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「んじゃ、気をつけて帰ってね、ふたりとも!」
それが普段どおりの行動であるかのように自然と挨拶を残し、みゃーは自分の家へと入っていった。
ぼくの家は、みゃーの家からほんの少しだけ歩いた先。幼馴染みではあるけど、家が隣同士というわけではない。
ご近所づき合いが結構多かったから、同い年ということで仲よくなった、といった感じだろうか。
さて……。
ぼくはちらりと、でゅらちゃんに視線を送る。
――キミは、どうするの?
そんな質問の意味を込めて。
でゅらちゃんは、それに応えるように歩き出す。
そしてそのまま、すぐ目の前にまで迫っていたぼくの家の門を抜け、まっすぐ玄関へと向かっていった。
「って、でゅらちゃん! さすがに、その、マズいでしょ!?」
いろいろな意味で。
だいたい、お父さんもお母さんも、びっくりしちゃうよ!
言葉を遮るように、でゅらちゃんはぼくの目の前に手のひらをかざす。
「大丈夫。なにも問題はないでござる」
いやいやいや、問題大ありでしょ!?
ツッコミを入れるよりも早く、でゅらちゃんは勝手に玄関のドアを開けてしまった。
「維摘、お帰りなさい。遅かったわね。……あら? その子は……?」
「え~っと、その……」
慌ててぼくも玄関に入り、靴を脱いでいるあいだに、お母さんがすかさず顔を出してきた。
気づかれる前に自分の部屋まで連れ込めば平気かも、なんて考えは、もろくも崩れ去ってしまった。
ぼくはしどろもどろになりながら、どう言い繕おうかと思案する。
でも、そんな心配は無用だったようだ。
「拙者は、でゅらと申しやす。よろしくお願い申し上げるでござる」
でゅらちゃんはぺこりと首だけでお辞儀をする。
「あらあら、お友達? こんな時間に女の子のお友達なんて、やるわね、この子ったら。……ふふ、冗談よ。でゅらちゃん、ゆっくりしていってね!」
「かたじけないでござる」
お母さんは拍子抜けするほどなんの疑いもなく、でゅらちゃんの存在を受け入れていた。
「もうすぐ夕ご飯だけど、食べてく?」
「拙者には、食事は不要でござる」
「あら、そう?」
「ただ、しばらくご厄介になりますゆえ、その旨、ご了承願いたいでござる」
「あらあら、そうなのね。わかったわ。なにか必要な物とかあったら、遠慮なく言ってね」
「かたじけないでござる」
二度目となるその言葉を放つでゅらちゃん。
そんな彼女を温かく迎え入れ、お母さんは台所へと戻っていく。
「維摘、すぐに夕ご飯だから、でゅらちゃんを部屋に案内したら下りてきなさいね」
ぼくに向けて、そう言い残しながら……。
☆☆☆☆☆
一瞬、固まっていた。
え~っと、どういうこと……?
状況がいまいち理解できていないぼくに、でゅらちゃんが説明を加えてくれる。
「つまり拙者が、維摘の部屋に居候する、という感じでござろうか?」
「なるほど……って、そんなのダメでしょ!?」
思わず声を荒げる。
「なにゆえ?」
首をかしげるでゅらちゃん。
どうしてって、仮にも女の子なんだし……。
だけど、行くところがないからこそ、こうして今ここにいるんだろうと考えると、家から放り出すってわけにもいかず……。
「う~~~ん……。ま、まぁ、いいけど……」
ぼくには結局、弱々しい諦めの言葉をしぼり出すことしかできなかった。
☆☆☆☆☆
夕飯を食べ終え、お風呂も済ませたぼくは、自分の部屋に戻ってきた。
「お帰りなさいませでござる」
部屋のドアを開けると、いつの間にやらパジャマに着替えたでゅらちゃんが、座って三つ指をついて出迎えてくれた。
「ふつつか者なれど、よろしくお願い申し上げまする」
「こらこら!」
真っ赤になりながら、ぼくは部屋に入る。
着替えなんて用意していなかったはずだけど、学校を出たら靴を履き替えていたというのもあったし、でゅらちゃんには服や靴を実体化する能力でもあるのだろう。
それにしても、夜も更けたこんな時間に女の子とふたりきりだなんて……。
ぼくはどうしていいかわからなかった。
それに、別の問題もある。
「でゅらちゃんさ、ほんとにこの部屋で寝るの? ベッドはひとつしかないんだよ?」
「一緒に寝ればいいと思うでござるが……」
「いや、それは……」
平然としたでゅらちゃんの答えに、こっちのほうが焦ってしまう。
デュラハンのように、首から上がない女の子。
バケモノ、なんて言ったら気を悪くするだろうけど。
顔がないのと妙な喋り方なのは置いておくとしても、ゆったりしたパジャマの上からでも胸の大きさは感じられるし、なんだかとってもいい匂いまでするし……。
反応を見て、ぼくが嫌がっていると思ったのだろう、でゅらちゃんは、
「ならば、いいでござる。拙者は押入れで寝るでござるよ。それが居候のデフォルトと記憶しておりますゆえ」
と、のたまう。
「やっぱり、デュラ衛門……」
ぼくは再び、思わずつぶやいていた。
そこで気づく。押入れの中には、夏用と冬用のかけ布団が入っているはずだと。
その布団を引っ張り出して使えばいいじゃないか。
ぼくがそう提案しようとするよりも早く、でゅらちゃんはすでに押入れの布団のあいだに滑り込み、そしてふすまをピシャリと閉めていた。
……と思ったら少しだけふすまが開き、その隙間から、
「決して中をのぞいてはなりませぬ……」
と言い残して、今度こそ完全にふすまは閉じられた。
……それは別のお話だ。
ツッコミの言葉を、ぼくは胸のうちにしまって、ベッドに潜り込んだ。