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虹色万華鏡  作者: 民メイ
29/32

第四夜(一)

長い間、更新していなくて申し訳ありませんでした。

今回から、第四夜に入ります! いつも読んでくださっている、たくさんの方々、ありがとうございます!

告白




 とうとう人形祭り当日となった。

 慌ただしく準備に追われる人々。舞台の設置がいたるところで行われ、大樹の根元にもなにか装飾を施されていた。

 昨日の雨が嘘のように空は澄み切っていた。大きく深呼吸すると、すがすがしい空気に、心が洗われるようだ。雲ひとつなく、鳥たちが嬉しそうに群れをなして飛んでいる。

 そんな浮き足立った朱里しゅりの様子を、風林児ふりこは仏頂面で見下ろしていた。春山はるやまの屋敷に出入りする人の往来を、ぼんやりと見つめながらため息を落とす。

 ふと戸を叩く音がした。すると氷雨ひさめがひょこっと顔を出した。

 氷雨はきょろきょろと室内を見回したあと、

「あれ? 雷童らいどうは?」 

 と、尋ねた。

 風林児は外に目をやりながら、

「……知らない」

「えっ……」

 風林児の様子が変だということに気づいたのだろう。氷雨はそれ以上訊かなかった。

 しばらくの沈黙が訪れる。

 すると氷雨は気まずさを振り払うように、思い切り笑って言った。

「あ、そうそう! 空雷くうらいさんがね、目を覚ましたのよ。風林児もあいさつしにいかない?」

「……空雷さんが」

「うん、そう!」

 氷雨は風林児の反応を気にしているようで、落ち着かなく視線を動かしていた。

「……行こうかな」

 風林児がほんのりほほ笑んだ。同時に、氷雨もホッとしたように口元を緩ませた。

 空雷はすでに上半身だけ起こしていた。同じ部屋に蓮華れんかもいて、風林児を見るなり、

「おはよ」

 と言った。

「おはよ、蓮華。空雷さん、おはようございます」

 風林児がそうあいさつをしている傍らで、蓮華と氷雨はなにか内緒話をしていた。言葉の端々に『雷童』という言葉が混じっている。

 風林児はすぅっと息を吸うと、

「すいませんでした」

 空雷にぼそりとつぶやいた。

 氷雨も蓮華も驚いたように風林児を見る。

「……雷童のことか?」

 空雷が訊くと、風林児はむすっと黙りこんだ。

「おまえらがケンカするなんて、珍しいな」

「……ただの意見の食い違いです」

「じゃあ、会えたってことだな」

 風林児は無言のまま、その場に突っ立っていた。

「ま、その話はあとで聞くよ。それでさ、三人に話があるんだけど。そこらへんに座ってくれる?」

 空雷は風林児たちにそう促した。

 三人がそれぞれ椅子に腰かけるのを見届けると、蓮華に目を留める。

「蓮華」

 急に声をかけられ、蓮華はしゃん、と背筋を正した。

「首飾り、持ってるね」

「えっ、ああ……はい」

「その首飾り、ただの首飾りじゃないんだろ?」

 空雷の質問に、蓮華の顔がこわばった。

「な、なんでそんなこと……」

「昨日、君の元仲間に出くわしてさ。そのときに聞かされたんだ」

 蓮華はうなだれたまま、自分の胸元を握りしめていた。

 空雷は風林児と氷雨に視線を移した。

「火の山が襲われたっていうのは、もう話したよね」

「はい。あたしがまだ空雷さんを犯人だって思ってるときに、そう話してくれました。ね、風林児?」

「あ、……うん」

「なら、その話の続きになるんだけど、輝宮てるみやは――殺された」

 三人は驚愕の顔をして、空雷を一斉に見つめた。

 風林児はおそるおそる口を開いた。

「で、でも。呉羽さんがまだ輝宮は殺されてないって――それで俺たち輝宮を探すことにしたんですよ?」

