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虹色万華鏡  作者: 民メイ
22/32

第三夜(八)

春山はるやまの屋敷に到着した雷童らいどうは――

真意




 ふとしたことで、日常ががらりと変わってしまうものだと、雷童らいどうは身をもって知ることとなった。

 籠から出た途端、雷童の足は無意識のうちに止まってしまった。なんということはない。そこに呉羽くれはが立っていた。ただそれだけのことで、雷童は石のように固まったまま、動けなくなってしまったのだ。

「ちょっと――出られないだろ、なに突っ立ってるんだよ」

 風林児ふりこにせっつかれて、雷童ははじめて呆けていたことに気がついた。小さく謝りながら、横にずれる。

「雷童、おまえどうかした?」

 不審そうな風林児の目が、雷童に刺さる。

「あ、いや……別に」

 わずかに呉羽を見やると、呉羽は顔に満面の笑みを咲かせていた。さっと常葉とこはの顔と重なる。焼けただれた顔面が引きつったように筋肉を動かし、自分にほほ笑んでくる常葉の顔が、鮮明に浮かびあがった。

「……悪い……なんか酔ったみてぇ」

 まるでその表情から逃れるように視線を反らすと、雷童は足早に歩きはじめた。

「ちょっと――おい、雷童!」

 風林児は呉羽に軽く頭を下げると、そのまま雷童のあとを追っていった。

「……なんだぁ? あいつは」

 春山はるやまはいぶかしむような顔で、呉羽の横に立った。

 すると呉羽が、

「……どうやら、会っちまったようだね」

 そう言い捨てると、くるりと向きを変え、懐から二つの石を取り出した。

「なんだそりゃ」

「……あたしはむかし、占い師だったんだよ」

「ほぉー、初めて見るな」

「そりゃそうさ。妹が死んで以来、占いはやらないことにしてたんだからね」

 春山は興味深げに、呉羽の持つ石を眺めながら、

「なら、どうして急に占いなんぞしようと思ったんだ?」

「……妹が死んでなかったからさ」

 すると春山は、眉間にしわを寄せ、

「どういうことだ? 死んでないって――」

「あんたも知ってるだろ。伝説の人形師、常葉の名ぐらい」

 途端に春山は偉そうに胸を張った。

「あたり前だ。そのくらい知っとるに決まっとる。確か、非業の死を遂げたと言い伝えられておるがな」

 呉羽は軽くため息をつくと、

「その人形師が、あたしの妹さ――双子のね」

「……は?」

 春山は調子はずれの声を出した。

「百年も前の話だ。あんたが知らないのも無理はないよ。それに、常葉とあたしが双子だっていうのは、一部の人しか教えられてないからねぇ」

「……一部の人?」

「土の民の人々さ。いまはどのくらい残ってるのか知らないけど、あたしと常葉は土の民の出だからね」

「そ、それじゃ――」

「そうさ。あんたらの祖先とむかし対立していた一族なんだ。驚いたかい?」

 春山はごくりとのど仏を動かすと、

「お、驚いたもなにもないわ! なんでだ? なんで土の民なのに、仙女せんにょになったんだ? わしらに復讐するためか? そうなのか? そうなんだろう!」

 呉羽は気だるそうに、春山を横目で見た。

「ちょっと落ち着いたらどうなんだい。いまさらあんたたちに復讐したって、なんの利益もありゃしない。それにねえ、こっちにゃそんな気なんかさらさらないんだよ」

「そ、そうなのか?」

「ああ、そうだよ。復讐する気なら、あんたはとっくに死んでたさ。そうだろ?」

「それも……そうだな」 

 春山は自分自身に言い聞かせるように、何度もうなずいた。するとそこで、なにかに気づいたような顔をした。

「ところで、なんでその妹が生きとるとわかったんだ?」

 呉羽はフン、と鼻で笑い飛ばした。

「……あたしだって――知らなかったさ。十六年前まではね」

 『十六年前』を強調しながら、呉羽はぎゅっと石を握りしめた。

「妹は……あたしと同じように、永遠の実――仙桃果せんとうかを食べてたんだ」

「なにぃ?」

「まさかあの子がそんなことをするとは思わなかったよ」

 呉羽はどこか遠くを見つめながら、思い出すように語った。

「妹はね、生まれたときから体が弱くて、ほとんど家から出たことがなかったんだ。でも優しくていい子だった……。あの子が作る人形は、どれもいい顔してたんだ」

 春山は黙って呉羽の言葉を聞いていた。

「でもね、人ってのは変わるもんだよ。あの子は、あたしが仙女になると決まったときから、人格が変わったようになっちまってねぇ。あたしに変装して、大樹の上まで行って、不死鳥に近づいたんだ……それで――その頂から落ちた」

