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虹色万華鏡  作者: 民メイ
10/32

第二夜(二)

輝宮探しをすることになった雷童たちは――

人形師 




 だいぶ日が高く昇ったようだ。強い陽射しが軒先をぬうようにして降り注がれてくる。架け橋のように交わされる人々の声と人いきれが、大通りをにぎやかに占拠していた。

 ここは朱里で最も広く、そして商人たちの店がひしめき合っている通りだ。国の顔といってもいい。昼間になると、ちょうど太陽が大樹の真上にくるため『南天通り』と呼ばれている。まっすぐに続く石畳の道。子どもたちがそばを走り抜けていった。

「ゆんゆんゆらゆら、夢うつつぅー、おまえの父さん、どこに行くぅ」

「ちょっと雷童。その気味の悪い歌、やめてくれる?」

 氷雨がげんなりした顔で振り返った。

「だってよぉ。頭について離れねぇんだもん、この歌」

「それ、なんの歌なん?」

「そんな歌、里にあったか?」

 蓮華と風林児にも言われ、雷童は腕を組みながら考えこんだ。

「それがさー、俺もいつ覚えたか、わかんねぇんだよなぁ。朝起きたら覚えてたっていうか……そんな感じ」

「なにそれ。小さい頃、お母さんが歌ってくれたとかじゃないわけ?」

「ああ、それはねぇよ。だって俺、お袋の顔知らねぇもん」

 けろりとして言うと、氷雨が表情を曇らせた。

「……あ、ごめん」

 氷雨が目を反らしたのを見て、

「いや気にすんなって。ここまできれいさっぱり覚えてないと、かえって気にならなくて済むしよ。それに俺が物心ついたときから、屋敷にはいなかったしなー」

「雷ちゃんは、うちと反対なんやなぁ」

 ふいに蓮華がぼそりとつぶやいた。

「反対って、なにが?」

 雷童が訊くと、蓮華はいつものように笑った。

「うち、父親いないんよ。ずっと母親と二人暮らしやってん」

 蓮華は地面を見つめながら、大きく足を振りあげながら歩いていた。

「でもな、うちが十のとき――いまから五年前くらいやな。お母さん、急に倒れて、そのまま死んでしもて……」

 蓮華が自嘲するようにふふっと笑った。けれど、目は虚ろで寂しげだった。

 雷童には、それがかえって痛々しく見えた。だれも口を挟めないのか、四人の周りだけシン、と静まり返っている。まるで外界から切り離されたようだった。

「……それからみなしご屋で暮らしてたんよ」

「みなしご屋?」

 雷童が思わず復唱すると、蓮華はこくっとうなずいた。

「うち、他に親類とかいなくてな。……みなしご屋っていうんは、そういう身寄りがない人たちの集まるところやねん。でもな」

 周りの重い空気を振り払うように、蓮華はパッと顔をあげ、

「みんなが思うてるより、いいとこやったんやで。野菜とか自分たちで作ったり、いつもにぎやかやねん」

 にこにこと蓮華は笑う。

 雷童はその顔から、彼女の心の内を感じることはできなかった。

「それで、みなしご屋は、いろんなとこ行って、だれかの手伝いをしたり、頼まれごととかを受けたりして、それで自分たちのお金――いうんをもらうんよ」

「じゃあ、蓮華も?」

 風林児が尋ねると、蓮華は決まり悪そうにほほえんだ。

「うちは向いてないねん。いらんことばっかやってしもて、怒られてばっかりでな。でも、今回の頼まれごとはちゃんとやってのけたんやで」

 すると氷雨がなにか思いついたような顔で、

「それで朱里にきたってこと?」

「そや。言づてを届けるためにここにきたん。でも、あの内容さっぱりわからんなぁ」

「ほんと。あの変な――」

「見てみ、ひーちゃん! なんかやっとる!」

 突然、蓮華は前方を指差し、興奮気味に氷雨に言った。

