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虹色万華鏡  作者: 民メイ
31/32

第四夜(三)

長らくお待たせいたしました。

絵空事




 

「――やっぱり……雷童らいどうとは血が繋がってなかったんですね」

 風林児ふりこはすまなそうに答えた。

「ああ、雷童が知ってるのかどうかはわからないけどな。でも、血とか関係なくあいつは俺の弟にかわりはないさ」

 風林児はどこか寂しげな表情を浮かべる空雷くうらいの横顔を、ぼんやりと眺めていた。

「じゃあ……これはおまえも知らない話だが」 

 風林児はハッと改めて空雷を見る。

「雷童はな、人形なんだ」

「…………はっ?」

 意表を突かれたように、風林児はきょとんと空雷を見た。

 空雷は反応を確かめるように、じっと風林児を見つめている。

「あの……俺、意味がわからない――というか……人形って?」

 風林児は困惑した表情を浮かべた。

「もう一度言う。あいつは人形なんだ」

「あいつって……」

「雷童だよ」

「で、雷童が……?」

「人形なんだ」

 きっぱりとそう言い切る空雷に、風林児はしばらくあっけに取られていたようだったが、

「雷童が――人形……」

 そう呟いた途端、ぷっと吹き出した。

「空雷さん、急になに言い出すんですか」

「……ま、当然の反応なんだろうな」

「そんなことあるはずないですよ」

 風林児は軽く笑って言った。

 空雷はふぅと息を吐き、

「いますぐ信じろってのが、無理だとは思うけど」

「信じるもなにも――でも、冗談言えるくらい元気になってホッとしてます」

 そう言って立ちあがろうとした風林児に、空雷が低い声で言った。

「本当に、冗談だと思うか?」

 空雷は真剣な眼差しを風林児に向ける。

 その様子に、風林児はたじろいだ様子をみせた。

「俺がなんのために一年も里を留守にしてたと思う? 俺の父さんがなにを守って死んだと思う?」

 風林児は当惑した顔で、告げられる言葉を受け止めていた。

「雷童を常葉とこはから守るためだ」

 憎らしげに眉を潜めて、空雷は手に力を入れた。

「どうして雷童が狙われてるのか、それは……」

 動揺を隠せていない風林児に、空雷はいっそう語気を強めて言った。

「あいつが、常葉に作られた人形だからだ」

「……なに……言ってるんですか」

 風林児は怪訝そうに、顔をゆがめた。

「雷童が人形? 空雷さん、本気でそう思ってるんですか」

 半ば怒ったような風林児に、空雷はこくりと小さくうなずいた。そんな空雷の様子を見て、風林児は一度きゅっと唇を噛んだ。

「……俺とあいつは幼馴染で、一緒に育ってきて、いまさらあいつが人形だって、そんなばかみたいな話、どうやって信じろって――」

「俺だって――そう信じたかった!」

 空雷は突然声を荒げ、歯をくいしばった。

 風林児はひゅっと口をつぐみ、かすかに震える空雷を見た。

「信じたくなかったさ……俺だって……。たとえ血が繋がってなくたって、気になんてならなかった。だけど……あいつが人形だって……そう、父さんから聞かされたとき……」

 空雷はかたかたとこぶしを震わせた。

「俺もおまえと一緒だった。信じられるわけがない。だから俺は……雷童の身代わりになることにしたんだ……事の真相を知るために」

 空雷は悲痛な面持ちで、床に目を落としていた。

「眼帯をして、常葉のところにいる間、俺は知った。雷童が……雷童は、人形師常葉が全精力をかけて作り上げた人形だってことが」

「……そ、そんなの……」

 風林児はわなわなと唇を震わせた。

「……そんな夢みたいなこと、信じろっていうんですか……?」

 泣きそうな声だ。

「雷童が……人形? ……嘘だ……そんなの嘘に決まってる……」

 風林児はがくっと床にひざをついた。

 そんな風林児を痛々しく空雷は見つめていたが、やがて諭すように言った。

「……雷童を、救ってやってくれるか?」

 風林児はハッと顔を上げたが、すぐに目を伏せ、