 呉羽は小さく息を吐いた。

「……なるほどな。それで、死んだと思ってたわけなんだな」

「だけど生きてたんだ。それがわかったのは――」

「十六年前、俺の父さんが、雷童を見つけたからですよ」

 春山は声のした入り口の階段へ目を向けた。深緑の布を羽織った空雷くうらいが、静かに階段を降りてくる。

 その空雷に、呉羽はゆっくりと振り向きながら、

「もう大丈夫なのかい?」

「ええ。おかげさまで」

 空雷は春山の真横に立ち、空を見あげた。

「雨、まだ止まないようですね」

「明日には晴れるといいんだけどねえ」

「おい、まだ話はおわっとらんぞ」

 春山は釘を刺すように言った。

轟宮とどろきのみや。なんのことか説明しろ。ちゃんとわしにわかるようにな」

 空雷は穏やかにほほ笑んだ。

「説明するまでもありませんよ。ただ――俺と雷童は血がつながってないってだけです」

「んん? さっき見つけたとかなんとか言っておっただろうが」

 空雷は小さくため息をつくと、

「呉羽さま、雷童のとこに行ってきます」

「おい、轟宮!」

「春山、あんたにはあたしから話すから、行かせておやり」

 呉羽にたしなめられて、春山は苦虫を噛み潰したような顔をした。口をへの字に曲げ、不機嫌そうに笏で手のひらを叩いている。

「その前に一つ忠告しておくけど」

 歩き出した空雷に呉羽が呼びかけた。

「なんですか?」

「……あんたには悪いけど、もしかしたら――」

「呉羽さま、俺も――そのことはわかってるつもりですから……」

 空雷は顔に笑みを張りつけたまま、小さく言った。

「そうかい……なら、それでいいよ」

 空雷は頭を下げると、塀に手をつきながら、雷童のもとに向かっていった。

 小さくなっていく後ろ姿を見ながら、呉羽はこれからのことに思いを馳せているようだった。

 その頃、雷童は軒先にある御影石の上に座りこんで、だんまりを決めこんでいた。

 すでにたっぷりと水気を含んだ土に、水溜りができていく。細かい雨なのだろう、屋根にぶつかった雨粒が霧のように白く立ちのぼっているところもあった。

 生ぬるい風が、ずっとほおをなでている。

 雷童の隣では、風林児が同じような御影石に腰をもたれさせながら、ぼんやりと宙を見つめていた。

 軒から次々と雨が流れ落ち、二人の共有しているものは静寂だけだった。

「……おまえ、いつまでここにいるんだよ」

 先に口火を切ったのは、雷童だった。目は地面に落としたまま、問いかける。

「別にー。おまえこそいつまでここにいる気なんだよ」

 風林児も見あげたままの姿勢で、雷童に尋ねた。

 雷童は口をとがらせながら、

「そんなの、俺の気が済むまでに決まってんだろ」

「じゃあ、俺も俺の気が済むまでここにいる」

「……おまえ、ばかだろ」

「おまえもな」

 二人は、一度も視線を合わせずに会話だけを続けた。

「というか雷童、おまえどこにいたんだよ」

「どこって――なにが?」

「だから、さっき春山さまと俺が迎えにいったあの家にいた前だよ」

「なんでまた、そんなこと聞くんだよ」

「だっておまえ、気配がなくなってたんだぞ? いくら探しても見つからなくてさ、春山さまもだんだん機嫌が悪くなってくるし……どうしようか迷ってたら、急に気配を感じてさ、あの家に行ったんだから。これでおまえ、二度目なんだからな」

「二度目? ってことは、一度目は?」

「え? ……んー、たしか氷雨と蓮華が人形を見て回ってる最中、おまえ急に走ってっただろ? そしたら急に気配がなくなって、あちこち探してたら、突然気配が現れて――そしたら、おまえ朱里の端にいてさー、しかも道なんかないのに、十字路だったって言い張ってて」

「……あんときか」

 雷童はつぶやいた。思い出したのだ。おかっぱ頭の少女に出会ったときを。

「やっぱり、あそこは十字路だったんだ」

「なに言ってんだよ。道なんかなかったって――」

「いや、あったんだって!」

 雷童は石の上に立ちながら、呆気に取られているような風林児を見下ろした。

「おまえさ、さっき気配感じなかったって言ったよな」

「え、ああ……うん」

「俺、たぶんそのとき十字路にいたんだ。絶対そうだ、間違いねぇ」

「だけどおまえ……気配ないってことは朱里にはいなかったってことになるんだぞ?」

「そんなの知らねぇよ。でも、俺は十字路で変なガキに会って、そこから妙な場所に案内されたんだから。絶対あの場所にはなんかあるって! 今度おまえもこいよ。証拠見せてやるから!」

