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虹色万華鏡  作者: 民メイ
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第一夜(五)

朱里へと向かった雷童たち三人だったが……。

潜入作戦



 大樹を頼りに、けもの道を突き進んでいくと次第に朱里の国が見えてきた。

 高く積まれた石の壁が、氷雨の言うとおり周囲と一線を引いているように感じられた。その上部には侵入者を防ぐためか、尖った木の柵が取りつけられている。  

「なにかあったのかな」

「どうかしたのかよ?」

 一番先を歩いていた風林児が、不思議そうに首をかしげた。その隣で、雷童は風林児の視線の先を追った。

 そこには固く閉ざされた門の前で、人が鈴なりに連なっていた。三人の門番のうち一人がなにかを書きとめ、残りの二人が朱里に入ろうとする人々を引きとめている。

「なにやってるんだろ。ちょっと聞いてくるね」

「お、おい! 氷雨!」

 雷童と風林児が止める間もなく、氷雨は軽い足取りで駆けていった。

「っとに、あいつ……もっと慎重に行動しろよな」

「へぇ、おまえの口からそのせりふが出てくるとは思わなかったよ」

「俺はいつも慎重だぞ」

「おーい、氷雨! 待てよー」

 まるで雷童の言葉が耳に入っていないかのように、風林児は最後尾の人に声をかけている氷雨に手を振った。

「え、ああ……二人とも」

 どこか浮かない顔をしながら、氷雨は振り返った。

 風林児が心配そうに訊いた。

「どうかした?」

「うん、ちょっと……とりあえず、あっちに行こ」

 氷雨は人ごみから少し離れた場所まで二人を促すと、周りをきょろきょろしながら近くに人がいないか確かめているようだった。

「で、どうしたんだ?」

 雷童がちらっと人の列を見ながら言った。

「それなんだけどね……」

 すると氷雨は一段と声をひそめた。内緒話でも聞くように、雷童と風林児はぐっと耳を近づける。

「あたしたち、お尋ね者になってるわ」

「はあ? なんだってお尋ね者なんかに――」

「しっ! 声が大きいわよ!」

 途端に雷童は氷雨に口を塞がれた。

「それで氷雨。詳しいこと、さっきの人からなにか聞けた?」

 風林児が真顔で言った。

「うん。なんかね、朱里もあたしたち宮を探してるらしいわ」

「なんでまた?」

 風林児がふと門の方に目を向けた。

「さっきの人の話だと――不死鳥殺しの疑いがかけられてるみたい」

「死なないから不死鳥なんじゃないのかよ」

 悪態をつくように雷童が反論すると、氷雨も首をひねった。

「よくわかんないけど……とにかくあの門のところで、宮を探してるみたい。どうやって入る?」

 風林児はため息をつきながら頭を抱えはじめた。その横で氷雨も苦い顔をしながら人だかりを見つめていた。雷童はそんな二人の様子を見て、

「なんだって、悩んでんだ? 顔ばれてないんだろ? ごまかせば入れるんじゃねえ?」

 と、あっけらかんと言った。

 すると風林児は諦めたように笑った。

「それがさ、顔ばれてるんだよ」

「なんで?」

「宮になったら、朱里の宮司にあいさつに行くんだよ。そこで宮としての誓いと心構えを述べて、それで歴代の宮と並んで絵を描かれるんだ」

「そうなのよ。だから顔はばれてるってわけ。きっと門の入り口でその絵でも持って、比べてるに決まってる」

 そう言うと、氷雨ははぁと肩を落とした。

「どうして、変なやつらと朱里の両方に追われるはめになったのか――ううん……きっと朱里の方は、あのばか宮司ぐうじのせいよ」

 イライラしたように氷雨は地面をにらんだ。

 ちょうど夜が空の大半を占めていた。肉眼でも一番明るい星を見ることができる。ところどころに置いてあるたいまつに火が灯されていった。

「なんとか、門だけでもやり過ごせれば……」

 風林児のぼやきを聞いて、雷童はにやりと笑った。

「いいこと思いついた」

「なに? いいことって」

 すかさず話に食いついた氷雨を、風林児が押しとどめた。

「だめだめ。こいつの『いいこと』っていつも『いいこと』じゃないから」

「なんだよ。そんなこと言ってると、真っ暗になっちまうぜ」

 雷童は紺碧の空を見上げながら、口を尖らせた。

「だけどさっき、おまえは『俺はいつも慎重だ』って言ってただろ」

「だから、ちゃんと慎重に考えたんだってば。じゃあ、ちょっと行ってくる。おまえら顔隠しとけよ」

 そう言い残すと、雷童はすたすたと門の方に向かった。

 並んでいる人々は一様に苛立っていた。思いもよらない足止めを食っているからだろう。それに商売道具を担いでいる人たちは、その門番の要領の悪さに焦りと怒りを覚えているようだった。

