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チョコレート・ムース・レシピ  作者: 枕木悠
第二章 ディスチャージ
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第二章①

錦景市駅の南改札を通り、地下街を徒歩五分、錦景ターゲットビルの地下一階、タワーレコードの在庫倉庫向かいには「マシロの部屋」という占いの館がある。コンビニの半分くらいの狭いスペース。マシロという二十代後半の、多少体つきがふくよかな女性が、この館の主だ。錦景女子高校三年、似非占い師と評判高い斗浪アイナはマシロの弟子である。この館の出入り口に近いところでショーケースに並べられたパワーストーンなど、怪しい色を放つグッズを高い値段で売るのが斗浪の仕事だった。斗浪まだ修行中の身。マシロには「まだ若い」と言われ、占いはさせてもらったことがない。けれど、不満はなかった。マシロは本物の魔女で占いも本物だったし、お金も沢山くれるからだ。

 八月の土曜日のこの日も、斗浪はおしゃべりオウムを肩に乗せて館に来た。オウムのカラーリングはカスタードクリームで、頭には人目を引くイエローの特徴的な冠羽。体長は五十センチ。

時刻は正午を回った頃。

館を開くのはいつも正午過ぎ。いつもだらだらと開館する。キャスタ付きの看板の明かりが付いていないのはいつものことだった。コンセントを差して明かりを点けるは斗浪の仕事だった。今日はシャッタが閉まっていた。「あれ?」と斗浪は思った。いつもならシャッタは開いていて、暗い館の奥でマシロは煙草の煙を燻らしている。しかしシャッタを上げて中に入ってみると、まだ彼女はいない。スマホにマシロからメールが届いていないか確認する。ない。とりあえず斗浪は看板の電気を付け、開館の準備を始める。そのうち、来るだろうと思ったのだ。

 斗浪はパワーストーンの並べられたショーケースの前に座り、待っていた。

 しかし、マシロはなかなか現れなかった。

 おしゃべりオウムに餌を上げながら。

 お客さんが来たらどうしよう、と思う。

 そのときは自分が占っちゃおうかな、と企む。

 だがしかし。

マシロは怒らせるとモンスタみたいに怖い。

 とりあえず。

 電話を掛けてみようと思った。

 そのときだった。

「すいません、あの、占って欲しいんですけど」

 男性だった。スーツ姿だが、ネクタイはしていない。背が高く、体格もいい。黒い髪は濃く、うねっているが、きちんと整えられた髭には清潔感があって印象は悪くない。悪くないどころか、とてもジェントルな印象を受けた。歳は二十代にも三十代にも四十代にも見える。

「ごめんなさい、今、」斗浪は首を竦めて答える。「マシロ先生はいなくて」

「あ、そうですか、」彼は別に落胆する様子もなく、一度時計を確認して、斗浪を見た。というよりもオウムをじっと見ていた。とてもミステリアスなものを目撃している、という目でオウムを見ている。二秒後、視線が斗浪に戻ってくる。「……ああ、君は占い、出来ない?」

「出来ないこともないです、」斗浪は上目で彼を見ながら答えた。「……けど」

「ごめん、僕には時間がなくて、」彼の口調は少し、いや、かなり慣れ慣れしいと思った。思ったが、別に不愉快には思わなかった。彼は手を叩いた。「よし、じゃあ、君に占ってもらおう」

「え?」斗浪は喉から濁った声が出た。「本気ですか?」

「時間がないから、」彼はすでに館に足を踏み入れていた。「お願いするよ」

「そういうことなら、仕方ありません、よね、それじゃあ、」斗浪は一度息を吐いて、営業スマイルを作って右手で誘う。「こちらに」

 斗浪は館の奥に彼を案内した。カーテンを開いた先の狭いスペースに二つの椅子を挟んで、小さな円卓がある。円卓の上には世界の白地図の束とグリフォンの羽とインクの小瓶。彼を座らせ、斗浪はその対面に座る。斗浪は羽を持ち、その先端をインクに浸し、世界の白地図の位置をわずかに自分に近づけ、聞く。「さて、何を占いましょうか?」

