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「あなた、名前は?」
みゃーが偶然町で出会った同い年の人にでも尋ねるような軽い口調で話しかける。
並んだ人影はぼくを含めて三人。
ぼくと、みゃーと、そしてみゃーが話しかけている女の子だ。
「拙者は、でゅらと申すでござる」
答える女の子には、いろいろとツッコミどころが満載だった。
その喋り方はなに? でゅらって本名? 日本人じゃないの? それ以前に、どこからどういうふうに喋ってるの?
でもぼくには、女の子ふたりの会話をただ黙って聞くことしかできない。
みゃーが今話しかけている相手は、さっきぼくが教室で遭遇し、そのあと正門まで追いかけてきた、あの首から上がない女の子だ。
「でゅらって、変わった名前ね。じゅら、とかなら、わかるけど」
「そうでござるな。実は記憶がないゆえ、なんとなく思い浮かんだ名前というだけなのでござるが……」
え? 記憶、ないの……?
再びツッコミどころを見つけるものの、女子ふたりの会話はぼくをのけ者にして続く。
「記憶がないって、どうしちゃったの?」
「う~む……、わからないでござる。気づいたときには、学校の中にいたのでござる」
ぼくはでゅらと名乗った彼女を眺めてみた。
首から上は、やっぱりない。
田んぼの中のあぜ道は越え、すでに住宅街に入っているから、街灯によって道にはそれなりの明るさがある。
にもかかわらず、完全に頭が見えない。
つまりは、本物ということだろう。
……本物……? 本物って、なんだ?
本物の……幽霊……?
ぼくは視線を下げてみる。
すたすたすた。軽めの音ではあるものの、しっかりと靴音を響かせている。
教室で見たときには上履きだったはずだけど、今のでゅらちゃんは靴を履いていた。
いったい、いつの間に……?
とりあえず、靴を履いて足音を立てているってことは、幽霊ってわけではない……のかな?
だけど……。
視線は再び上へ。
何度見直しても、でゅらちゃんの首から上の部分にはなにもない。
ただ奥の風景がそのまま透けて見えるだけだった。
「ちょっと、いーちゃん。なに女の子の体をじろじろ見ちゃってるのよ?」
突然、みゃーが眉をつり上げながら、言葉の矛先をぼくに向けてくる。
「でゅらちゃんが恥ずかしがってるでしょ?」
改めて見てみると、でゅらちゃんは確かにもじもじと体をくねらせていた。
みゃーの言葉どおり、恥ずかしがっているのだろう。
もちろん、顔を赤らめているかはわからない。顔がないのだから当然だ。
「あ……ごめん……」
ぼくは反射的に謝る。
みゃーには反抗しないほうがいい。それがこれまでの人生で培ってきた処世術だ。
「恥ずかしいでござる……」
当の本人はそう言いながら、もじもじし続けている。
それにしても、どうしてこんな喋り方なのだろう。お侍さんの幽霊なのだろうか?
「デュラ衛門……」
ぼそっと、ぼくは思わずつぶやいてしまった。
それを聞いたみゃーが目くじらを立て、怒りをぶつけてくる。
「ちょっと、いーちゃん! 女の子に対してそんな言い方ないでしょ? でゅらちゃんに謝りなさい!」
「あ……ごめん……」
ぼくは再び、さっきとまったく同じ調子で謝罪した。
もっとも、首(だけ)をかしげてぼくを正面に見据えている様子のでゅらちゃんには、全然わかってなさそうだったけど。
それはともかく、『でゅら』と聞いて、なんとなく思い浮かんだことを口にしてみる。
「もしかして、でゅらって名前、デュラハンから来てるんじゃないかな?」
デュラハン――それは、首なし騎士とも呼ばれる、甲冑を身に着けた騎士だ。
本人と同様に首のない馬にまたがり、小脇に自分の頭を抱えているのだとか。
死を予言する者として怖れられ、死神みたいに人間の魂を狩ると言われる存在でもある。
……というのが今現在では有名だと思うけど。
もともとはアイルランドに伝わる、女性の姿をした首のない妖精の話だったらしい。
「……そんな伝承に端を発するデュラハンが、なんとなく記憶の片隅に残っていて、今の自分自身の状態から思い浮かんだ、ってことなんじゃないかな。本で読んだお話かなにかに出てきたとか、そんな感じで。……もちろん、憶測でしかないけど」
ぼくの説を、ぽかんと口を開けて見ているみゃー。
「ふぇ~、いーちゃんって、わけのわかんないことには詳しいよね~」
それって絶対に褒めてないよね? という不満は飲み込んでおく。
「……でゅらちゃん、そうなの?」
問いかけるみゃーに、当事者であるでゅらちゃんは、
「はて?」
と、やっぱり首(だけ)をかしげるばかりだった。
☆☆☆☆☆
その後、なんとなく黙ったまま歩き続けていたぼくたちだったけど、沈黙に耐えきれなくなったのか、みゃーがこんなことを言い出した。
「でゅらちゃんってさ、いったいどこから声が出てるのかな~?」
「う~む……、どうでござろう……?」
質問を受けた張本人は、ただただ困ったように考え込むのみ。
「ん~、のどはあるから、声帯はあるってことでしょ?」
「でもさ、舌も唇もないわけだから、正確な発音だってできないと思うんだけど……」
代わって答えたぼくの言葉に、みゃーがさらなる疑問を重ねる。
『うう~~~ん……』
三人とも、答えに行き詰ってしまった。
やがて、みゃーが異様に明るい声で言い放つ。
「ま、気にしない気にしない!」
確かに、首なしの女の子と平然と話している現状と比べたら、そんな小さいことなんて気にするほどでもないか。
こうしてぼくたち三人は、横に並んだまま歩き続けた。
首なしの女の子であるでゅらちゃん。彼女を怖がる気持ちなんて、いつの間にやら綺麗さっぱり跡形もなく消え去っていた。
ぼくもみゃーも物怖じしない性格ではあるけど、考えてみたら、さすがにこれは不自然すぎだったと思う。
ともあれ、このときのぼくたちは不自然さなんてまったく感じることなく、素直にでゅらちゃんの存在を受け入れていた。