わが家<2>
玄関札には、僕の名字である片桐ではなく、坂井、の二文字がある。けれど、確かにそこは僕の実家だった。今は色あせているけど、昔からの赤いペンキの屋根をした一軒家だ。
今は他人が住んでいるということではない。嫁入りした姉と、坂井家の長子の坂井勇さんが、僕らの両親が死んですこし経った後、坂井勇さんが福岡に転勤するというので勇さんが居候するという形で、この一軒家に越してきたのだ。
両親が死んで、姉が嫁入りして、そして僕が上京してからも売り払われることはなく、家主は僕名義になっていたし、誰も文句は言わなかった。姉が、うちの親戚のおばさん方から、僕に関してだったり、姉や勇さんに関しての小言を言われたりもするらしいのだけど、大らかな姉は、さほど気にしていないようだった。
この家の鍵は持っているけれど、僕はインターホンを押すか押すまいか、ちょっとためらった。一応、坂井家の家なのだ。その他人の家だというのに、インターホンを押さないのは駄目だと思う。ただ、家主は僕だ。その事実も、事実なのだ。苛立ちとまでは行かないが、なんだかもやもやとした気持ちもする。
と、玄関の前でもじもじしている内に、左際から懐かしい人の声を聞いた。
「あ、翔やん! お帰りー!」
姉の声だった。