 すると空雷はこくっとうなずいた。

「そう、つまりその輝宮は……元輝宮だったんだ」

「元、輝宮……」

 氷雨が風林児の横で復唱した。

「それで、ここからが本題だ」

 急に張りつめた空気になった。

 空雷はもう一度それぞれの顔を見たあと、ゆっくりと言った。

「ここに、宮全員が集まってる」

 シン、とした。

 その場にいるだれも動かない。

 風林児も氷雨も蓮華も、いましがた落とされた言葉の意味を心のなかで何度も繰り返しているようだった。

「――全員って」

 最初にそう言ったのは風林児だった。

「俺と氷雨と空雷さん……これで宮は三人で――それじゃ、蓮華が――」

「そう、輝宮だ」

「嘘や!」

 だれよりも早く、蓮華が真っ向から否定した。

「うちは……うちは輝宮さんなんかやない! うちはそんな偉い人のはずないんや……。そんなこと、あったらだめなんや……それにな!」

 急に蓮華は立ち上がると、氷雨の腕をつかんだ。

「ほら、こうしてひーちゃんに触っても、なんともないんや! だからうちは輝宮じゃ――」

「いや、君は輝宮なんだ」

 空雷は断言するように言った。

 蓮華の顔が見る見るうちに悲壮な表情へと変わっていく。そしてそのまま床にへたりこんだ。

 氷雨がおろおろしながら、蓮華の肩に手を添えた。

「大丈夫? 蓮華?」

「――うちは人殺しなんやで……」

 その途端、蓮華はばっと顔をあげぼろぼろと大粒の涙をこぼした。

「うちは……うちは、たくさんの人を殺したんや! そんなのが輝宮さんのわけない! 絶対にないんや!」

 ぎゅっと氷雨の裾を握りしめ、蓮華は泣きじゃくった。

「蓮華……」

 そっと氷雨が蓮華の背中をさすっていると、

「うちに――お母さんは殺されたんや……」

 蓮華がかすれたような声で言った。

「お母さんが持ってなさいって言ったこの首飾りのせいで……お母さん、火に包まれて死んでしもうたんや」

「……蓮華」

 氷雨が心痛そうな顔をして、蓮華をぎゅっと抱きしめた。

「ごめん……ごめんなさい……うち――うち、みんなに嘘ついてた……」

「いいよ――そんなの大丈夫だから……ね?」

「うち……怖かった――人殺しなんて知られて、嫌われたらどうしよって思って……ずっとずっと怖くて言えんかった……」

 蓮華はずっと謝り続けていた。いままでのことを思い出しているのか、蓮華の瞳から途切れることなく涙が溢れている。

「あの、空雷さん」

 風林児が静かに口を開いた。

「どうして蓮華が輝宮だってわかったんですか?」

 空雷は一度目を閉じたあと、

「……そうだな。これは蓮華自身知らないことなんだけど――蓮華、聞く余裕はある?」

 蓮華は何度も嗚咽を飲みこみながら、必死に首を縦に振った。

「俺は里を離れてた一年間、いろんなことを知った……」

 空雷はゆっくりと話しはじめた。

「父さんに言われて、俺はまず朱里にきた。そこで呉羽くれはさまと会ったんだ」

 外は室内とは打って変わって楽しそうな笑い声が飛び交っていた。

「俺は不死鳥と大樹の関係を探っているうちに、宮がどういう役割を担わされているのか、なんのために不死鳥が存在するのか――その真実を知ったんだ」

「……真実、って?」

 風林児がいぶかしげに尋ねた。

「風林児、氷雨。二人は不死鳥と宮の関わりをどう聞かされてる?」

「え、俺は――古文書どおりに、鳴宮なるみやの風に乗ってるってことしか」

「あたしも、影宮かげみやの水を飲んでるって」

 空雷は大きくうなずいた。

「ああ。俺もずっとそう信じてきた。轟宮とどろきのみやの雲で羽を休める――古文書のとおりに聞かされていて、そのまま受け取っていたんだ。でも」

