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虹色万華鏡  作者: 民メイ
11/32

第二夜(三)

輝宮探しをすることになった雷童たちは――

心の影 




 四人は二人ずつに分かれ、輝宮を探すことにした。

 銭を投げ、手の中で表か裏かどちらの面が上にきているかで、二組を作る。その結果、雷童と蓮華、風林児と氷雨という対になった。

 日が落ちたら呉羽の家の前で――そんな約束の元、雷童と蓮華は朱里の東側を、そして風林児と氷雨は西側をそれぞれ探索することになった。

「いや、ほんまにおいしいわ!」

 蓮華は、味つけされた肉を小麦粉の皮で包んだ肉まんじゅうを食べながら、本日二個目を食していた。一個でも十分満腹になるほどの大きさだ。けれど、彼女は嬉しそうにほおばっていた。

「よく食うなあ。おまえ」

「まだまだ食べられるで、うち」

 雷童は昨晩の夕食の量を思い出していた。それと比べ合わせると、あと五つくらいはいけると思う。

 昼時を過ぎたあたり、ちょうど眠くなる頃だ。

 昨日までは、里が見渡せる大木の上で、鳥の声を聞きながら昼寝をしているのが日常だった。それが、いま自分は朱里にいて、大樹に起こっている異変を解き明かさなければならないという、大きな事件に巻きこまれてしまったのだ。

 雷童はふー、と息をついた。

 あちこちの食堂では、人の出入りが激しかった。楊枝をくわえ、仕事場に戻っていく人々とすれ違う。いろいろな料理の匂いが、ごちゃ混ぜになって風に乗っていた。

 そんな穏やかな空気を切り裂くように、子どもたちの甲高い声が、すぐそばで言い争っていた。

 一人の少年が、数人の少年たちに囲まれている。見たところ全員十歳くらいだ。

「なにやってんだ?」

「……あれ――いじめやろ? 止めてくる!」

 蓮華はそう言うなり、少年たちの集団に走っていった。

「お、おい! 蓮華!」

 慌てて雷童は追いかけた。

「ぼくたち、なにやっとるん! 一人の子、囲ってだめやないか!」

 蓮華は腰に手をあて、毅然として言った。

「なに? お姉ちゃん、ここの人?」

 一番上等そうな着物に身を包んだ少年は、上目づかいにキッと蓮華をにらんだ。その気迫に蓮華は一歩あとずさる。どうやらこの少年が中心のようだ。細い目をさらに糸のようにさせ、偉そうに腕を組んで立っていた。

「ここの人――って、どういうことなん?」

 蓮華の返答を聞いて、少年はばかにしたように鼻から息を吐いた。

「ふーん。その様子じゃ、朱里の人じゃないみたいだね。よそ者は黙っててよ。ぼくたち、これからこいつに身の程ってもんを教えてあげるんだから」

 くすくす、と少年たちは嘲笑った。そして恐怖に身を震わせている少年の肩を、集団の中心的少年が強くつかんだ。

「おまえさー、生意気なんだよ。朱里で生まれたんじゃないくせに、ぼくらに逆らっていいと思ってんの?」

「さ、逆らってなんか――」

「口答えすんな!」

 ドン、と押された少年は、背後の塀に頭をぶつけた。

「ちょっ――ぼくたち!」

 だが少年は、蓮華を無視して話し続ける。

「ぼくたちは朱里で生まれたの! わかる? この差。おまえたちみたいに、不死鳥さまの加護を受けてない国で生まれたやつらなんかとは、全然違うんだ――」

「くっだらねぇ」

 雷童がぼやくと、少年たちは鋭い視線で見上げた。

「なにがくだらないのさ」

「だーかーらー、その生まれとか朱里だとか――全部ひっくるめてくだらねぇって言ってんだよ」

 すると少年はずいっと雷童の前に進み出た。

「お兄ちゃん、この国のことよくわかってないみたいだから言うけど、朱里の人ってのは、生まれたときから不死鳥さまに護られてるんだ。だから朱里の人たちは、他の国の人とは格が違うんだよ」

