屋は不平の声を出す。「会長の宿題はやるのに? 矛盾してるよ」

「難しい言葉を知っているのね?」朱澄は鏑屋をからかう。春に比べて、朱澄は誰かをからかうようになった。おそらく生徒会長の影響だと考えられる。

「っもぉ、からかわないでよぉ」鏑屋はぷんぷんとポテトをかじる。

「ね、ねぇ、朱澄ちゃん、」すでにクウォータ・パウンダを平らげた久納が人差し指を立てて素敵なハスキィ・ボイスで提案する。「お勉強会しようよ、宿題の答え合わせも兼ねて」

「久納ちんも宿題終わってないのね」朱澄はすぐに見抜く。

「だ、だって、ベースの練習が忙しくてぇ」久納はベースを弾くジェスチャをする。

「関係ないわ、私はピアノの練習をしてなおかつ生徒会の秘書もやりながら宿題は終わっているし、それに、それに流星群を観測する準備もしてるし」

「え、なにそれ?」久納と鏑屋は声を合わせて聞く。「流星群?」

「え、全くもぉ、二人ともしょうがないんだから、」朱澄は呆れた風に言って、ゆっくりと腕を組んだ。「流星群を観測して英語のレポートを提出、あったでしょ?」

「え、何それ?」鏑屋は高度な宿題の存在に目が点になっている。

「知らないよ、そんなの、」久納も泣きそうだった。久納の英語の偏差値は四十だ。「ええ、嘘でしょ、嘘って言ってよ、朱澄ちゃん」

「嘘じゃないわよ、ね、ゼプテンバ?」

「シェリル女史が口頭で説明しただけだ、」ゼプテンバはテルコとの見つめ合いを続けながら答える。徐々に変な気分になってきていた。「英国のベイビよりも英語が出来ない二人がその存在を知っているわけがないだろう」

「酷い!」二人は大げさなリアクションをした。

「大げさなんだよぉ」ゼプテンバは言う。

「ねぇ、その流星群の観測だけど、」テルコはゼプテンバを見たまま言う。「僕んちでやらない? 僕の太くて長い天体望遠鏡で一緒に観測しようよ」

 久納と鏑屋は歓声を上げた。

「そうね、」なぜか朱澄の物言いはわざとらしい。「そうしましょう、それがいいわ、ね、ゼプテンバも構わないでしょ?」

 ゼプテンバは頷かなかった。朱澄とテルコが何を企んでいるのか全く分からないからだ。二人で結託して、何かを企んでいるのは分かる。分かるのだが、その何かが不明。予測も立たない。そんな二人のわざとらしさに気づかない久納と鏑屋は、天使に近い純粋さを持っていると肯定的にゼプテンバは評価する。

「ゼプテンバは嫌なの?」久納が聞く。

 ゼプテンバは首を縦に振る。「行く」

 二人の企みから逃げるのは、なんていうか、癪である。だったら自ら罠に嵌ってやろう。悪い罠ではないかもしれない。

「決まりね」朱澄はアイスコーヒーを飲む。

「ゼプテンバは年上好き?」テルコが急に質問してきた。

 その質問の意図は全く持って意味不明。

「え、なになに?」恋愛小説家の久納が目を輝かせた。「なんの話? 恋の話? 濃い恋の話しちゃう?」

 ゼプテンバは多少イラっとしたので、久納のマッシュルームに手を突っ込む。

「うわぁ、」久納は愉快に拒絶する。「やめろぉ、何度も言ってるっしょ、マッシュルームに手を突っ込んじゃ駄目って! 何度でも言うよ、マッシュルームに手を突っ込んじゃ駄目ぇ!」

「好き、」ゼプテンバは左手で久納の頭を押さえながら答える。「年上好き、おっさん好きだよ」

「どんなタイプが好き?」

「君に似てる人が好き」ゼプテンバはテルコを睨みながら答えた。なぜかテルコに、あの人の面影が少しだけ見える。だから、テルコを動揺させようと思って言った、冗談の類であることは事実だ。

「あらまっ!」久納は愉快そうに高い声を出す。「きゃあ、ゼプちゃんってばそうやったの?」

 ゼプテンバはマッシュルームの中で手を掻き回す。

「嬉しい、」テルコはわざとらしく、うっとりと、手のひらを合わせた。おそらく動揺はしていないだろう。微動もしていない。「僕は今、大気圏を突破できそうな気分だよ」

 そう。

 テルコは将来宇宙飛行士になる女だ。

 そんな彼女を動揺させるには。

 ロケッタを飛ばすほどのエネルギアがいる。

「・・・・・・流星群はいつ?」ゼプテンバは聞く。

「二週間後の八月三十日」

「夏の終わりか」ゼプテンバはテルコから目を逸らす。

「え、三十日って、レポートを作る時間ないじゃん」鏑屋は悲鳴を上げる。

「それが狙いでしょ?」朱澄は真っ赤な舌を出した。「シェリル先生、英語が苦手な女の子嫌いだから」

「ああん、もぉ、どうしよう」鏑屋は頭を抱えてわたわたする。

「どうしよう?」久納もわたわたに呼応する。

 二人はわたわたしながらゼプテンバの方に体を傾けて、英国出身のゼプテンバに頼ろうとしている。

「しゃーねぇな」ゼプテンバは男前に言った。



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