 一段高くなった場所で、芝居のようなものが繰り広げられていた。周囲には人だかりができ、時折ワッと歓声があがっている。

「なんや、おもしろそうやなぁ」

「見てきたらいいじゃねぇか」

 雷童があっけらかんと言うと、蓮華は目を丸くして雷童を見た。

「ええんか? せやけど輝宮さん、探さんとあかんのやろ?」

「見ておいでよ。別にこんな短時間でなにか変わるわけでもないしさ」

 風林児からも言われ、蓮華はちらっと芝居を見た。

 なにか起こったようだ。だれかが口笛を軽快に鳴らしている。

 ためらっている蓮華を氷雨が引っぱった。

「蓮華、行こ! あたしも見たい」

「――うん!」

 舞台では、二体の人形が踊っていた。

 動くたびにシャラシャラ、と髪飾りが揺れる。艶やかな色彩の着物で床をすりながら、人形たちは舞っていた。

 白い肌、つややかな黒髪と物憂げに伏せられた瞳、そして滑らかな動き――。

 一目見ただけで、彼女たちが人形だということに気づくのは難しいだろう。ただ、背中に取りつけられた大きなねじ――それが、彼女たちはぜんまい仕掛けの人形であることを、一瞬にしてわからせるものだった。動きに合わせてキリキリ、と音を立てて回っている。

 二体の人形たちは、持っていた舞扇を互いに投げ合った。くるりと空中で入れ替わるようにして飛び交うと、それをなんの苦もなく受け取る。優雅に回ってみせると小さく首を傾けた。着物の裾を押さえながら扇を自在に操るその姿は、たまたま通りかかった人々でさえ魅了する。その証拠に、聴衆全員が、その二体の人形の舞に我を忘れて見入っていた。

 そうして顔の前で扇を閉じると、そのまま深々とお辞儀をした。その瞬間、どっと拍手が沸き起こる。

 すると裏方から、人の良さそうな中年の男が、恐縮した様子で現れた。

「あの人が作ったんかなぁ」

「すごいきれいだったわよね」

 蓮華と氷雨がほおを紅潮させながら、まだ舞台の方を見入っていた。

「すごいよな。ぜんまい仕掛けなのに」

「なんか、本物の人間みてぇ」

 雷童がふと人形に目を向けると、ちょうど人形たちが顔をあげたところだった。少し離れて見る限り、本当に人間として存在してもおかしくない。それほど精巧に作られていた。

「ね、もうちょっとそばに行ってみてもいい?」

「いいよ。せっかくだし、な? 雷童」

「え、ああ。うん」

 人が少なくなったのを見計らって、蓮華と氷雨は喜々として舞台近くまで駆け寄った。雷童と風林児もうしろからついていくと、そこに道具を整理しているさっきの男がいた。

「おじさん、人形見てもええか?」

「ああ、いいよ。きれいだろ?」

「ほんまにきれいやわ」

 蓮華はうっとりしながら、二体の人形を眺めていた。

「あの、この人形、おじさんが作ってるんですか?」

 氷雨が話しかけると、男はにこにこしながら首を横に振った。

「いやいや違うんだよ。これはおじさんが作ったんじゃなくてね、かの有名な人形師が作った代物なんだ」

「有名な人形師?」

 氷雨が首をかしげながら訊き返すと、

「そう。約百年前に亡くなった有名な人形師さ。お譲ちゃんたち知らないかい? 朱里の著名人物なんだけど」

「え……っと」

 『朱里』と聞いて氷雨が口ごもった。

「おっさん、俺たちさぁ、わけあって朱里から離れてたんだよねえ。もちろん生まれはここなんだけど、育った場所が違うっていうか」

 雷童はぺろっと舌を出しながら、風林児と氷雨を見た。

 もちろん、自分の言っていることは嘘だ。けれど男は納得したようにうなずいた。

「ああ、そりゃ仕方ないね。じゃあ、今後のために教えとくと、この人形師が作る人形には、命が宿るとまで言われてるんだ。ほら、この二つもまるで生きてる人間みたいだろ? こんな風に作れる人は、これから先もう出てこないんじゃないのかな」