「ばっかじゃねぇの」

 したり顔で力説していた少年の顔が、途端に凍りついた。

「ば、ばかだって?」

「だってよー、ご大層な口の利き方の割には、大したこと言ってねぇんだもん。おまえ」

「ふ、ふざけるな! これは朱里の人たちみんなも言ってることなんだぞ! ぼくの父さんも言ってるんだぞ!」

「はいはい。んで? その生まれの素晴らしい朱里の子どもっていう肩書きなくしたら、おまえにはなにが残るんだよ」

 雷童は耳をほじりながら訊いた。

「は? お兄ちゃんなに言ってんのさ」

「おまえ自身はどうなんだって聞いてるんだよ」

「ああ、なんだそんなこと。僕の父さんは、朱里の宮司さまにお仕えしてる偉い神官なんだぞ。ぼくはその子どもなんだ」

「違う違う。偉いのはおまえの親父だろ? 俺が聞いてんのは、おまえがどうか――ってことだ」

「ぼくが――どうか? なんだそれ?」

 さっぱり意味がわからないといった口調で、少年は仲間の少年たちを見回した。

「おい、そこのぼうず」

 雷童は、壁に張りついたまま怯えきっている少年に声をかけた。

「おまえは、なにができる?」

「ぼ、ぼく……?」

「そ、おまえ」

 少年は豆だらけの手をもじもじ動かした。

「ぼ、ぼくん家はおもちゃとか作ってるんだ……だから、そのお手伝いとかして、ちょっとならおもちゃ作れるよ」

 そう言いながら、自分を取り囲む少年たちの顔色をうかがっていた。

「おお、その年でなんか作れんのか。将来は職人になれるんじゃねぇ?」

 雷童があごに手をあてながら言うと、少年は照れくさそうにうつむいた。

「だ、だからなんだってんのさ」

 中心的少年が、いぶかしんだ風に声を落とした。

「ん? まだわかんねえ?」

「わかるわけないだろ! おもちゃ作れるからってなんなんだ――」

「おまえは作れないだろ?」

 少年はぐっと言葉を詰まらせた。

「こいつは、朱里がどうとか親父がどうとか、そんなん関係なく自分でなんかできるもんが一つあるってことだ。で、おまえは? なんかできるもんあるのかよ」

「――う、うるさい! おまえなんか、父さんに言って朱里から追い出してやるからな! 覚えとけよ!」

 顔を真っ赤にして少年は怒鳴った。

「ま、好きにすれば? それにそんなに悔しかったんなら、朱里とかなんとか言う前に、自分一人でなんとかできるようにしてみろよ。いまのおまえは空っぽだ」

「――っ、うるさいうるさい! もういい! 行くぞ、おまえらっ!」

 少年は怒り心頭でどこかに駆けていった。その後ろを仲間の少年たちが、息を切らして追っていく。

 雷童はひょうひょうとした態度を崩さないまま、

「この国、変だぞ」

 と、ため息をついた。

「あんた大丈夫なん?」

 蓮華が、少年と目線が合うように腰を落として話しかけた。

「うん、平気。……でも、お兄ちゃんたちこそ、あの子に刃向かうとほんとに追い出されちゃうよ」

「ああ、その点はまったく心配ねぇ。宮司に仕えてるって言ってたろ? なんとかなるって。あのおっさんのこともあるし」

「あの……おっさん?」

「ま、気にすんな」

 ひらひらと手を振りながら雷童が答えると、少年は八重歯をのぞかせにたっと笑った。

「ありがとお兄ちゃんたち。でも、あの子たちは悪くないんだ。ここはこういう国だから、これが当たり前だから……あの子たちを責めないであげて」

「あんたはええ子やなぁ」

 蓮華が感心したように言った。

「そうだ! あと、今度ぼくの家のお店にきてよ! 南天通りの右側にあるからさ」

「ああ、そのうち顔出すかもな」

 少年はパンパン、と服をはたくと、

「じゃ、ぼくおつかい頼まれてるから!」

「んじゃな」

「いじめられたら、すぐに言うんやでー」

 少年は満面の笑みを残して、角を曲がっていった。

「はー、やっぱ変な国。氷雨たちが、嫌がってた理由がこれか」

「……生まれなんて、どうにもならんのにな……」

「蓮華?」

 声をかけると、一瞬のうちに虚ろな瞳に光が戻る。

「ほな、輝宮さん探し再開や!」




真実




「うーん、見つからない」

 氷雨が空に両手を伸ばしながら、息を吐いた。そして近くにある岩の上に腰を下ろす。

「だいぶはずれまできちゃったね」

 風林児は腕組みをしながら、疲れたように首を回した。

 すでに民家はない。ぼろぼろの物置小屋が、ぽつんと林のなかにある。

 二人が西側を選んだ理由が一つだけあった。それは西側にはほとんど朱里の人がこないこと。たいてい西に住んでいるのは、朱里出身でない人々だった。そして林の枝払いなど、賃金の安い職種に就かされている。