「僕はとある企業の社長をしているんだが、」彼は前のめりで、歯切れよく語った。「僕の名前は大森テルヨシ、三十二歳、独身、血液型はO型、一九八七年八月三十日産まれ、出身はこの街、育ちもそう、それで何を占って欲しいのかっていうのは、実はこれからお見合いなんだ、お見合いなんだよ、お見合いが一時から始まるんだよね、あと一時間後、錦景ホテルの最上階にあるサブリナっていう三十年代のアメリカみたいなレストランで、世話になった人が用意してくれた席なんだが、そう、僕を助けてくれた恩人で、まるで親父みたいな人だ、その人は僕が独身なことを三年前から気にしていて、三年前から僕にお見合いの話を持ちかけてきたんだ、三年間、僕は話を逸らして逃げてきたんだけど、今回ついにミスったというか、罠に嵌められたというか、とにかくお見合いをすることになってしまったんだ、でも、実を言うと、いや、もう本格的に気が進まなくて、気が進まないのは、理由は色々あるよ、本当に色々、とにかく僕はね、しばらく独身でいいと思っていたんだ、この考え方が変わらなければ一生独身だ、でも、それで構わないと思う、僕は一般的なサクセス・ストーリィの範疇にいないと思うんだよ、例外でいいんだよ、今までも例外だったんだから、これからも例外でいいと思う、僕はきちんと朝起きることも出来るし食事も作れるし掃除も洗濯もお母さんの仕事は何でもできる、だから誰かがわざわざ僕と一緒に暮らして僕が出来ることをしなくてもいいと思うんだ、本当に好きな人がいなければ結婚なんてしなくていいと思う、そう思考する僕にお見合いなんて、違うと思うだろ?」

「水飲みますか?」背中の冷蔵庫を開けて、斗浪はおしゃべりなお客様に常備してあるミネラルウォータを大森にプレゼントする。「もちろん、別料金になりますけど」

「ああ、ありがとう、」大森はミネラルウォータを一気に半分まで飲む。「……それで、そうだ、そんな結婚願望ゼロな僕なんだが、実は最近、好きな人を見つけたんだよ、好きな人、一目で虜になった、この夏、僕はずっと彼女に夢中だ」

「彼女と大森さんのご関係は?」

「関係なんてものはないよ、」大森は苦笑する。「彼女は第二ビルのドラゴン・ベイビーズっていうメイド喫茶店のアイドルなんだ、いつもお姫様みたいな衣装を着て、ウサギの耳を付けて、テレキャスタっていうエレキギターを弾いて歌う女の子だよ、白人の娘だよ、彼女には女の子のファンが多くて、僕はまだサインを貰ったことすらない」

「……もしかして、その彼女って、」斗浪は一人の錦景女子を脳ミソに思い浮かべた。「……アプリコット・ゼプテンバ?」

「知っているの?」大森は目を輝かせる。「ああ、僕は彼女の名前すら知らなかったんだ、そうか、彼女は、ええっと、」

「アプリコット・ゼプテンバ」斗浪はゆっくりと発声した。

「アプリコット・ゼプテンバ、」大森は頷きながら彼女の名前を言う。「なるほど、じゃあ、アコちゃんだな」

「皆はゼプテンバってそのまま呼んでいますけど」

「皆っていうと、君は彼女のファンクラブのメンバ?」

「いいえ、違います、」斗浪は首を横に振る。「彼女も私も錦景女子の生徒です、だから、大まかな情報は知っています、彼女は校内でも大人気なんです」

「ああ、そうなんだ、そうだよなぁ、やっぱりアイドルなんだなぁ」大森は中空を見て下唇を噛んだ。

 男性のそういう仕草を目撃したのは初めてだった。少し分析してみる。大森はゼプテンバと結婚したいんじゃないかって思う。「……あのぉ、もしかして、ゼプテンバと結婚したい、そのためにはどんなことをしてアプローチしたらいいか、ということを聞きに来たんですか?」

「いや、そうじゃないよ、」大森は肩を上下させて笑う。「そうじゃないよ、アコちゃんは、何年生だい?」

「一年です」

「十六歳か、若過ぎるよ、僕はただ、彼女にその、」大森は真剣な表情になって言う。「僕だけのために歌ってもらいたいんだよ、一時間くらい、学校の教室くらいの広さの、他に誰もいない部屋で、二人きりで」