 すると氷雨が蓮華の横に座りながら訊いた。

「違うんですか?」

「まったくの逆だったんだ」

 今度は風林児が首をかしげた。

「逆っていうのは?」

「この古文書の文面からは、宮が不死鳥を支えているっていう感じがあるだろ?」

 風林児も氷雨も納得したような顔をした。

「でも、実際呉羽さんの話を聞いたり、大樹の頂上に登ってみて――それが正反対だってことに気づかされたんだ」

「一体どういうこと?」

 氷雨がしびれを切らしたように言った。

「俺たち宮は、不死鳥を支えているんじゃない――この大樹に縛りつけてるんだ」

「縛り……って、じゃ、じゃあ空雷さん。俺たちが聞かされてた古文書は、嘘だっていうことですか?」

「信じられないわ……」

 驚きを隠せない風林児と氷雨に、空雷は口調に力を入れた。

「一度でも不死鳥が飛んでいるところ、見たことあるか?」

 それはなにげない質問だった。

 しかし、だれも答えることはできなかった。一人として見たことがなかったのだ。

「不思議だとは思わないか? 古文書のとおりだとすれば、空を飛んでいなくちゃおかしいはずなんだ。羽を休めるにしても、風に乗るんだとしても、水を飲むにしても――ね」

 空雷の言葉に、風林児も氷雨も異議を唱えられなかった。

「だから俺は呉羽さんに頼んで、大樹の頂上まで行ったんだ。そこで見た光景は――俺の予想をはるかに凌駕するものだった」

 空雷は一度口をつぐむと、風林児を見た。

「鳴宮と轟宮を一緒に殺さなくちゃならない理由がそこにある。互いに反発する力を利用して、不死鳥に鎖がかけられているんだ」

「鎖を!」

 氷雨が愕然として叫んだ。

「ああ……そして影宮の水の力で――不死鳥は氷漬けになっていたよ」

 風林児も氷雨も、それぞれ思いつめたような表情を浮かべ、言葉を失ったようだった。

「そこで、一番の重要な役割を与えられているのが、輝宮なんだ」

 蓮華はふっと顔をあげた。涙でぐしょぐしょになったほおをぬぐうこともせず、空雷の言葉に耳を傾けていた。

「輝宮の炎でその身を焦がす――これは古文書のとおりなんだけど……不死鳥は輝宮の炎を受けて影宮の作った氷を溶かして、自由になれるんだ」

 空雷はおもむろに窓辺に目をやった。外は相変わらずほがらかな陽気に包まれている。

「俺は、輝宮と話すために火の山まで行ったんだ……そしたら」

 空雷はフッと鼻で笑った。

「もう輝宮じゃないって、告げられたんだ」

「でも……うちは……」

 涙声で蓮華が言う。

「うちが輝宮さんなんてこと――」

「その赤子は、生まれ出た瞬間に儀式の最終段階を超えたといわれてる」

 空雷は真摯な声で蓮華の言葉を遮った。

「宮になるには、そのための儀式があるんだ。そして儀式の最終段階を終えることができた者だけが宮として認められる」

 風林児も氷雨も同調するようにうなずいた。蓮華だけが納得できないような顔で、空雷を見あげている。

「その最終段階は――どれだけ力を自分のものにできたか、それに尽きる。俺は儀式の最後で雷雲を呼び起こした。二人はなにやった?」

「俺は、風に乗りました」

「あたしは……水のなかで一日過ごしたわ」

「ね、こういう風に力を認めてもらうんだ」

 空雷は諭すような口調だった。

「なら、なおさらうちは……」

「赤子は、炎の花を作り出した」

 その言葉に、風林児も氷雨も蓮華も耳を疑ったようだ。空雷はにやっと笑う。

「俺も最初その話を聞いたとき、意味がわからなかったんだけどさ、炎が花びらみたいに一枚一枚折り重なっていて、しかも全部色が違ったらしいんだ。で、それを見た人々が、まるで花みたいだ――ってそう言ったらしい。そしてそこからつけられた名が……蓮のような火を操る子ども――『蓮華』って」