「……俺には……」

「おまえじゃなきゃ、救えない」

「でも……」

 戸惑う風林児に、空雷はそっとほほ笑んだ。

「おまえが一番、あいつの行動がわかるだろ? それにな……」

 空雷は急に思いつめた顔をして、

「雷童は、自分が人形だってことに気付きはじめてる」

「……えっ」

 風林児がつぶやくと、

「これ、持ってけ」 

 ごそごそと空雷は懐を探ると、きれいに折りたたまれた布を取り出した。同時に、ぱさっと投げ渡される。深緑色の大判の布だった。

「これ、なんですか?」

 ちょっと驚いたような風林児に、空雷はにやっと笑った。

「それは、うちの里に伝わる、雲隠れの布っていうんだ。頭から被れば少しの間、姿を消すことができる。おまえに貸しとくよ」

「でも、そんな大事なもの――」

「そうだ。だからちゃんと返しにこい」

 意味深な笑みを浮かべて空雷は言った。

 すると風林児は理解したのか、同じようににっとした。

「わかりました。必ず返します、もちろん二人で」

「ああ」

 風林児はしっかりと懐にしまいこむと、即座に部屋から出て行った。

 すると入れ替わるようにして、氷雨ひさめが部屋に戻ってくる。

 お盆を持ったまま、氷雨は不思議そうに首をかしげたあと、

「空雷さん、薬湯持ってきました」

 と、にこっと笑って言った。

「ん、ありがとう」

 鳥が描かれた器に、薬湯が注がれる。なんとなくほろ苦いような香りが漂った。

「風林児、どうかしたんですか? あんなに急いで」

「ううんなんでもないよ」

 空雷は穏やかにほほ笑んだ。

 



 化粧の香りと食べ物の匂い、会話とともに奏でられる音楽が祭りの雰囲気に拍車をかけていた。 

 人ごみを歩いていた雷童は、道端に落ちている人形に目を留めた。どうやらだれかが編んだ人形のようだ。少しいびつな顔かたちをしている。何人もの人々に踏まれたのか、その人形は土だらけだった。

 雷童は立ち止まり、しばらくその人形を見つめていた。

 誤って落としてしまったのか、それともいらなくなって捨てられたのか――どちらにしても、このまま置いていくには人形が不憫でならなかった。

 それは自分が人形だから生まれた感情なのか……雷童にはよくわからなかった。

 道端に行き、人形を拾い上げる。

 茶色い瞳をした、三つ編みの人形だ。なかの綿の感触が手に伝わる。どことなく穏やかにほほ笑む人形から、持ち主にかわいがられていた姿が目に浮かんだ。

 雷童は砂ぼこりをはらうと、目につきやすそうな塀の上に置いた。

 もうこれでだれにも踏まれない。人形もホッとしたような安堵の表情を浮かべているようだった。

「お兄ちゃん、なにしてるの?」

 おかっぱ頭の少女は、雷童の行動を終始見つめたあと、そう尋ねた。

「別に。目立った方が、見つけやすいだろ」

「……そのお人形、お母さんが作ったんじゃないのね」

「へぇ、そう」

 興味のない返事をしたが、少女は気にも留めず得意げに鼻を鳴らした。

「だって、目が緑じゃないもん」

 少女にそう言われ、雷童は優しげな茶色の目を見た。途端、なぜか励まされているような気分になる。

「お兄ちゃん、行かないのー?」

「ああ……行く」

 少女にせっつかれ、雷童は気のない返答をした。

 もう一度だけ、その人形に目を戻す。

 そうして雷童は決心したように再び歩き出した。人の波にもまれながら、目指すは夢幻十字路。

 突然ふっと明るい日差しが舞いこんだ。人形を温かく照らし、ゆるやかな風が、大樹の落ち葉を巻きあげる。

 人形はじっと雷童の後ろ姿を見守るように、三つ編みをゆらしていた。

 雷童が歩みを進めるごとに、どんどん人気が薄くなっていく。どの民家も留守なのか、辺り一面静けさでいっぱいだった。物音ひとつすることなく、雷童と少女の足音がこだまする。

 かろうじて大樹の陰の向きで、どのくらい時間が経ったかがわかる。一番影が短いのは、もうすぐ昼になろうとしているせいだ。遠くの方でたくさんの催し物が行われている声がしていた。

