第二章③
喫茶マチウソワレは錦景女子高校の北側にある特別教室の集合した校舎の六階にある、料理部が運営する、錦景女子のための喫茶店である。教室二つ分の広いスペースは木目調の円卓が並べられ、壁はピンクとホワイトとブラックというモダンなトリコロールに彩られている。一番奥のステージの脇には古い時代のグランドピアノがあって、今は一年E組、生徒会秘書、朱澄エイコが癒しのメロディを響かせていた。
まだ開店前。
冷房が効いた涼しい空間にいるのは、朱澄を含め三人だけ。あと二人は一年E組の大森テルコと三年で喫茶マチウソワレの店長、散香シオン。テルコは散香に数学をレクチャしていた。午前十時から散香に確率論の基礎を教えている。午前十一時に朱澄がピアノの練習がしたいと訪れた。ピアノの音色に散香が眠ってしまったのはつい先ほど、正午を回った頃。「もぉー、しょうがないねぇ」
朱澄は数学のテキストを閉じ、散香に薄手のブランケットを掛けてから、朱澄の方に歩いた。朱澄は一心不乱に鍵盤を叩いている。ピアノを奏でる彼女はとても素敵だ。
朱澄に一番近い円卓に座り。
テルコはロマンチックな気分で彼女を見ていた。
「眠っちゃったの?」朱澄は指を動かしながら言う。
「うん、朱澄ちゃんのピアノのせいかな、いや、確率論のせいかもしれない、」テルコは体をメロディに合わせて揺らす。「……朱澄ちゃん、今日も九時からドラゴン・ベイビーズ?」
「ええ、そうよ」
「土曜日の九時のステージは朱澄ちゃんなんだよね、じゃあ、金曜日の九時のステージは誰とか、決まってるの?」
朱澄は鍵盤を情熱的に叩いて、そして中断した。「なぁに、何が聞きたいの?」
「いや、実はね、」大森は椅子を持って朱澄の方に移動する。そしてパスケースからスタンプカードを取り出し見せる。「……コレ、ドラゴン・ベイビーズのスタンプカードだよね?」
朱澄は足を組み、メロンソーダを飲みながらそれを確認した。「うん、そうよ、で、コレが何?」
「スタンプの日付を見てみて」
「……昨日の日付、その一週間前の日付、……つまり、金曜日にスタンプが捺印されている? 誰の?」
「お兄ちゃんの」
「あ、テルちゃん、お兄さんいるんだ、へぇ、以外」朱澄は全然意外そうな表情じゃなかった。
「今朝ね、お兄ちゃんのスーツとか、諸々、クリーニング屋さんに持っていったんだけど、そのときに、クリーニング屋さんがスーツのポケットから見つけてくれて、なんていうか、変な気持ちになった、だってお兄ちゃん、仕事しかしない人だから、煙草も吸わないし、お酒も飲まないし、ギャンブルもしないしだから、ビックリして僕はポイントカードを分析したの、すぐに毎週金曜日にドラゴン・ベイビーズに通っているという法則を発見した、つまり金曜日にステージに立つ女の子のことを気に入っている」
「……後一回でスペシャルなサービスが受けられるわね、うん、テルちゃんの分析は正確だと思うよ、」朱澄は言ってポイントカードをテルコに返す。「それで、テルちゃんは嫌なの? お兄さんがこういう変わった趣向の店に行って、特定の誰かのことを気に入っているという事実は、嫌?」
「ううん、」テルコはすぐに首を横に振った。「違う、むしろ、なんていうか、嬉しいっていうか、こういう色の付いた話、お兄ちゃん、あんまりなかったから、その」
「テルちゃん、何を企んでいるの?」
「朱澄ちゃんにはやっぱり僕の企みはお見通しだよね、」テルコは微笑んだ。「さすが生徒会秘書」
「生徒会秘書は関係ないよ」朱澄は舌を出して微笑んだ。




