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虹色万華鏡  作者: 民メイ
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第四夜(四)

更新開始しました。お待たせしてすみません。

ねじ



そこはいつものように静まり返っていた。自分たちが歩くせいで草がゆれる。その音だけしかしない。きれいに刈られた茂み。生え揃った木々。澄み切った小川。朽ちていくものなど一切ない。若葉は若葉のままで、花はつぼみを開いたまま永遠に咲き続ける。

まるでうわべだけの世界だ。雷童(らいどう)はそう思った。

ここは時が止まった空間――常葉(とこは)の存在する場所であり自分が作られた故郷。

けれど雷童はこれっぽっちも嬉しくなかった。いますぐこんな世界など壊してやりたかった。そう思いながら、雷童は無表情のまま常葉のいる屋敷へと向かっていく。

その庭先で、何人かの少女がたわむれて遊んでいるのが目に入った。どうやらままごとの最中のようだ。

 すると前を行く少女がパッと嬉しそうに駆けていった。

「おーい! みんなぁー、お兄ちゃんが帰ってきたよー!」

 そう言うなり、少女たちは遊んでいた手を止めると雷童の方へと一斉に顔を向けた。

「一番」

「一番が帰ってきた」

「兄者も」

「兄者も一緒よ」

 口々に囁きあう少女たちは、どれもみな『一番』という少女と同じ顔かたちだった。

 同じような声で同じような仕草で同じように笑う。緑色の目を真ん丸く見開き、うかがうようにして雷童を見あげていた。

 雷童はそんな少女たちには目もくれず、すたすたと廊下にあがった。そのあとを慌てて少女が追いかけてくる。

「お母さんのお部屋はこっちよ」

 雷童はうなずきもせず、じっと前を見据えたままきしむ廊下を進む。

 途中、何人かの人形たちに頭を下げられたような気がしたが、そんなことには目もくれず歩み続ける。

 一体どのくらい歩いたのか、気づけば香を焚く匂いが先ほどよりきつい。どうやら部屋が近くなってきたらしい。暗い廊下もますます影を差したように、空気さえもよどんでいるような感じがした。

 ぴたっとある部屋まで来ると少女が足を止めた。

 そして息を一つ落すと、静かに障子を開ける。

「お母さん、連れてきたよ」

 少女はさっと横に避け、雷童が中に入ったのと同時にぴしゃりと障子を閉めた。そして言われる前に常葉の隣に正座した。

「一番、ご苦労さまね」

 常葉がポン、と少女の肩を叩いた途端、その瞳から生気が消えた。虚ろな光を灯したまま無表情でどこかわからない空間を見つめていた。

安寿(あんじゅ)、やっぱり帰ってきたのね」

「その名で俺を呼ぶな」

 嬉しそうに口元をほころばせた常葉を、雷童は冷たい目で見下ろした。

「あらあら、そんな怖い声をしないでちょうだい、私の大事な安寿。なにか飲む?」

「いらない」

「そう、じゃあなにか食べ――」

「食わなくたって死なないだろ」

 雷童はぶっきらぼうに言い放つと、その場にあぐらをかいた。

 二人とも黙り込むと、静けさがじわじわと迫ってくるようだ。

「向こうの世界は楽しかった?」

 唐突に常葉が尋ねた。にっこりと笑みをたたえている。

「赤子のあなたを、偶然に元轟宮(とどろきのみや)が拾って十五年。見たものを燃やす眼を持ったあなたを、周りは受け入れてくれたかしら」

 雷童は黙っていた。

「百年経ってもなにも変わらない。姉さんが不死の身となってから五年して、私はその実を口にしたの。……見て」

 常葉はおもむろに袖をまくった。黒く変色した枯れ枝のような腕があらわになる。

ツ、と皮膚を引っかくとぼろぼろと表面がはがれ落ちた。

「忌々しいこの体。でも、もうすぐで終わりを告げるわ」

 ふふふ、と常葉は笑みをこぼす。

「……なんでそこまで」

「復讐よ」

 常葉の声に鋭さが帯びる。

「私がこの世界を変えるのよ」

 そう言って常葉は雷童のすぐそばに座りなおした。そして、雷童の手を握る。

「いいえ、違うわね。私とあなたが変えるの」

ゾクリ、と悪寒が背筋に走った。思わず手を振りほどき立ち退いた。

「あら、どうしたの?」

「絶対、手なんか貸さねえ……」

「なら、どうしてここに来たの? 私たちが手を取り合えば、どんなこともできるのよ」

「嫌だ! 俺は、あんたの復讐を止めるために来たんだ。それで俺がどうなっても……絶対あいつらに手は出させない!」

 常葉は大きくため息をつくと、静かに立ち上がった。

「……聞き分けのない子は好きじゃないわ」

 パチン、と指を鳴らすと雷童の背後の障子が開く。そこにはずらっと並んだ人形たちが控えていた。

「この子を取り押さえなさい」

 その瞬間、一斉に雷童に飛びかかってきた。

「お、おまえらっ……! くそ、離せよっ!」

 背中から両手両足を抱えこまれ、首と頭も固定される。冷やりとした指先が、首筋に食いこんできた。

「誤算だったわ。ここまで自我が目覚めるなんて。ちょっと手直ししなくては、ね」

 常葉はゆっくりと雷童に近寄ると、口の中に丸めた布を押しこんだ。吐き出そうと口を動かすと、人形たちの手が邪魔をする。

「いいわ、そのまま押さえていてね。ちょっと痛いけど、我慢できるわね?」

 ズブリ。

 そう聞こえた気がした。

 胸の激痛。体の内部をまさぐる異物感。

 指先から血の気が引いていくのがわかる。頭がじーんとしびれ、浅く呼吸を繰り返すだけで精いっぱいだ。

「ゆっくりお休みなさい」

 薄れゆく意識のなか、常葉の言葉だけがこだました。


これからどんどん書いていきますので、感想など頂けたら嬉しいです。

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