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虹色万華鏡  作者: 民メイ
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第一夜(七)

呉羽の家に泊まることになった雷童たちは……

手がかり




「あの、あたしたちが宮だってこと、どうしてわかったんですか?」

「ああ、それかい? それは――」

「えーっ! ひーちゃんたち宮だったんか!」

 呉羽が答える前に、蓮華が目を丸くして立ちあがった。着替えたらしく、光沢のある桃色を基調とした、高襟で細い袖の長衣に身を包んでいた。裾に入った切りこみから、白い筒状の下衣がのぞいている。どうやら呉羽から借りたものらしい。蓮華が羽織っていたぼろぼろの布は、椅子の隅でまるまっていた。

「あ、そうなんだ。ごめん……話して、なかったよね?」

 申し訳なさそうに氷雨が言うと、蓮華は椅子に座りなおした。

「ううん。そんなこと気にせんでええねん。ただ――この国、宮を探してるっていうやろ。大変やろなーって思ってな」

「そうそう。それだよ、おばさん! なんで宮がお尋ね者になんかなってんだよ」

 雷童が薄紫色の茶を飲みながら訊くと、呉羽は苦笑いをした。

「それは、まぁ明日になればわかると思うけどねえ」

「明日?」

 風林児が復唱すると、呉羽はゆっくりとうなずいた。

「そうだよ。それより、私がなんであんたたちが宮だってわかったか――ってことなんだけど」

 そう言うと、呉羽は石でできた玉を二つ机の上に乗せた。

「なんだこれ?」

「きれいな石やなぁ」

 雷童と蓮華がそろって覗きこむと、

「これはねえ、先見の石さ。少し先のことが見えるんだ」

「すごい!」

 ほぼ同時に、雷童と蓮華が叫ぶ。二人はお互いの瞳に、興奮の色を読み取った。

「そうさ。これで占っていたら、二つの石に、あんたたちの顔が映ってねえ。それで似顔絵どおりじゃないか――って思っただけだよ」

「え? でも、それって宮司さましか知らないはずじゃ?」

 風林児が間髪入れずに尋ねると、呉羽はフフッとおかしそうに笑った。

「私は、占い師だからねえ。これでも少しは顔が広いんだ。ところで、あんたたちは一体なんの宮なんだい?」

 呉羽は風林児と氷雨の顔を交互に見た。氷雨が風林児を促すようにうなずく。

「……僕が風の鳴宮で、氷雨は水の影宮です」

「ふぅん。風に、水――ねえ」

 しげしげと呉羽が二人を見ていると、風林児が意を決したように呉羽に向き直った。

「あの、お聞きしたいことが」

「なんだい?」

 急に改まった風林児を雷童は不思議に思った。氷雨も蓮華も雷童と同じ心境なのだろう。なんだろう、といった面持ちで見つめていた。呉羽はじっと風林児の言葉を待っている。

「炎の輝宮について、なにかご存知ではないでしょうか?」

「輝宮について? そりゃまたどうしてなんだい?」

「あの……ここにくる途中、仙翁さまにお会いしました。彼は、僕たちの故郷――雷の里、水の谷、そして風の丘がそれぞれ変な輩に襲われたとおっしゃっていました。そのとき同時に、火の山まで襲われた――と、そうおっしゃられていたんです。ですが、僕たち二人はすでに一緒にいて、行方がわからなくなっている轟宮を除けば、残っているのは輝宮だけになるんです。ですから、もし、宮の似顔絵をご存知なら、輝宮がだれだか教えてくれませんか?」

 呉羽はあごに手をあて、ふーむ、と考えこんでいた。風林児をはじめ、氷雨も蓮華も呉羽を食い入るように見つめている。

 けれど、雷童だけは少し引っかかるものを覚えていた。さっきの呉羽の表情。風林児が『仙翁』と言った瞬間、呉羽の眉が一瞬だけしかめられたのを、雷童は見逃さなかった。なぜその言葉に反応したのだろう。呉羽にとってなにか意味するところがあるのだろうか。

「轟宮は行方不明だって言ってたね?」

 その問いにふっと顔をあげると、呉羽と目が合った。

「あ、うん。兄貴は一年くらい前からどっか姿をくらまして、いまも音信不通ってわけ。でも、兄貴のことだからなんか事件でも起これば、わいて出てきそうな気がするんだけど」