 男は自慢げに胸を張った。

「その人、なんていう名前なんですか?」

 風林児が人形と男を交互に見ながら訊くと、男は人差し指を立てた。

「私たち人形師の憧れ『常葉とこはさま』っていうんだよ」

「常葉?」

 風林児と氷雨は同時に驚きの混じった声をあげた。

「なんだ知ってんのかい?」

「い、いや……そういうわけでは」

 風林児がかぶりを振ると、

「まさに伝説とまで言われた人だからな。どっかで聞いたことでもあるんじゃないのかい。それにあさって人形祭りがあるから、そのときにも常葉さまの人形を見ることができると思うがね。常葉さまの人形を受け継いでるのは、残念なことにおじさんだけじゃないからねえ。なにせ百年にいっぺんの祭りなんだ。きみたち、いいときに朱里に帰ってきたよ」

 男は尖った道具に油を塗りながら言った。

 風林児は浮かない顔をしたまま、男の手元を見ている。

「なあ、どうかしたのかよ」

 雷童がそっと風林児に耳打ちすると、

「ほら、蓮華の言づての内容にあっただろ? 『トコハ』っていう言葉」

「ああ、あったけど。んでも、それとこれと関係あんの? だって、その常葉っていう人、百年くらい前に死んでんだろ?」

「それはそうだけど……」

 風林児が言いよどんだ。

 雷童はポン、と風林児の肩に手を置いた。

「深く考えすぎだって――」

『見つけた……見つけた……』

 透き通るような声が、突然雷童の耳に届けられた。

「どうかしたの?」

 きょろきょろ辺りを見渡している雷童に、氷雨が不思議そうな視線を向けた。

「え、いや……別に」

『兄者……兄者……いた……いた』

 ハッとして声のした方を振り向くと、そこには二体の人形が穏やかにほほ笑んでいるだけだった。うぐいす色の目が、キラリと輝く。

「……風林児、おまえなんか言った?」

「俺? なんにも言ってないけど――どうかしたのか?」

「……なら、いいんだ。それより、さっさと行こうぜ。なんか気味悪ぃ……」

 雷童は言い終わるより先に、その場から足早に歩き出した。

「お、おい。ちょっと――氷雨、蓮華、行こう」

「なんなのよ、もう」

「雷ちゃん、どうかしたんかな」

 三人の戸惑う声に混ざって、くすくすと忍び笑う声が耳にへばりつく。まるで笑い声が追いかけてくるようだ。

 雷童は両耳を覆いながら、逃げるように走った。

 


 気がつくと、どこだかわからない場所まで迷いこんでいた。

 十字路のちょうど真ん中に立っていて、四方を見渡しても、自分がどこからきたのか覚えていない。

(ここ、どこだ……?) 

 不思議なほど静かな空間。にぎやかで人が多いこの朱里で、こんな静寂に包まれた場所があったのか、と感心するほどだ。

 周りには、腰ほどの高さに積まれた石の塀があった。石畳の小道は、遠くの方で消えかかっていた。そしてその向こうに、林がうっすらと黒っぽく見える。そばを流れる人工の小川の音が、涼しげに聞こえた。

 雷童は、じっとりと汗ばんだ額をぬぐった。今日は湿気が多い。ふと見あげると、雲が空の大半を占めていた。

 そのとき、道のはるか先で、どこかで見たような人影が目に入った。

 周囲のものの視線を、自然と集めてしまうような雰囲気を背負った人。普通の人となにかが違うような気配を持った人。あれは――。

(呉羽の――おばさん? なんでここに?)