 空気までが蓮華に注目したようだった。風林児も氷雨も、蓮華を見たまま驚きを隠せないようだったが、告げられた言葉を最も飲みこめないでいる様子だったのは蓮華だった。

 空雷は固まったままの蓮華に小さくうなずいた。

「これは、元輝宮が直々につけた名前なんだ」

 と、そこで風林児が空雷に尋ねた。

「あの、空雷さん。蓮華が輝宮の子どもだったなら、どうして火の山で暮らせなかったんですか?」

「そうよね……なにか事情でもあったのかな」

 蓮華は首飾りを出すと、それをぎゅっと握りしめた。そんな蓮華に、空雷は遠慮がちに切り出した。

「俺がいまここで言うのが正しいのかわからないけど……」

「ええんや、空雷さん……うちも自分の知らないこと知りたいから、話してほしい」

 その言葉を聞いて、空雷は安堵したようだった。

「蓮華はさ、輝宮の子どもとして周りに認められなかったんだ」

「そんなのって蓮華がかわいそうじゃない」

 氷雨が怒ったように反論した。

「蓮華のお母さんが、なんの力も持ってなかったからさ」

 急に室内が静まり返った。

 ただ空雷の言葉だけが、静寂に歯止めをかけていた。

「この世界には、事実上四つの力が存在してる。俺たち宮がその代表。そしてもう一つの力、これは事実から抹消された――百年前にね」

「百年前?」

 風林児が空雷に訊き返すと、空雷は力強く肯定した。

「そう。土の民の人々さ」

「土の民? 初めて聞いたわ」

「うん、俺も」

「そりゃそうさ。土の民だ――なんて言えば、朱里での扱いがもっとひどいものになるからね。だれも口には出さないんだ。ちなみに、呉羽さまも土の民だよ」

「呉羽さんが!」

 風林児と氷雨が同時に言った。

「まあ、その話はあとでするとして、この五つのどれにも属さない――力を持っていない人々がときとして生まれるんだ。その人たちは、故郷にいることはできずに、いろいろな土地を歩き回ったそうだ。自分たちの居場所を求めてね……」

「そうね、力が弱いってだけで周りから冷たくあしらわれるんだもん。力を持ってなかったなら……いられないわ」

 氷雨がきりっと唇を噛みしめた。

「そうしていつしか力のない人々は、ある場所に行き、そしてあるものにすがりはじめた」

 空雷は一瞬目を伏せたあと、

「それが――不死鳥さ」

 風林児も氷雨も蓮華も、それぞれ息を飲んだ。

「不死鳥の存在は、力のない人々の拠りどころだったんだ。そこでは自分たちが必要とされる存在、決して見捨てられないってね」

「で、でも、その不死鳥さんが、なんで朱里にきたん?」

「同じ時期に、この大樹が枯れはじめたらしい。もちろん不死鳥とはなんの関係もない。ただの寿命だったんだ……だけど、土の民の人々をはじめ、俺たちの祖先の人々も慌てだした。大樹の根が暴れて、各地に被害を及ぼしはじめたからだ。そんなとき、現れたのが――不死鳥を引き連れた、力の持たない人々さ」

「もしかして、春山さまたちの祖先ですか?」

「そう。風林児の言うとおり、彼らはこの地に住み着いた。そのとき、元々この地に住んでいた土の民の人々は抵抗した。だけど――」

「その人たち、殺されちゃったの? その力を持ってない人たちに」

 氷雨の問いに、空雷は苦い表情を浮かべた。

「……いや、殺したのは――俺たち宮の祖先だよ」

「えっ」

 氷雨は途端に青ざめた。

「力の持ってない人々が、宮たちに突きつけた条件は一つ。不死鳥の力で大樹を静めるかわりに、自分たちに力を貸すこと」

「それに応じたっていうの?」

 空雷はかすかにうなずいた。

「大樹の根は、それぞれの土地を荒らしていたから条件を飲むしかなかったんだと思う。力の持ってない人々が優位な立場でいるためには、不死鳥が大樹にいなくちゃ困るんだ。そうじゃないと、朱里にいることができなくなるからね。そうして利害関係が一致した力のない人々と、俺たち宮の祖先の人はこの大樹に不死鳥を縛りつけることで折り合いをつけた。しかもご丁寧に宮が義務を放棄しないように、この地にわざわざ宮の血筋の人を、人質代わりに住まわせてね」

「それで、いまにいたる――というわけですか」

 風林児が確認するように言うと、空雷は首を縦に振った。

「土の民からは、『仙』となって不死鳥に仕える人が選ばれたんだ。それが呉羽さま。でも、『仙』なんて形ばかりで、土の民が力を持たない人々に屈したという生き証人なんだ」

「そんなのに、どうして呉羽さんがなったのよ」

 氷雨は不機嫌そうにつぶやいた。

「呉羽さまは、あることに気づいたんだ。知らないうちに、力の持たない人々を迫害していて、そしていま、土の民がその立場に追いやられてしまった――そんな復讐の連鎖を終わらせるために、自ら志願したんだよ」

