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虹色万華鏡  作者: 民メイ
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第一夜(四)

白昼夢

 


 雷童は立ち尽くしていた。

 耳にはなんの音も入ってはこなかった。

 ただ、目の前の光景に張りつけられたように、だらんと両腕を垂らしたまま、まるでどこか別の世界に迷いこんだような――そんな気持ちだった。

 体全体が、そこにあるすべてを拒否していた。

「お……親父……?」

 ようやく絞り出した声は、ひどく情けないものだった。

 本来その問いかけに答えてくれる人物は、なにも言わない。ずっとうつ伏せになったまま、微動だにしない。

 雷童は二重の恐ろしさを感じていた。もしかしたら――という予感と、それを認めたくないという反発からくるものだった。

 眼帯に隠されている金眼が大きく震えた。そしてその場に力なく座りこんだ。

「なにが……あったんだよ……なんでそんな血だらけ……っ」

 雷童の瞳にはその色しか映らなかった。まるで赤だけを残して、抜け落ちてしまったように、くっきりと浮かびあがる。

「親――」

「大変だ! 南の対から火の手があがったぞ!」 

 雷童の言葉を覆うように、外が騒がしくなった。慌ただしい人の足音が廊下を駆け巡っていく。そして雷童のいる部屋にも人と火の手が同時に回ってきた。

「もっ、元宮さま! だ、だれかーっ! 元宮さまがーっ!」

 雷童の背後で、大勢が集まりはじめる。

 人々は一同に金切り声をあげていた。

「雷童! おまえここでなにをしてるんだ!」

「い、いや……俺は」

「元宮さまになにが起こったんだ!」

 雷童が口を挟む余地は残されていなかった。

 その場にいる全員の視線が雷童に突き刺さる。

 煙の臭いが充満しはじめた。壁の向こうで天井の梁が落ちていく音がする。

 すると一人の男がおもむろに口を開いた。

「雷童……おまえは――」

 バキバキ、といまいる部屋の天井の梁がきしんできた。

 頭ががんがんする。

 雷童は頭のなかで反芻した。

 なにを言っているのだろう。

 みんな嘘つきだ。そんなことあるはずがない。

「なん――だって……?」

 そしてまた、別の人が静かに言った。

「だからおまえは――なんだよ」

 肝心な部分を耳が受けつけない。

 膜がかかったように二重になって聞こえる。

 雷童はもう一度血に染まる父を見た。そして自分の手に目を落とす。

「なんで――なんでなんだよ、親父……」

 ガラガラと屋敷の梁が落ちていく音が聞こえた。




不死鳥の国



「ぶわっ!」

 そのとき、ばしゃりと冷たい水が降ってきた。

 驚いて起きあがると、両隣で風林児と氷雨が安堵したような表情を浮かべて座っていた。

「冷てー……」

「やっと起きた! まったくいつまで気を失ってんのよ。心配したでしょ!」

 腰に手を当てながら、氷雨は立ちあがった。

 どうやら夢だったようだ。しかもよりによって、一年前の最も思い出したくない記憶を場面として見てしまった。確か夢というのは、自分が無意識のうちにしまいこんでいた記憶が、表れたものらしい。だから断片的なものになるのだと、むかし兄から聞いた覚えがある。

 ということは、やっぱりまだ自分があの事件から自由になっていないのだ――そう思うと、少しだけ気が滅入った。

 雷童がぼんやりと自分の手先を見つめていると、氷雨がパチンと指を鳴らした。

 途端に、顔に水がかかる。

「冷てっ! なにすんだよ!」

 顔を袖でぬぐいながら抗議の声をあげると、氷雨がきりっとした表情で雷童を見下ろした。

「なにすんだよ、じゃないわよ。急に黙りこんで辛気臭い顔しないでよね」

「だ、だからってなぁ」

「まあまあ、雷童も氷雨もちょっと落ち着いて」

 二人のやり取りを黙って眺めていた風林児が、焦ったように割って入った。

「いまは、そんなことしてる場合じゃないだろ。もうすぐ日が暮れる。ちゃんとこれからどうするか話し合わないと」

「そうよね……。ごめん」

 氷雨はそばにあった切り株に腰かけた。

「んで、ここどこだよ」

 風林児は雷童の質問に答えるように空を仰いだ。そこにはさきほど落下したときに見えた、巨大な大樹がほぼ目の前にそびえていた。

 大樹の向こうでは赤く染まった日が、山の端に吸いこまれるようにその身を沈めていく。その夕日を分断するように、後ろから光を浴びている大樹は、大地に巨大な黒い影を落としていた。逆光がまるで後光のようだった。