「足、大丈夫?」

「え? うん、平気よ。ちょっと疲れたなーって思っただけ」

「少し休もっか」

 そう言うと、風林児は地面に座りこんだ。

 風林児がぼんやりと雲の動きを目で追っていると、

「……風林児って、なにかと気が利くわよね」

 しみじみと氷雨がつぶやいた。

「そうかな?」

「そうよ。風林児が気が利かないって言ったら、だれが気が利くって言えるのよ」

 氷雨が力説すると、風林児はハハハ、と笑った。

「雷童の方が、俺なんかよりずっと優しいよ」

「んー、まぁ、優しいとは思うけど」

 氷雨が困ったように返答すると、風林児は苦笑した。

「あいつは口が悪いからなぁ。誤解されやすいんだけど」

 風林児の銀色の髪が、さらさらと揺れる。

「でも、むかしっから、あいつは思ってること絶対口に出さない性格なんだ」

「そう、なんだ……」

「三つのときからのつき合いだからね。いろいろとあるよ」

 氷雨は足をぶらつかせながら、神妙な面持ちで風林児の横顔を見つめていた。

 すると思いついたように、

「あ、そういえばさ、ひとつ訊いてもいい?」

「いいよ」

「雷童のあの変な力ってなに?」

 途端にシン、と静寂が辺りを包みこんだ。

 風林児はじっと地面をにらんだまま動かない。氷雨は気まずさを感じたのか、しばらく押し黙っている風林児を見ていた。が、やがてうかがうように、

「あの……やっぱり訊いちゃいけないことだった?」

 と、言うと、風林児はハッとしたように手を振った。

「ううん。そうじゃなくて、雷童には俺が話したってこと黙っていてくれる?」

「え、いいけど」

 風林児は柔らかくほほ笑んだ。

 けれど、口を開いた途端、その顔から余裕の色が消えた。

「雷童は、雷の力をなにひとつ持っていないんだ」

「――え? それって、どういうこと?」

「俺が父上から聞いた話は――雷童は、特別な目を持ってるってことなんだ」

「特別な――目?」

 風林児はこくりとうなずいた。

「どういうことか、俺にもよくわからない。あいつの右目って、いつも眼帯で隠されてるだろ?」

「うん。それも気になってた」

「あの目――見たものを燃やす力があるんだ」

 ゆっくりと風林児は言った。

 氷雨は風林児を見つめ、風林児は雲を見上げていた。

「……え?」

 だいぶ間を置いてから、氷雨が反応した。信じられないといった表情だ。

「そのせいで、雷の里では雷童のことをあまり受け入れてなかったんだ。でも」

「でも?」

「元轟宮のおじさんと、現轟宮の空雷さんがいたから、里にいられたんだ。だけど、それが去年一変してさ……雷童は自分から里から出て行ったんだ。それから、あいつは里はずれの雑木林のなかで、あずまやを改良して、一人で住んでるんだよ」

「なんで、そんなことに?」

 風林児はふーっと息を吐いた。

「屋敷がさ、全焼したんだ。でもおじさんは火が回る前には、息を引き取っていたんだって。それでそのとき、おじさんの亡骸のそばにいたのが――雷童だったんだ」

「もしかして殺したって思われてるの! そんなこと――」

「うん。あいつが殺したなんてありえない。それにそんなこと、できるやつじゃないんだ。でも、あいつは出て行った」

 氷雨はきっと厳しく口を結んでいた。

「というより、里にいられなかったんだろうな。ただでさえ快く思われてないのに、そんな疑いをかけられたら、だれもあいつの言うことなんか信じない。それに、その日から空雷さんまで、行方不明になったんだ」

「でも、それだって雷童は関係ないじゃない!」

「そう思ってくれる人が少しでもいたら、雷童だって里から離れなかったよ」

 風林児は寂しそうに笑った。

「雷童は、父親殺しと兄を失踪させた人物として、里のみんなが信じて疑わなかったんだ」

「……なんで、違うって言わなかったのよ」

 氷雨は悔しそうにつぶやいた。

「それが雷童なんだよ。俺だって、何度ちゃんと説明しろって言ったかわかんないんだ。父上だって、雷童には非がないって言ってくれてるのに。あいつが断るから父上だって、なにも言えないんだよ」