 半信半疑の風林児が口を開きかけたとき、

「そりゃ無理だ」

「空雷さん!」

 風林児が弾けたように振り向くなか、雷童は声すら出せずに、空雷を見つめた。

「無理ってどういうことなんですか?」

 風林児が真面目な声で訊いた。

「それはだな、俺も何回か出入りしたことあるけど、あそこは次元が違う。だからあの場所へは、内部から招かれないと入れないんだ」

「じゃあ、その招く人っていうのが、雷童の見た小さい女の子ってことですか?」

「そういうこと。おまえは頭の回転が早いなー」

 機嫌よさそうに笑っている空雷に、雷童は無言で近づいた。

「兄貴……」

 そうつぶやくと同時に、雷童は空雷に拳を突き出した。その拳を空雷は真正面から受け止める。雷童は自分より一回り大きい手のひらを、必死で押し倒そうと、利き足に力をこめた。

「一発――殴らせろっ!」

「お、おい……雷童!」

 慌てて止めに入ろうとした風林児とは正反対に、空雷は自信ありげに笑った。

「おまえのがあたったら、殴られてもいいけどなー」

 そして雷童のもう一方の拳を軽々とよけた。

 再び突っかかっていこうとする雷童を、風林児が押しとどめる。

「雷童、おまえなにやってんだよ! おまえも会いたがってたじゃないか! やっと顔を合わせられたのに、おまえなに考えてんだよ!」

「うっせえ! なんだよ、いまごろへらへらと現れやがって! 無性に腹が立ってんだ! 離せよ風林児! 俺は一発殴らないと、気がすまねえ!」

「やめろってば!」

 すると空雷の方から、雷童に歩み寄った。 

 雷童はじたばたともがきながら、空雷をにらみつける。

「雷童……おまえ」

 空雷は一瞬、目を伏せたあと、くしゃっと雷童の頭をなでた。

「なんだよ!」

「ありがとな……」

 空雷はつぶやくと、軽くほほ笑んだ。

 ぴたっと雷童の動きが止まる。

「意味……わかんねぇ」

「だっておまえ、心配してくれてたんだろ?」

 雷童はむくれたようにそっぽを向いた。

「違うのか?」

「だーっ、うるせぇうるせぇ! そうだよ、心配してたよ! それがどうした! 心配して悪かったかよ!」

「そうは言ってないだろ」

「だいだいな、勝手に姿くらまして、一体どこでなにやってたって言うんだよ! しかもなんの音沙汰もなくて――親父が死んだ日にわざわざいなくなることも――」

「父さんは知ってるよ」

 雨音が急に強くなった。

 しばらく雷童は無言で空雷を見あげていた。

 その横で、風林児が心配そうに尋ねた。

「あの……おじさんは、知っていたって――どういうことなんですか?」

「父さんの最期を看取ったのは、俺だからね。俺がだれにも告げずにいなくなったのも、父さんの遺言があったからなんだ。だから、父さんは俺が里からいなくなることを知っていた」

「ちょっと――待て」

 雷童は風林児と空雷の会話に制止をかけると、

「遺言って……親父、兄貴になんて言ったんだ?」

「知りたいか?」

「あたりまえだろ」

「じゃあ、ちょっと耳貸せ」

 雷童はひょいと肩をすくめた。

「なんだよ、そんなに聞かれちゃまずい――」

 空雷に言われるまま耳を傾けた瞬間、雷童は力強く抱きしめられた。

 想像だにしていなかった行動と、思ったよりもはるかに強い力とで、雷童はなにが起きたのかすぐには理解できなかった。

「ごめん」

 雷童が口を開く前に、空雷の低い声が耳元でした。

「兄貴、なに謝ってんだ?」

 すると再びぎゅう、と抱きしめられる。

 唐突な空雷の態度の変容に、雷童は戸惑っていた。

「ごめん……」

「だからなにが――」

「おまえは、どんなことがあっても、俺の弟で、家族だから……それだけは忘れないでくれ。……父さんも、そう言ってた」

 空雷は雷童の頭をぽんぽん、と二回叩いた。そして静かに離れた。

「わかったな?」

「……あ、うん……」 

 雷童は、空雷のどこか寂しげな表情を見て、なにも聞いてはいけない気がした。聞かない方がいいとさえ思った。

 それだけ、空雷に苦渋に満ちた笑顔が浮かんでいたのだ。

 空雷はすぐそばに立っていた風林児に目を移した。

「風林児」

「は、はい」

 慌てて返事をした風林児に、空雷は優しくそして切なそうに言った。

「おまえたち二人がもう少し大人になって、一緒に酒を飲めたらなって思うんだ。だからさ、風林児……雷童をよろしく頼むよ」

「え――は、はい」

 空雷はそれだけ言うと、すたすたときた道を引き返していった。

 ずっと言葉に詰まり、なんて声をかけるべきか迷っていた雷童だが、ようやく、

「はー、気持ち悪かった……」

 と、それだけ言葉を落とした。




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