 そんな神秘的な大樹を見て、自然と三人の目は釘づけとなり、しばらくの沈黙が訪れた。

 静寂を破って口火を切ったのは、風林児だった。

「たぶん、ここは不死鳥の巣――不死鳥の樹のすぐ近くだと思う。さっきあったことを考えると――俺たちはあの変な雲につかまえられて、ここに落とされたみたいなんだ。どうやってここまできたのかわからないけど……気がついたら、三人ともここにいたって感じかな。とにかく、日暮れまでにどこか寝るとこ探さないと。野宿なんていやだろ?」

「俺は別に構わねぇけど?」

「おまえはよくても、氷雨がかわいそうだろ。女の子なんだから」

 雷童はひょいと立ちあがると、額に手をあて周りを見渡す振りをした。

「んじゃ、早いとこどっかに行こうぜ。ここから一番近いとこって――」

朱里しゅりの国よ」

 ぽつりとつぶやかれた言葉には、どこか嫌悪が漂っていた。むすっとしたまま地面をにらんでいる氷雨は、それ以上語ろうとはしない。

「どうかしたのかよ」

 雷童がちらっと風林児を見ると、

「うん……まぁ、ね」

 風林児は口を濁したまま苦笑いをしている。

「本っ当、いけすかないのよね」

「だから、なんだってんだよ」

 一人だけ話についていけない雷童は、苛立ったように少し語気を強めた。するとようやく氷雨が眉をひそめて話しはじめた。

「朱里の国の人って、自分たちが一番偉いと思ってんのよ。自分たちじゃなんにもできないくせに威張るんだから、いやになっちゃうわよ」

「なんでまた?」

 雷童が訊くと、氷雨はため息をつきながら肩をすくめた。

「自分たちが、不死鳥に護られた存在だって信じて疑わないからよ。朱里の国が、不死鳥の大樹の根元にあるってのも原因かもね。自分たちは、選ばれてその地に住んでるんだ――って思いこんでるから。だから、あたしたち宮にとっては、風あたりが強いのよ」

「ふぅん……」

 曖昧な返答をすると、

「ま、行けばわかるわよ」

 そう言って氷雨はその話を打ち切った。

「じゃあ、朱里に行こう。ここでじっとしていても仕方がないからさ」

 風林児が吹っ切るようにして立ちあがると、氷雨もそのあとに続いていく。

 そんな二人の後ろで、雷童はぼんやりと圧倒的な存在感を持つ大樹を見あげていた。

 ざわり、と足元の草が波打つ。鳥が円を描くようにして巣に帰っていく。雲は赤い色を照り返し、そろそろ空の半分が夜に侵食されはじめていた。明るい紺碧の天井に、一番星がキラリ、と瞬いた。

 雷童はどこか不思議な懐かしさを覚えていた。もちろん不死鳥の樹は初めて見る。けれど、心の内に広がる奇妙な一体感、吸い寄せられるような安心感は、無視しようとしてもすぐには消えそうになかった。

 一瞬、ツンとした痛みが眼帯に覆われた片目に走った。

(寝不足か……?)

 雷童はまばたきを繰り返しながら、涼しい風を顔に浴びていた。

「置いてくわよー」

 二人とずいぶんと間が空いた雷童に、氷雨が振り返った。

 雷童は足を速めて林のなかを歩いていった。三つの影が次第に大きく伸びていく。

 そのときパキリ、とどこかで枝の折れる音がした。三人を食い入るように男が片目で見つめていた。金色の髪が、夕日で赤く照らされていた。

「……計画どおりってとこか」

 眼帯に手をあてながら、黄金色に輝くその髪をかきあげた。端正な顔立ちからもれる笑みは、満足げな色を帯びている。すらっとした背丈に合わせるように、足元まで羽織っている深緑の布は、風が吹くたびに揺れていた。

「朱里の国……そろそろ、だな」

 男が音もなく木から飛び降りると、すかさずその体を雲が覆っていく。そして一陣の風が吹いたとき、そこに男の姿はなかった。


近日中に、次回更新予定!

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