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振り向けばデュラハン  作者: 沙φ亜竜
1.遭遇
6/39

-5-

 青黒い闇が次第にすべてを飲み込みつつある校舎の中を、ぼくはゆっくりと歩いていく。


 上履きの音が、コツ、コツ、コツ、と廊下に響く。やけに反響するのは、周りの音が全然ないからだろうか。

 学校の周辺は、都市部にある場合を除き、田畑に囲まれていることが多い。

 ぼくたちの通うこの楓坂学園もご多分に漏れず周囲は田んぼだらけで、生徒たちがいなくなると途端に静けさを増してしまう。


 暗い廊下っていうのは、どうしてこうも不気味さを漂わせるのだろう。

 背筋が冷たく感じられるのは、そろそろ気温も下がっている時刻だからだと思いたい。


 コツ、コツ、コツ、コツコツ、コツ、コツコツ、コツ、コツツ――。


 廊下に反響する足音が、自分以外の誰かの存在を想像させてしまうけど、それもただの音のいたずら。

 閃太郎の怪談じゃあるまいし、なにも起こったりはしない。起こるはずがない。

 だいたいまだ、真夜中じゃないわけだし。

 そう思いながらも、足取りが重くなってしまうのは、やっぱり恐怖心がぼくの胸の中に渦巻いている証拠か。


 コツ、コツ、コツ――。


 やがてぼくは、階段にたどり着く。

 教室棟の一階部分は、半分近くが下駄箱で占められいて、それ以外には、保健室と職員室、校長室なんかがあるだけだった。

 生徒が使う教室は二階から上に配置されている。一学年がひとつの階を占有し、二階が三年生、三階が二年生、四階が一年生という具合だ。

 だからぼくのクラス、二年一組の教室は、この教室棟の三階に存在することになる。


 三階……。

 確か閃太郎の怪談でも、そうだったな……。


 教室棟で階段があるのは、下駄箱から近いほうの端っこだけ。廊下を通り抜けた反対側の端には階段がない。

 そのせいで、全校集会が校庭で行われる場合には、階段が生徒で埋め尽くされて大変なことになってしまうのだけど。

 教室は、階段のある場所から一番離れたところに一組、その隣に二組、という感じで並んでいる。

 すなわち、ぼくの目指している教室は、長い廊下を抜けた一番向こう側にあるってことになる。


「あはは、それも閃太郎の怪談みたいだ」


 思わずつぶやきがこぼれる。

 声を発していないと、静かすぎるから……。


 ともかく、階段を上り終えたぼくは、廊下へと目を移す。

 電気が消された廊下は、時間的にまだ真っ暗とはいかないまでも、かなり暗い。

 非常ベルのランプが赤く静かに灯り、なんだか黄泉の国へと誘う案内信号かなにかのようにも思えてくる。


 ぼくはちょっと――残念に思っていた。

 もしみゃーが一緒に来ていたら、とっても面白かったかもしれないな、と。

 みゃーだったら絶対に、わーきゃー喚き散らして泣き叫んで、ここここここ怖くなんてないんだから! とか強がりながらも、ちょっとした音に反応して悲鳴を上げたことだろう。

 もしかしたら、おしっこを漏らすくらいのハプニングは起こりえたかもしれない。


 そんな状態を見られたみゃーはきっと、こんなこと知られたらお嫁に行けない~、などと言って泣きながらぼくに黙っていてと懇願するに違いない。

 う~ん、みゃーの弱みを握る絶好のチャンスだったのに。

 そんな意地悪なことを考えながら、ぼくはコツコツコツと教室へと向かって廊下を進む。


 ガラガラガラッ!


 意識的に勢いよくドアを開けて教室に足を踏み入れると、日直がカーテンを閉め忘れていたのか、窓の外から微妙に明かりが差し込んでいた。


「月が出てるのかな? でも、廊下は暗かったよね。……そっか、こっち側って確か、電灯があったっけ」


 ぶつぶつと独り言をつぶやく。

 電気を点けるまでもなく自分の机を目視できたのは好都合だ。

 ぼくは素早く自分の席まで歩み寄り、机の中を漁る。

 やっぱり置きっぱなしだった。


 教科書とノートを、カバンに入れて……っと。

 うん、これでよし。目的は達成した。

 ふぅ……。

 それじゃ、あとは帰るだけだ。


 明日の実力テストは憂鬱だけど、帰ったら勉強しておかなきゃ。

 せめて閃太郎には勝たないと、みゃーからまたバカにされちゃうだろうし。

 無意識に思い浮かんできた、みゃーの呆れ顔を振り払いながら、ぼくはくるりと回れ右をした。



 ☆☆☆☆☆



 閃太郎の怪談では、振り向いたら女性がいて、その顔には目も鼻も口もなかった。

 俗に言うのっぺらぼうってやつだ。

 だけど、そうであったほうがどれだけマシだっただろう。


「ど、どうも……」


 回れ右したぼくの目の前に、女の子が立っていた。

 控えめな口調ではあったけど、ぼくに話しかけてきたのは明らかだ。

 うつむき気味の状態から回れ右をしたせいで、ぼくの顔はまだ下を向いたままだった。

 そこから徐々に視線を上げていく。


 ゴムの部分が赤い女子用の上履き、ワンポイントの刺繍すらない短くて白いソックス。

 学校指定のプリーツスカートは膝丈くらいだから標準の長さ。

 セーラー服タイプの制服はクリーニングしたてのように綺麗でシワもなく、襟もとのリボンもよれたり曲がったりすることなく適度な余裕を持って留められている。


 リボンに隠れ気味ではあるけど、その子の胸の辺りには、制服の上からでもはっきりとわかるほど、かなりボリュームのあるふくらみが見て取れた。

 男としては思わず目が釘づけになってしまうところだけど。残念ながら、そうはならなかった。


 問題があったからだ。そこからすぐ、上に。

 目の前に立っている女の子には、あるべきものが、なかった。


 そう、首から上が、丸ごと全部綺麗さっぱり、存在していなかったのだ!


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