 そんな華やいだ空気とは程遠く、雷童は沈んだ面持ちのまま黙々と歩き続けていた。

「いいなー、お兄ちゃんは」

 突然、少女がぽつりとつぶやいた。雷童は思わず少女を見下ろした。

「どうして、お兄ちゃんみたく大っきくなれないのかな」

 少女は自分の手のひらを見つめながら、ふぅとため息を落とした。

「あの女に聞いてみりゃいいじゃねぇか」 

「そうなんだけどー」

 雷童のそっけない態度に、少女は口元を膨らませながら拗ねたようにそばにあった石ころを蹴飛ばした。

「やっぱり、時間が止まってるからかなぁ」

「……止まってる?」

 訝しげに聞き返した雷童に、少女はくるりと目を輝かせた。

「あれ? 知らなかったの? お母さんたちがいる場所――ええっとつまり、十字路から先はね、時間が止まってるんだよ」

 えへん、と少女は胸を張った。

「……へー、そうかよ」

「なーんだ、つまんないの。お兄ちゃんだって、十年間そこにいたのにね」

 今さら何を言われても、雷童はあまり驚かなかった。心全体が鉛を背負ったように重く感じた。麻痺したようだとさえ思った。けれどそれで構わない。何も感じようとしなければ、感じなくてすむ。これ以上、辛くなることも痛くなることもない。それならいっそ、心なんてなくなってしまえばいいと思った。

 自分は人形なのだから。

 ふと風林児の顔が思い浮かぶ。

(結局、謝ってねぇや……)

 殴られたことも、ずいぶん先のことのように感じられた。

(でも、もうだれにも会うことはないんだな……)

 雷童はまぶしく光る太陽に目を向けた。今までの思い出が重なってゆれている。

(もう一度だけ――)

「着いたよ」

 雷童の思いを掻き消すように、少女は嬉々として言った。

「……ああ」

 そう雷童がうつむいて呟くと同時に、少し前を行く少女の歩みがピタリと止まった。

 どうかしたのかと雷童が顔をあげると、そこには見慣れた人物が立っていた。その瞬間、雷童は金縛りにあったように動けなくなった。

「……雷童、あんた一体なにやってるんだい?」

「く、呉羽くれはのおばさん」

 呉羽は明らかに怒っている風だった。眉間に寄せられた皺が、それを物語っている。

「なにって――別に……」

 言いよどむ雷童に呉羽は鼻で笑った。

「あんた、いま自分がどこに向かおうとしてるかわかってんのかい?」

 雷童は地面に目をと落としたまま、ぐっと肩に力をこめた。呉羽の視線が痛いほど突き刺さってくる。ぴりぴりとした空気が辺りを包みこんだ。

 すると少女がひとつため息をして、

「邪魔なんだけど」

 と、つっけんどんに言った。

 呉羽は鋭い眼差しをさらに細め、少女を見下ろした。

「ふん、あんたに邪魔呼ばわりされる覚えはこれっぽっちもないけどねぇ。たかだか操られてるだけの人形が、なに偉そうな口を叩いてんだか」

「その人形を作らせたのは、あなたでしょ?」

 ぴくりと顔を強張らせた呉羽の表情を見て、少女は小さく笑みをこぼした。その声は、少女のものとはまったく別物だった。雷童は聞き覚えのあるその声に、思わず手に汗が滲むのを感じた。

「私、姉さんが褒めてくれるから作りはじめたのよ。満足に歩くこともできなくて、外に出ることもほとんどなくて……そんな私の唯一の楽しみが、人形作り。姉さんが私の人形が一番きれいって言ってくれたから、もっと上手になろうってそう思ったのに」

「常葉……」

 一瞬たじろぎを見せた呉羽に、少女の形を借りた常葉はいっそう不敵に笑った。

「全部姉さんのせいなのよ」

 ゾクリとするほど、冷たい口調だった。

「常葉!」

「待っていて姉さん……私があなたを解放してあげる」

 その瞬間、呉羽の背後の空間に裂け目が生じた。ぐにゃりと歪み、突風が吹き荒れる。吹き上げられた葉が舞い上がり、砂ぼこりが飛散した。

「常葉っ……!」

 目を細め、風に耐えている呉羽の横を、少女の姿の常葉は通り過ぎた。

「さ、安寿。行きましょう」

「あんた、本気なのかい!」

 雷童は伸びてきた呉羽の手を振り払うようにして走った。

 そして空間の裂け目の前までくると、

「ごめん、呉羽のおばさん。俺は、行く」

 呉羽が何か叫びかけたその時、

「雷童ーっ!」

 悲鳴にも似た呼び声が、はるか後ろの方から投げかけられた。

 ハッと身体が硬直する。 

 思わず振り向いてしまいそうだった。振り向きたかった。けれど、必死の思いで踏みとどまる。引きずられそうな想いに区切りをつけるように、雷童は地を蹴った。

 そうして雷童は異次元へと足を踏み入れた。

「行くなぁーっ!」

 風林児が息を切らせて走ってくるなか、雷童は人知れずぐしゃっとした笑みを浮かべた。

「さよなら」



また更新します。

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