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チョコレート・ムース・レシピ  作者: 枕木悠
第一章 シスタ・イズ・リリィ
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第一章⑩

 船場は料理が出来た。得意というわけではない。父と母が多忙ゆえ、兄妹のどちらかがご飯を作らなければいけなかったから、船場は料理を覚えた。ナオミコは家事全般が嫌いだ。面倒くさがり屋だから、そういう家の仕事は船場がこなしていた。ナオミコの部屋の掃除も船場がしていた。三日も放置していたら、大変なことになるのだ。このまま岩戸状態を続けられたら、部屋は大変なことになるなぁ、と船場はキッチンでチーズハンバーグを作りながら思っていた。おいしいハンバーグを食べれば、ナオミコの機嫌も直る、はずだ。しかし、今回の場合はちと、複雑だと船場は思っていた。兄妹喧嘩に百合の花が絡みついた例は、かつてない。

「手際がいいな」ナオトが褒める。

「そう?」言われて船場は気分がいい。褒められると簡単に喜んでしまうのが船場の迂闊なところだ。それはナオミコも一緒だった。「そうだ、褒めてあげたらいいんじゃないかなぁ、ナオミコのことを、いや、でも、この前褒めたら、怒ったなぁ、複雑だ」

 船場はフライパンに油を引いて、ハンバーグを焼き始めた。厚みがあるハンバーグだ。中が生にならないように火を調節しながら、焼く。

 電子音が炊飯器から鳴る。

 米が炊けた。

 ハンバーグの様子を見ながら、適当にサラダを用意する。フライドポテトを油で上げた。

「ねぇ、まだ? ……お腹ペコペコなんだけど」

 声に振り返ると、ナオミコがリビングのソファに座っていた。岩戸は簡単に崩落したようだ。こちらを背にしているため表情は分からない。でも、絶望的な状況ではないようだ。

 足元のナオトは押し黙った。タイミングを見計らっているようだった。

「もう少し、」船場はハンバーグを裏返して言う。「……何か飲む?」

「コーラ」

 船場は氷が入ったグラスにコーラを注いでテーブルに持っていく。船場はナオミコの表情を窺う。とてもダーティで、近くの空中の何かを睨んでいて、船場と目を合わせようとしない。そんなナオミコの表情も魅力的だとは思うが、厳戒態勢を敷くべき危険性が潜んでいると、船場は思って、キッチンに戻り、コンロの火を止めた。

 ナオミコはリモコンを操作して、船場が録画していたアニメを見始めた。ナオミコもアニメが好きだ。萌えアニメが好きで、美少女キャラクタのグッズを船場に買ってこいと命令することも多々あった。この辺りにも百合の花びらが垣間見えていたのだな、と思う。

 賑やかなオープニング。「魔法少女テスコ」というアニメだ。

 船場はリビングのテーブルに料理を揃えた。

 船場は隣のソファに腰掛ける。

 ナオトは足元にいる。

「いただきます」ナオミコは小さく言って、ハンバーグを食べ始めた。

 船場も食べ始める。「……どう、うまい?」

 ナオミコは無視する。

 無言が続く。

 ちらっとナオミコの方を見ると、瞳がキラキラしている。

 テスコに夢中なのだ。

 物語は佳境。

 画面上の変身していないテスコは幼馴染のカンクロウに告白した。しかしカンクロウは言う。「君に似てる人が好き」。つまり、カンクロウは変身したテスコが好きなのだ。よくある魔法少女アニメの展開だ。

 その展開に。

 ナオミコは、どうやら感動しているらしい。

 エンドロール。

 ナオミコは止まっていたフォークとナイフを動かし。

 食事を再開した。

 ナオミコは黙々と船場が用意したものを食べている。

 ナオミコの食器はすぐに綺麗になった。

 ナオミコはおかわりを命令した。

 船場はそれに従う。

 ナオミコはまた黙々とハンバーグとライスを食べた。

 途中でナオミコの動きが止まる。

 ハンバーグ三分の一。ライス半分残っている。

「兄貴、」ナオミコはドキュメンタリィに変わったテレビ画面を睨みながら言う。「……おいしい、今日のハンバーグ、おいしい」

 船場は驚いた。

「……お、おう、そうか、」ハンバーグを褒めてくれたことなんてないからだ。嬉しいことだが、動揺の方が大きくて、やっぱり今は、複雑だ。「……もういいの?」

 ナオミコは首を横に振る。「……食べる、」言って二秒後、ナオミコはナイフとフォークをテーブルの上に置く。「……あの、兄貴、私、あの、」ナオミコの声は上擦っている。「……アレは、その、秘密にしててよ」

