第二章②
「じゃあ、行ってきまーす」
母は今日の午前二時に帰宅して、正午過ぎに家を出て行った。船場ナオズミは昼食の後片づけをしながら、昨日の夜のことを考えていた。ナオミコは広瀬ヒロミのことを好きだと言う。ナオミコはヒロミの彼女になりたいのだと言う。ナオミコは船場に協力支援を命令した。ヒロミの彼女になるために、船場が策を練らなければならなくたったがしかし、、一体どうしたらいい?
それが正直な気持ち。
いや。
それよりもまず。
船場はまだ。
気持ちの整理が全くついていなかった。
「……おはよ、」眠い目を擦りながら、ピンクのパジャマ姿のナオミコがリビングにゆっゆくりと現れた。「……あれ、ママは?」
「仕事に行ったよ」船場はシンクで洗い物を始める。
「ふうん、」ナオミコはソファに座って、ソファで丸まっていたナオトを抱いて、横になった。ナオミコは低血圧で、寝起きが非常に悪い。「……ナオズミ、アイス食べたい」
「昼飯は?」
「いらなーい、」ナオミコは寝言のような声で言う。「アイスがいい、ねぇ、冷房の温度下げてよ」
「ちゃんと飯食わなきゃ」
「もぉ、うっさいな、」ナオミコは体を起こして船場を睨む。「いいからアイスもってこいよ」
「言葉が悪いよ、」船場は洗い物を終え、サイダ味の棒アイスを持ってナオミコの隣に腰掛けた。「はいよ」
「ありがと、」ナオミコは笑顔になって棒アイスを口にした。目は眠っている。その表情が可愛過ぎて全く起こる気になれない。「……それでさ、その、なんか、浮かんだ?」
「何の話?」
「……決まってるでしょ」ナオミコは棒アイスをハムハムしている。
「……いや、考えてはいるんだけど、」船場は昨夜ずっとナオミコのことを考えていた。「何も思いつかないな、いや、まだ俺は、二人が恋人になるなんて想像出来なくて」
「想像してよ」
「いや、二人はどう考えても、友達だから」
「なにそれ、ナオズミは私が不幸せのままでいいって言うの?」
「そうじゃないって、ただ、難しいだけだ、……あのヒロミが百合なわけがないっていうか」
BL好きな彼女が果たして百合な可能性があるのか、と思うのだ。
「それをどうにかするのが、ナオズミの存在理由でしょ?」
「確かにナオミコのためになんとかさ、」船場は天井を見る。この問題の着地点を探している。「……なんとかしたいと思うけど、でも、うん、この問題は俺がなんとかするっていう性質のものじゃないと思うんだ、ナオミコが自分でなんとかせねばならない、」
「はあ、何それ? 裏切るの?」ナオミコからヒステリックの香りがする。
「落ち着けよ、いや、俺はいつもナオミコの味方だけど、でもさ、」船場はナオミコの方に体を向ける。「気持ちを伝えるのはお前だし、」
「そんな恥ずかしいことを私にさせる気なの?」
「それを避けては通れないだろ? むしろ他にどうやってヒロミの彼女になる気なんだ? 最終的には告白せねばならんだろ?」
「私はヒロミから告白されたい、ナオズミがそう仕向けてよ」
「そんな無茶な」
「分かってるわよ、無茶なことなんて分かってる、知ってる、でも、ナオズミの存在理由は今、それしかないんだからしてよ」
ナオミコは早口で言って船場をきつく睨む。
普通の女子にそんな無茶を言われたら。
船場は。
いや、誰だって。
怒りたくなると思うんだけど。
でも。
そう思わない。
なんとかしてやらねば。
そう思う。
俺は改めてナオミコのことが好きだと思う。
「俺はお前のことが好きだ」
「……なによ、急に、」ナオミコは船場から目を逸らす。「ナオズミに言われたって何とも思わないんだって、ヒロミに言われたいんだって」
「別にただ、声に出して確認したかっただけだ、」言って船場は立ち上がった。「ちょっと、出てくる」
「え、どこに?」
「学校」
部室には内海イオリと先代の会長の桜吹雪屋藍染テラスがコレクションしていた様々な百合に関する本があった。だから、それを研究すれば、何か、妙案が思いつくのではと思ったのだ。
「いってらっしゃい、」ナオミコはそっけなく言って可愛い欠伸をした。「ふああ、眠いなぁ、ねぇ、ナオトぉ」
ナオミコはまたソファにごろんとなった。ナオトはナオミコにぎゅっとされている。
昨夜判明したことだが、ナオミコは魔女じゃなかった。限りなく魔女に近いが、魔女じゃない、というのがナオトの分析らしい。ナオミコにはナオトの声は聞こえない。ナオトはナオミコの使い魔にはなれないのだ。でも、ナオトは安らかな表情でナオミコの腕の中にいる。「しばらくはここにいる」というのがナオトの決断だった。「しばらくは少年の使い魔でいよう」
というわけで、ナオトは船場の使い魔になった。契約の手順は簡単だった。ただドッグ・タグに名前を刻み、互いに認可し合うことが契約だった。認可しなければそれが、契約の解消。とてもシンプルなものだったのだ。
船場は家を出て、自転車に乗り、中央高校に向かう。