「あーっ、もう!」

 氷雨はイライラしたように、岩から飛び降りた。

「それにさ、前に俺がちゃんと言えばわかってくれる――って言ったとき、あいつなんて言ったと思う?」

 氷雨はなにも答えなかった。

 風林児はぼーっと宙を見つめながら、

「みんな俺が犯人だって思ってるんだから、わざわざそれを否定して、みんなを怖がらせることない――って。さらにあいつは言ったよ。なにもできなかったのは、俺だから――ってさ」

 と、静かに語った。

「……い」

「氷雨?」

 風林児がうつむいている氷雨を下からのぞきこんだ途端、

「信じらんない! あたし、この件が片づいたら、雷の里に行って身の潔白を証明してやるわ!」

「でも氷雨――」

「風林児は雷童を説得してね! それからお兄さんの空雷さんも一緒にきてもらうんだから! 人殺しの疑いなんてまっぴらよ!」

 ぽかん、と呆けたように風林児は氷雨を見あげていたが、そのうちフッ、と口元を緩ませた。

「なによ。あたし変なこと言った?」

「ううん、そういうことじゃなくて。氷雨も優しいね」

 風林児がにこっと笑うと、氷雨のほおが少しだけ赤らんだ。

「そ、そんなお世辞言ったって、なにも出てこないわよ」

「……それに、少し気になることがあるんだ」

「気になること?」

「うん……まだ確信は持てないんだけど」

「それって――」

「おまえさんたちー!」

 そのとき、突然二人の会話にだれかの声が割って入ってきた。二人は声のした方を見た。

 空だ。

 そこにぽっかりと他の雲よりも数倍早く動く雲がある。

 二人は顔を見合わせた。

「満年斎さまだ!」

 そしてほぼ同時に叫んだ。

 雲はぐんぐん近づいて、見る間に形が変わっていく。そして地に降り立ったときには、前と同じように、白ひげをなでながら頭上に亀を乗せていた。

「ようやっと見つけたわい。まさか朱里にきとるとはのう」

「あたしたちも、まさか朱里まで飛ばされるなんて――ねえ?」

「そうなんですよ。気づいたらここの近くまできていて、とりあえず朱里に入ったんです」

 氷雨と風林児の言葉を聞きながら、満年斎はきょろきょろと首を動かした。

「赤髪少年はどこなんじゃ?」

「ああ、雷童はいま別行動してるんです」

 風林児がやんわりと説明した。

「ふーむ、そうか……。ときにお二人さん。どこの宿で寝泊りしとるんじゃ?」

「あ……えっと。宿じゃないんですよ」

「あたしたち、お尋ね者扱いされてて、宿に泊まれなかったんです。それで、たまたま知り合った呉羽さんっていう女の人の家に――」

「呉羽じゃと!」

 突然、満年斎は鋭く叫んだ。普段は細められているまぶたから、緑色の瞳がのぞいている。わなわなと杖を握っている手が震えていた。

「ど、どうかしたんですか?」

 尋ねた風林児の肩を、満年斎はぐっと力強くつかんだ。

「おまえさんたち、その家にいてはならん」

 腹の底から響いてくるような低い声だった。

「え、でも……呉羽さん、とてもいい人ですし……」

「いい人じゃと!」

 一瞬、風林児は顔をしかめた。どうやら再び肩に力を入れられたようだ。

 緑色の目には怒りの色が浮かんでいる。

 氷雨は動揺しながら、満年斎と風林児を交互に視線を泳がせていた。

「満年斎さま、ちょっと落ち着いてくださ――」

「よいか! だまされてはならんぞ。あやつは猫を被っておるだけじゃ! 明日、赤髪の少年を連れてここにくるんじゃ。よいな!」

 有無を言わせぬ口調だ。

 満年斎は、黙りきった二人を見つつ、風林児の肩から手を離した。

 そしていっそう低い声で言った。

「あやつがおまえさんたちの故郷を襲った犯人じゃぞ?」

 そのとき、バサバサ、と鳥が驚いたように羽ばたいていった。





楽しんでいただけましたら、幸いです!

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