「ああ、」船場は頷く。「もちろん、ナオミコが、アブの本を読んでいたっていうのは」

「百合って言って」ナオミコは早口で言う。

「うん、百合だな、百合」

「絶対、絶ー対、」ナオミコは船場に視線を向けた。「絶対、秘密だからね」

「……うん」船場は目を瞑って頷く。

 秘密にしておけ、ということはつまり。

 ナオミコは百合なのだ。

 ナオミコは百合。

 なるほど。

 そうだったのか。

 船場は奥歯を噛んでいた。

 様々な気持ちが入り交じった複合的な衝動を必死に噛み殺していた。

 隣にナオミコがいなかったら、窓を開けて何かを叫んでいる。

「蹴ってごめん」

 船場は驚いた。

 暴力を謝るナオミコは、なんていうか、久しぶりだ。

 一体、どうしてしまったんだと思う。

 ナオミコらしくない。

 らしくないじゃないか。「……慣れているし、平気だ、痛くなかった」

「痛かったでしょ?」ナオミコは微笑んでいる。コレも久しぶりに見た。「格好つけんなよ」

「別に、格好つけてなんて、」

 そこでナオミコの顔が、とてもピンク色であることに気付く。「……わ、私ね、兄貴、」ナオミコの声は震えている。「わ、私ね、……その、その、その、その、その、その、その、……そのぉ、………………そのぉ」

「な、……なんだよ!」船場の声は大きくなる。「なんだよ、ハッキリ言えよ、もう!」

「言うよ!」ナオミコは立ち上がって、ソファの上に正座した。ナオミコは全身をこっちに向けている。そして過呼吸気味だ。「言うからね!!」

「大丈夫か?」船場はナオミコの過呼吸が心配だった。

「何が?」

「いや、何がっていうか、変だよ、今日のお前」

「ヒロミのことが好きなの」

「ああ、そうだな、知ってるよ、それは、」船場は頷く。別に驚くことなんてない。ナオミコとヒロミは仲良しだ。「それで、何を言うの?」

「ヒロミのことが好きなの!」ナオミコはヒステリックにがなった。膝の上の拳は堅く握られている。「好きで好きでしょうがないの! どうしようもないの! 好き過ぎて変なのよ!」

 ナオミコも瞳は潤んでいる。

 そして赤い。

 髪の毛の色も顔色も赤い。

「……それは、」船場も過呼吸になっていた。声がよく出ない。咳払いをして言う。「それはヒロミとあんなことやこんなことをしたいってことか?」

「分かんない!」ナオミコはクッションを船場に向かって投げた。

 船場はクッションをキャッチする。

「……分かんない、何も分からないけど!」ナオミコはとても魅力的に、ヒステリックに悶えている。「……とりあえず、とりあえず、」

 ナオミコはそこで中断して、残ったハンバーグを食べた。飲み込んだ。「……このままじゃよくないと思うんだ、テスコみたいに告白しなきゃ、一生後悔すると思うんだ、この恋心は嘘じゃないよ、ずっと悩んだんだもん、この気持ちは本当だもん、だから、だから兄貴、なんとかして、ヒロミが私に恋するように、私、ヒロミの彼女になりたいの、なんとかしてよ、兄貴、頼れるのは兄貴しかいないの、私には兄貴しか、もぉバカぁ!」

 ナオミコは船場が抱くクッションを殴った。

 その拍子に。

 船場はソファから落ちる。

 天井が見える。

「兄貴、お願い、私の恋を叶えてよ」

 ナオミコにそんなこと言われたら。

 ……俺は。



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