「あんたね、お兄さんを虫みたく言わないでよ」

 氷雨が怪訝そうに言う横で、雷童はからからと笑った。

「そうかい。じゃあ轟宮は置いといて、輝宮について言うと、私もわからないのさ」

「そう、なんですか」

 残念そうに風林児がつぶやく。

「私の知ってる限りのことは、まだ世代交代してないことくらいかねえ。似顔絵も変わってないし――でも、狙われるんだとしたら、真っ先に輝宮だってことはわかるけどね」

 四人は意味がわからないといった顔を、呉羽に向けた。すると、やれやれと呉羽は腕を組んだ。

「あんたたち、不死の古文書を読んだことは?」

「それはありますけど……それがなにか?」

 風林児と氷雨は顔を見合わせながら、おそるおそる言った。

「じゃあ、考えてもみな。不死鳥ってのは、風に乗って、水を飲んで、雲で休んで、それから炎で身を焦がすんだろ?」

 雷童と蓮華が漠然と聞いているなかで、風林児と氷雨は懸命にうなずいていた。

「それじゃ、問題だ。その四つのなかで、なくなったら不死鳥の命に関わるものはどれだかわかるかい?」

 呉羽はどこか楽しんでいる風だった。

「えーっと……風はなくても死なないし、雲がなくたって死ぬわけじゃないし……」

「うん、そうだよな。それに水を飲まなかったくらいですぐには死ぬってわけじゃない。っていうことは――炎?」

 にたりと呉羽が笑う。どうやら正解らしい。

「不死鳥はね、燃えていないと動けなくなるんだ。だから手っ取り早く不死鳥の動きを封じるには、輝宮を殺しちまえばいいんだよ」

 まるで凍りついたように静まり返った。 

 その話は、筋道がとおり過ぎていた。もしも、四人の宮の故郷が襲われた理由が、不死鳥の命だとしたら――だれかが殺そうと企んでいるのだとしたら――。呉羽の話を整理して考えてみると、ピタリと話が噛み合うのだ。だれかが、不死鳥を死に至らしめるために、宮を次々と狙っている。そして一番狙われやすいのは――炎の輝宮。

「もしかして、不死鳥になにかあったんですか? 僕たち宮が、お尋ね者になっているのもそれが理由とか」

 風林児が重く口を開くと、呉羽はふぅ、とため息をついた。

「明日の朝、まず不死鳥の樹を見てみることだね。それでなにかわかるはずさ」

「不死鳥の樹を……?」

「それに、まだ輝宮は死んじゃいない。この前、飛んでいるところを見たからねえ」

「よし! わかった!」

 突然、氷雨が手を打った。

「どないしたん?」

「なんとかして、その不死鳥の命を狙ってるっていう不届き者よりも先に、あたしたちが輝宮を見つけて、保護するのよ」

「そんなことできるんか?」

 小首を傾げている蓮華に、氷雨は得意そうに手を握りしめた。

「炎と水の宮同士ってのはね、お互い触れないもんなのよ。だから、あたしが触れない人が輝宮ってことになるでしょ」

「そうなんか! ひーちゃん、頑張るんや!」

「あったりまえよ! 絶対先に見つけてやるんだから!」

 闘志を燃やしている氷雨を、呉羽は笑いを含んだ顔で眺めていた。

「それで蓮華。おまえこのおばさんを探してたんだろ? なにか用があるんじゃねえ?」

 雷童が思い出したように言うと、蓮華は一瞬真顔で固まった。

「……え、そやそや。うち、言づて頼まれてん」

「へえ、言づてかい」

「うんとな。その内容は『トコハのめぐる凶星は、燃ゆる命を巻き添えに、月の色した戸が開く』って言うんやけど。何回口ずさんでもな、その意味がわからんねん。呉羽さん、この意味わかるんか?」

「……そうさねえ。まったくどうだか。燃ゆる命を巻き添え――か」

「なんか、わけわかんねえ言づてだな」

 雷童が天井を見上げながらぼやいた。

「ま、ちゃんと言づては聞いたから――それより、あんたたち疲れてんじゃないのかい? 話し合いはまた明日にして、そろそろ寝た方がいいんじゃないかねえ。湯も沸いてるし、温まってよく休むんだよ」