 人々がこぼす愚痴を聞きながら、雷童は自分の計画に追い風になると考えていた。

「あのー、聞きたいんだけど」

 雷童は門の前に着くと、唐突に切り出した。三人の門番は疲れたような顔をしながらも、目の前に現れた雷童に厳しい視線を向けた。

「なんだ。みんな並んでるんだ。君もきちんと順番を待ちなさい」

「あ、ちょっと」 

 再び検問をはじめようとした門番たちを、雷童は慌てて呼び止めた。すると不機嫌そうに彼らは雷童を見下ろした。

「一体なんの用なんだ」

 すると雷童は得意そうな笑みを浮かべた。

「おっさんたち、手際が悪すぎるんだよ」

「なんだと!」

 ぎろっとにらまれた雷童は、思わずかぶりを振った。

「いやいや、いまのなし。そうかっかすんなって」

 へらっと笑いながら、雷童は門番たちをなだめる。

「そんでさー、俺もっと手っ取り早い方法を思いついたわけよ」

 門番たちはまったく信頼していない様子で雷童を横目にしながら、一人の男を朱里に入ることを許可していた。そんな彼らを前に、雷童は構わず続ける。

「なんか話によると、宮を探してるって言うじゃん。それってなにかと照合すんの?」

 すると三人のなかで一人座ってなにかを書き留めていた門番が、

「そうだよ。似顔絵と比べてるんだ」

 と、どうでもいいような返答をした。

 雷童はしたり顔で心のなかでほくそ笑んだ。そんなことは先刻承知済みで、思ったとおりの答えが得られたのだ。雷童は腕を頭のうしろで組み、大きな独り言をため息とともに落とす。

「なら、その年に近いやつだけを調べればいいと思うんだけどなー」

「は?」

 その言葉に、門番たちもいっせいに雷童を見た。

「あれ? 考えつかなかったわけ? だからー、似顔絵があるんだったら、それっぽい年のやつらだけを捕まえりゃ済むことだろ? なにも――」

 そう言って、雷童は近くに並んでいた老人の手を取った。

「こんなよぼよぼのじいさんまで、長いこと待たせる必要はないってこと。なあ?」

 雷童が周囲に同意を求めると、いままで黙って苛立ちに耐えていた人々からの不満が爆発した。

「そうだ! その子の言うとおりだ! さっさと門を開けろ! 俺たちゃ商売しにきてんだ! しなった野菜なんて売れやしねぇ!」

「俺たちを巻きこむな!」

「そうだよ! さっさとしとくれよ!」

 人々は一斉に門番たちにつめ寄る。その混乱に乗じて雷童は人の渦から身を引いた。そして風林児と氷雨が待つ場所へと戻っていく。

「どうよ俺の計画は!」

「あんた……」

 氷雨はぽかんと口を開けたまま雷童を見つめ、風林児は言葉も出ない様子で呆れ果てていた。

 門の前は、大騒ぎとなっている。人々の猛抗議が辺りに響き渡っていた。

「さて、こっからが本番なんだよな」

「あんた、これ以上なにする気なのよ」

 意気揚々と眼帯に手をかけた雷童を、氷雨が驚いたように訊いた。雷童は氷雨に振り向くと同時に、ポンと手を叩いた。

「そうだ。おまえ水を出せるんだっけ」

「え、うん。空気中の水分を取り出して――」

「説明はいいから。んじゃ、後始末よろしく」

「ちょ、ちょっと。後始末ってどういう――」

「もしかして、またやるのか!」

 風林児がハッとしたように雷童を止めようとした瞬間、

「燃えろ!」

 雷童は隠されていた金目を見開くと、門の扉の上方を見つめた。

 白い煙が小さく立ち昇りはじめる。するとちょうど開く部分のところに点火した。

「おい! 見ろ、あれ!」

 門の前に集まっていた人の中で、だれかが火を指差して叫んだ。

「火事になるぞ! 崩れるかもしれん! 早くなかに!」

 人々は切羽つまった形相で門番の前に雪崩れこんだ。門番は火事による驚きと、人々の迫力に気圧され、うろたえていることはだれの目にも明らかだ。そこにますます人々の怒りが拍車をかける。

「火事になってもいいのか! 早く火を消せ! 俺たちをなかに入れろ!」

「そうだそうだ!」

 すると、人々の圧力で門が開いていく。

「よっしゃ! どさくさに紛れてなかに入るぞ!」

 眼帯をはめ、雷童は嬉々として言った。そして人のなかに突進して行く。

 風林児も氷雨もあんぐりと口を開けたまま、雷童のあとを追った。

 門の下までくると、雷童は布を頭からすっぽりと被っている風林児と氷雨に向き直った。

「氷雨。消火、よろしく」

「よろしくって……あんたね」

「ごめん、こんな幼なじみで……いまは雷童の言うとおり、火を消してくれる?」

 人の波にもまれながら、氷雨は燃えている部分を見つめた。

 まだかすかな炎だ。それでも人々を焦らすには充分な効果だったらしい。門番たちは慌てふためき、彼らはそれぞれなにかを言い合っていた。

 氷雨は布から少しだけ手を差し出すと、

「水の舞」

 と、ぼそりとつぶやいた。

 すると炎に向かって、人の顔ほどもある水の玉がばしゃん、と飛び跳ねた。途端に炎は白くくすぶったまま鎮火していく。

「火が消えたぞ!」

 だれかがそう言ったのを、三人は門を背にしながら聞いていた。

 人々のどよめきと、少し焦げた門の扉だけが、あとに残された。


楽しんでいただけましたら、幸いです。

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