 雷童が呉羽の方へと足を運ぼうと、一歩踏み出した瞬間、

「お兄ちゃん、こんなところでなにやってるの?」

 子どもの声が足元から聞こえた。

 振り返ると、五歳前後の少女が立っていた。襟足でそろえられた黒い髪、赤い着物から伸びた細い足。少女は素足だった。

 少女は大きな黒色の目をくりくり動かしながら、驚いている雷童を見あげている。

「ねえ、お兄ちゃんってば」

「……え、と。いま、この先で知り合いを見かけたんだ。だから、声かけようかな――と思ってさ」

「ふぅん。でも、その人どこにいるの?」

 少女は、かわいらしく首をかしげた。

「だから、この先に――」

 雷童が前方に顔を戻すと、少女が言ったとおり、だれもいない。

「あれ、どこ行ったんだ? ……ま、いいや。ところで、おまえ――」

 さわり、と風が草を揺らしていった。

 そこに少女がいない。どこにも見当たらない。

 雷童は取り残されたように、ぽつんと立ち尽くしていた。

「……あれ、どこに、消えたんだ?」

「おーい! 雷童ーっ!」

 左側の小道に顔を向けると、風林児の姿が見えた。後ろから氷雨と蓮華も追いかけてきていた。

「……あ、ああ。風林児」

「っとに、なんなんだよ。急にどっか行くなよ。探したんだぞ!」

「悪ぃ悪ぃ……」

 ハハハ、と笑って言うと、氷雨が腰に両手を当てながら、

「どこまで走るのよ! 風林児の風読みの技がなかったら、探せなかったんだからね」

「でも、ほんま見つかってよかったわ。風読みってすごいんやな」

 蓮華は安堵した表情だった。

「で、どうしたんだよ?」

 風林児が不機嫌そうに訊いた。

「あ、そうそう。さっき、呉羽のおばさん、見たぞ」

「呉羽さんが? なんでこんな場所に」

「知らねぇよ。しかもちょっと目を離したすきに、見失っちまってよ。あ、そうだ」

「他にもなんか見たのか?」

「おまえらさ、ここにくる途中で、これっくらいの小せぇガキ見なかったか?」

 雷童は腰の高さを示しながら、三人の顔を見渡した。

「女でー、赤い着物のおかっぱ頭なんだけど」

「見てないと思うけど」

「いまどきそんな珍しい子なんて、すれ違ったら気づくわよ。ねぇ?」

「せやなぁ、見てへんし……違う方向行ったんとちゃう?」

(そうなると、ずいぶんと足が速いことになるんだけどな……)

 雷童は、振り向いた瞬間からすでに、その少女がどこかに駆けていく後ろ姿がなかったことを思い出していた。

「幻覚でも見てたんじゃないの?」

「幻覚――ねぇ」

 雷童はどうにも腑に落ちなかった。幻覚にしては、はっきり見えたし、声もしっかり聞こえたからだ。それに、どこか古臭い着物と、あの黒色の瞳。どこかで見たような記憶がある。それともただの気のせいなのか。どうにもおかっぱ頭の少女の童顔が、頭から離れない。

「それより、違うところに行こう。ここには他になにもないみたいだし」

 風林児が提案した。

「そうね、行き止まりだし。ここにいても仕方ないからね」

 氷雨の言葉を聞いて、雷童は「え」と短くつぶやいた。そしてすばやく周りに目を走らせた。

 さっきまでの十字路が消えている。風林児たちの背後には、朱里の中心街を連ねる屋根が見えていた。そして自分のすぐうしろは、石が無造作に積みあげられたままの、崩れかけた塀が存在しているだけだった。

「雷ちゃん、どうかしたんか? 顔色悪いで?」

 蓮華が心配そうに覗きこんできたのを感じても、雷童はすぐに返事をすることができなかった。

 雷童はもう一度ゆっくりと見渡すと、

「……あったんだ」

 と、かすれた声で言った。

 三人は互いに不思議な面持ちで顔を見合わせながら、

「なにが?」

 風林児が代表するように訊いた。

「ここ、行き止まりなんかじゃなかったんだ。道があったんだよ」

「なに言ってるのよ。だって、どう見たって行き止まりよ?」

 氷雨が瓦礫の塀を指差しながら言った。

 それはわかっている。どう見ても道なんかない。いくら目をこすっても、その事実が変わるわけではなかった。けれど、雷童には信じられなかった。

 さっきまではあったのだ。遠くまで延びる十字路が。

 そしてその真ん中に自分が立っていたはずなのだ。

「ちょっと、どっかで休まへん? 雷ちゃん、気ぃ落ち着けた方がええよ」

「……あったのに……」

 雷童は引きずられるようにして、朱里の中心へと戻っていった。


読んでくださりありがとうございます!

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