「お気遣いありがとうございます」

 風林児が頭を下げると、氷雨も蓮華もならうようにして真似をする。雷童も慌てて首だけ下げた。

「じゃあ、女の子二人は、私の隣の部屋を使っておくれ。そんで、あんたたち男二人は二階の部屋を使っておくれよ――案内するから」

 呉羽は油に火を灯すと、それを手に持ち部屋を出ていく。

 そこは、相変わらず奇妙な空気が流れる人形たちの回廊。氷雨はあえて目を合わせないように、うつむいたまま蓮華の袖を握っていた。

「この家、地下があるんやねえ」

 階段を上る際、蓮華が下へと続く階段を見て言った。薄暗くてわからないが、階段はたったひとつの扉に続いていた。そこへ、呉羽が灯りを差し出す。すると幾重にもかけられた錠前が目に飛びこんできた。思わず、雷童はつばを飲みこんだ。

「いいかい。あの部屋だけはなにがあっても入っちゃいけないよ」

 有無を言わせぬ迫力があった。四人とも、こくこくと何度もうなずく。その様子を見て満足したのか、呉羽は不釣り合いに磨き上げられた木の階段を上っていった。

 雷童はもう一度だけ振り返った。あんなにも厳重に鍵をかける部屋に、なにが入っているのだろう。なぜか誘いこまれそうな気がして、雷童は振り払うように頭を振った。

(変なもんばっかだ、この家)

 雷童は軽くため息をつくと、二階へと駆け上がっていった。





子守唄 




 虫の音が格子戸の向こうから聞こえてくる。

 ぼんやりと薄暗がりで見える天井の梁。長い間しまわれていた匂いがする硬めの枕。

 雷童はおぼろげな瞳を、どこかに泳がせていた。

「なあ、雷童」

「んー?」

 風林児がついたてを隔てた向こうから、小さな声で呼びかけてきた。

「呉羽さん、信用できると思う?」

「悪い人じゃなさそうだけどな。というか、おまえ信用できるとか以前に、いろんなこと聞いてたじゃんか」

「そう、なんだけどさ。でも、あの人――本当にただの占い師だけなのかな、って思って。だって父上のことだって知ってるみたいだし、宮司さまと顔見知りみたいだし、なんか他にも隠してることとか――あるんじゃないかなってさ」

「考えすぎじゃねえの? まあ、ただ者じゃなさそうだけどさ。今日いろんなことがありすぎて、疲れてんだよ」

 雷童は大きなあくびをした。

「そう、だな。いろんなことあったし。里が襲われて、雲に乗って、氷雨に会って、雲から落ちて、それで朱里にきたらお尋ね者扱いだし」

 風林児が苦笑いをしているのがわかる。

「そうそう。そんで、蓮華を拾って、呉羽のおばさんに飯をおごってもらって、しまいにゃ泊まらせてくれるなんてなー、昨日まで考えてなかったよ」

「まさか、こんなことになるなんてさ」

 ふいに静寂が訪れる。二人の耳に届くのは、風が木の葉をくすぐる音だけだ。

「あの二人、もう寝たのかな」

「んー、ああ……だいぶ疲れてるみたいだったし、もう夢見てる頃じゃねえ? そろそろ、俺たちも寝ようぜー。なんか眠くなってきた」

「うん。明日もいろいろありそうだし。……じゃ、おやすみ」

 安らかな寝息が、規則正しく落とされていく。雷童は布団を蹴り飛ばし、風林児はくるまって眠っていた。氷雨と蓮華は隣同士で、話の最中で睡魔に襲われたのか、お互い向き合うようにして目を閉じていた。

 呉羽は雲から顔を出した月を見上げ、くっくと一人笑みをこぼした。

「輝宮は、絶対おまえには渡さないよ。思いどおりになんか、させやしないから」

 格子窓から差しこむ月光は、切っ先のような呉羽の横顔を、さらに鋭く見せていた。形のよい唇は喜びに歪められ、視界は闇をとらえていた。

 呉羽はそばにあった人形の頭をなでると、別な部屋へと入っていった。

 なでられた人形の首がカクン、と左右に動き出した。一人静かにその場で体をゆらす。

『ゆんゆん……ゆらゆら…… 夢うつつ…… おまえの……父さん……どこに行く…… 母さん……背負って……どこ消えた……』


次回はとうとう第二夜へ突入です!

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