「そう、なの……」

「呉羽さまは、永遠の寿命と引き換えに、永遠の自由を失った……彼女はこの朱里から出ることはできないんだ。大樹の影から出ると、その瞬間、彼女は死ぬ」

「そんなのって――」

 氷雨は苦い顔で絶句していた。

「それに怒った人がいた。呉羽さまの妹――人形師、常葉とこはなんだ。常葉は呉羽さまが力のない人々の手下に成り下がったことに絶望し、そして不死鳥をうらんだ。憎んで悲しんで、その気持ちが彼女を狂気の淵へと追いこんだんだ」

「なんか……どっちもかわいそうな話なんやね」

 蓮華は哀れむような顔をした。

「常葉が望むことはただ一つ、不死鳥を殺すこと。そのためならどんな手段もいとわない。そしてちょうどその百年後にあたるのが――今日なんだ」

 空雷は強調するように言った。

「あの……お、俺たちはどうすればいいんですか?」

「いいか、くれぐれも人形に注意しろ。必ず常葉はなにか仕かけてるはずだ。それに、俺は宮とか不死鳥とか、もうおわりにすべきだと思う」

 空雷は真摯な声で言った。

「蓮華のお母さんは、力を持たない人ってだけで、火の山を追放された。それに力のない人々を母に持つ君が、輝宮をしのぐ力を持って生まれた――それだけで、君は殺されそうになったんだ。君と君のお母さんが火の山を出るときに、輝宮はなんらかの術をかけたらしい。だから君は氷雨に触ることができて、たぶんまだ力が目覚めていないんだ」

 蓮華はじっと首飾りを見つめたまま、微動だにしなかった。

「とにかく蓮華、君にかけられた術を解かないと、君の生み出す炎は君自身でさえ制御できない。もう不幸な結果になるのはいやだろ?」

 蓮華は小さくうなずいた。

「……うち、どうしたらいいかわからへんけど……お母さんみたく、もう関係ない人まで巻きこみたくないんや……だから、頑張ってみる」

 空雷はにっこりとほほ笑むと、ホッとしたように息を吐いた。

「蓮華を探すのに、半年以上も費やした。まさか、殺し屋の一味に拾われてるなんて思わなくて、少々手間取っちゃってさ――ごめんね」

「ううん……空雷さんは命の恩人なんや。ありがとう」

 蓮華はようやくはにかんだ。

「あ、私、薬湯入れてくるね」

「うち、ちょっと風にあたってきて頭冷やしてくる」

 蓮華と氷雨が立ちあがるなか、風林児も同様に腰をあげた。

 そして二人に続いて部屋から出ようとした風林児に、

「ちょっと、風林児」

 と、空雷が呼び止めた。

 氷雨は少し様子をうかがったあと、静かに戸を閉めた。

「おまえ、雷童には会えたんだろ?」

「……そうです」

 風林児は低い声で答えた。

「なにか変わった様子はなかったか?」

「変わった様子もなにも……あいつ、一人で勝手に怒り出して、ふざけたこと言うから」

「ふぅん。例えばどんなこと言ってた?」

 風林児はため息をつきながら、

「だれに心配されようが関係ない。野たれ死にしたってだれかに殺されたって、死んだ方がいいって、そう言ってましたよ」

「それで、おまえと言い合いになって、もしかして一発か二発か三発、殴ってきた。おおかたそんなとこか?」

「一発です」

 風林児はぶすっとしたまま言った。

「おまえは雷童のことを思って殴ったんだろ?」

「べ、別に……あいつとは腐れ縁だし、なにかっていうと一緒にいたし、小さい頃からのつき合いだったから……。それにあいつ、みんな心配してるのに、そんなこと言うから」

 言葉を濁しながら弁解しようとする風林児を、空雷は優しい眼差しで見つめていた。

「そっか。それを聞いて俺も決心したよ」

「なにをですか?」

「ずっと言おうか言わまいか迷ってたんだけどさ、おまえなら雷童を救ってやれるかもしれないって思ってね」

 風林児は自然と近くにあった椅子に腰かけた。

 じっと空雷の言葉を待つ。

 窓辺に鳥が止まっている。鳥の動きをぼんやりと見つめている風林児に、空雷ははっきりとした口調で言った。

「雷童はな――」




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