「気持ち悪い、」思わず斗浪は本音を言ってしまった。慌てて口を手で抑えたが、大森の耳にはしっかり届いてしまっただろう。「……あ、すいません、つい、本音が、あっ、すいません」

「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、」オウムははしゃぎだす。「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い」

「こら、オウム、静かにしろ、オウム!」斗浪はオウムを叱りつける。「……あ、どうもすいません、六回も」

 斗浪が謝ると大森は大きく口を開けて笑い始めた。「いや、いいんだよ、そうだよな、やっぱり気持ち悪いよな、それを聞きたかったんだよ、女の子がどう思うか、知りたかっただけなんだ、最初から君の意見が聞きたかったんだ、目的は占いじゃなくてね、ただそれだけだったんだ、女の子の考えることなんて分からないから、でも、そうか、気持ち悪いか、うん、なるほど、うん、だから、もう、いいか、うん、もういいな、今まで通りオムライスを食べながら彼女を見るだけにしておこう、アコちゃんに気持ち悪いなんて思われたくないからね」

「いや、メイド喫茶に通っている時点で十分気持ち悪いですって、」また本音が漏れる。また慌てて口を塞ぐ。「……あ、すいません」

「いや、その通りだ、その通り、非常に正確な分析だよ、メイド喫茶に通うおっさんなんて気持ち悪い以外の何ものでもない、」大森は大げさに笑う。「君はでも、占い師に向いてないなぁ、いや、嫌味じゃないよ、その正直さは素敵なキャラクタだ」

「……占いましょうか?」斗浪は湿った目をして言う。「あなたと彼女の相性」

「嘘はいらないよ、」大森は手を振って断り、時計を確認した。「ありがとう、もういいよ、料金は?」

「……三千円です、それとミネラルウォータが五百円で、合計三千五百円です、」早口で言って斗浪はグリフォンの羽根を置いて、円卓に肘を乗せて、前のめりになった。「あの、私思うんですけど、」思ったのはきっと、斗浪が恋の占い師だからだ。恋の占い師だから、三十二歳の男性が簡単に恋を諦めることが、なんていうか、つまらないと思ったのだ。大人ぶってるんじゃねぇって思ったのだ。ああ、なんだか、腹が立ってきた。「……大人ぶってんじゃねぇよ」

「え?」立ち上がりかけていた大森は、止まる。「なに?」

「いや、あんたさ、本気で彼女のこと好きなんでしょ? 好きだから、毎日毎日メイド喫茶でオムライスを食べながら彼女に見惚れてるんでしょ? 好きだから、私に聞きに来たんでしょ? 好きに気持ち悪いもねぇんだよ、私に気持ち悪いって言われてもよ、ああ、あんたは気持ち悪いよ、私にしてみれば社長だろうがなんだろうが、あんたなんて気持ち悪いロリコン野郎だよ、ロリータ・コンプレックス野郎だよ、でもさ、関係ないっしょ、周りがどう思おうが、彼女がどう思おうが、気持ち悪いって思われようが関係ないっしょ、好きだったら彼女に歌を歌って貰いなさいよ、僕は君のことが好き、愛してるって言いなさいよ、気持ち悪いけど、でもあんたは、結婚なんて興味ないとか、大人ぶってるけど、本当はゼプテンバと結婚したいんでしょ!? 大人ぶってんじゃねぇよ! 未来を変えたいなら大人ぶってんじゃねぇよ! そっちの方がきめぇよ!」

 斗浪は大森を睨みながら円卓を拳で叩いてしまった。

「大人ぶってんじゃねぇ!」オウムも言う。「大人ぶってんじゃねぇ!」

 それで気付く。「……あっ、すいません、つい、思っていることが次から次へと、あっ、すいません」

 少し嫌な空気が流れる。

 しかし。

 大森はなぜか。

 笑った。

「……前言撤回だ、君は確かに、」大森は椅子に座り直した。「占い師だ」

 斗浪はどんな反応をしたらいいか分からないから、とりあえず。

 魔女の目をした。



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