第三夜(十一)
心細い夜
ふわり、と風が入った。いたずらに赤い髪へ触れていく。
「……う――げほっ」
雷童はふっと目を開けた。
(ここ、どこだ?)
そう思いながら、ズキズキする腹部を押さえた。
(……兄貴のやつ、思い切り食らわしやがって……)
辺りを見渡すと、見たこともない場所だった。包みにくるまれたものが雑多に置かれており、木の棚には箱やら壺やら様々なものがあった。
どうやらここは倉庫かなにからしいと、雷童は思った。
一つだけある格子窓。それは鉄柵になっていて出ることはできなさそうだ。
「ちっくしょー。一体なんだってんだよ」
石の床はひんやりと冷たい。雷童はそこらへんにあった包みの上に座りこんだ。
「……はー」
勝手にため息が出た。
朱里にきてからよくわからないことだらけだった。
そもそもなんで、こんな所に閉じこめられているのかわからない。空雷の取った行動がなにを表しているのか、見当もつかないのだ。
おまえがいると、だめなんだ――雷童は言葉を思い出していた。
なにが『だめ』なのか。雷童は幾度も考えながら、ちっとも糸口が見えてこないことに、苛立ちを覚えはじめた。
「……風林児、見つけてくんねぇかな」
ぼそりとつぶやいた言葉が、静まり返った倉庫のなかで反芻した。
「だれも、いないのかな」
わざと思ったことを口に出してみた。
「……いねぇよな」
完全に独り言だ。返事などはじめから期待していない。
しばらく雷童は、ぼんやりと薄闇へ視線を溶かしていた。短い時間がとても長く感じる。外で起きる小さい音がひときわ大きく聞こえるのも、倉庫のなかに取り残されたからかもしれなかった。
どのくらいそうしていただろう。雷童は時間の感覚がなくなりはじめていた。ずいぶん経ったのかもしれないし、あるいは全然経っていないのかもしれない。
「つまんねぇ」
「出たいんでしょ」
雷童はハッとして顔をあげた。きょろきょろと左右を見ても、だれもいない。
「違うよ。上、上だってば!」
「上?」
雷童は言われるまま声のする方に顔を向けた。
格子窓のところに、だれかがへばりついている。よく目を凝らすと、あのおかっぱ頭の少女だった。
「おまえ!」
「お兄ちゃんも大変だね。こんなとこに閉じこめられちゃって」
「そう思うんなら――」
「知りたいんでしょ?」
少女は雷童の心の内を見透かすように言った。
「なんで自分がこんなとこに閉じこめられなくちゃならないのか、自分の持ってる力がなんなのか、自分しか聞こえない声はなんなのか――とかね」
「……おまえ」
雷童は二の句が継げなかった。
少女は的確に自分の抱いている疑問点を突いてきたのだ。
「教えてあげてもいいよ」
少女は嬉しそうに言った。
「知ってるのか?」
「いまから鍵を開けてあげるから、そしたらついてきて」
「あ、ああ……」
少女が格子窓から飛び降りたようだ。扉の方に回り、鍵をこじ開ける音がする。何度も金属音を響かせたあと、錠のはずれた音がした。
重い扉が開かれた。雷童は吸い寄せられるように、倉庫から足を踏み出す。
「こっち、こっちだよ」
少女は灯りを手にしてぱたぱた、と駆けていく。そうして少し離れた位置に立って、雷童がくるのを待っているようだった。雷童と手のつなげる距離まで接近すると、再び走り出す。それを繰り返していた。ある一定の間隔を保ったまま、案内されているのだ。
倉庫から離れて背後を見ると、そこが春山の屋敷の敷地内だったことに気がついた。
どうやら広大な庭を横切っているらしい。灯篭がいくつも設置され、庭全体が淡い光で包まれていた。
少女はまるで遊んでいるかのように、片足で石の上を跳んでいく。雷童は表情を曇らせたまま、少女のあとをとぼとぼと歩いた。
このまま、ついていくべきなのか――それとも、引き返して風林児たちのところに帰った方がいいのか。この機会を逃したらもう二度と疑念を晴らすことができなくなるかもしれない。
そう考えると、このまま少女に案内してもらった方が、いいのかもしれない。風林児たちなら、あとでも会える。
しかし、雷童は心に抱く不安がむくむくと膨れ上がっていくのを感じていた。少女は雷童の動揺する心など気にもせず、鼻歌を交えながら闊歩している。
心細い夜は、まだはじまったばかりだった。
楽しんでいただけたら嬉しいです!