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振り向けばデュラハン  作者: 沙φ亜竜
6.憧憬
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-4-

 栞理さんの病室に行くと、妹の茜音ちゃんが出迎えてくれた。

 事情を簡単に説明してはみたけど、さすがにすべてを話せるわけでもない。

 訝しげな表情を崩さない茜音ちゃんではあったものの、不意に病室の奥から「入ってもらって」との声が聞こえてきた。

 おそらくその声の主が栞理さんなのだろう。


 ひとり部屋にしては少し広い病室に、ぼくたちは招き入れてもらえた。

 当初の目的は、タイムスリップしたときに見たでゅらちゃんと似ている、茜音ちゃんに会うことだった。

 だけど彼女に入院しているお姉さんがいることがわかった今、ぼくたちはそのお姉さん――栞理さんのほうに興味を持っていた。

 ぼくの考えが確かならば、その栞理さんこそが……。


 六人で病室に押しかけるなんて非常識ではあるけど、栞理さんは笑顔で迎えてくれた。

 予想どおりの姿が、病院のベッドの上にあった。

 上半身だけを起こした状態で微笑みを向けてくれる栞理さんの顔は、紛れもなく、過去に飛んだときに見たでゅらちゃんの顔とそっくりだったのだ。



 ☆☆☆☆☆



 栞理さんは、八年ほど前から入院している。

 重い病気……というわけではない。近所の工事現場で事故があり、それによって大ケガを負った。

 そのときの後遺症が残り、今でもまだ、入院生活を余儀なくされているのだという。


「でも、かなりよくなってきているんです。退院の日も近いだろうって、院長先生も言ってました。この病院の人には、本当に感謝しているんです」


 栞理さんは、自分が入院することになった事故や入院してからの経過などを、詳細に語ってくれた。


 八年前、小学校三年生だった栞理さんは、仲のよかった男女数人のグループで、この月見里総合病院の近くの工事現場に忍び込んだ。

 八年前で小学校三年生だから、計算すると栞理さんはちょうどぼくたちと同い年ということになる。

 マンションの建設現場だったその場所は当時、機材などが運び込まれている段階で、実際に工事が始まるのはまだ先だった。恰好の遊び場だったと言えるだろう。


 周囲は仮囲いと呼ばれる金属製の柵のようなもので覆ってはあったものの、完全ではなかったのか、隙間ができている場所があったらしい。

 そこをくぐって、栞理さんたちは建設現場の中へと入った。


 もちろん男子が率先していたのは確かだけど、女の子だからといって拒むわけにもいかない。

 グループの輪を乱す行為がどういう結果を生むか、まだ小学生ではあっても知っていたからだ。

 その判断によって大事故と大ケガにつながったわけだから、拒んでおくべきだったとは思うけど、そんなことを言ってもあとの祭りというものだろう。


 病院に担ぎ込まれたときの栞理さんは、生死の境をさまよっている状態だったそうだ。

 ただ、生きたいという気持ちは確実に快方へと向かわせた。

 奇跡的だと称されるほどの回復力で、栞理さんは命を取り留める。


 とはいえ、状況はそんなに単純ではなかった。

 後遺症があったからだ。しかも、女の子にはつらい後遺症が。


 ケガを負った当初から考えたら回復してはいたものの、事故当時、栞理さんの顔は見るも無残な状態だったらしい。


 栞理さん本人は鏡すら見せてもらえなかった。だから詳しい状態はわからないけど、ひどかったに違いないと語る。

 話を聞いていた茜音ちゃんが微かに浮かべた苦々しい表情からも、栞理さんの言葉どおり、相当凄惨な状態だったことがうかがえた。


「でも後遺症も徐々によくなって、このあいだ、やっと包帯を取ることができたんです!」


 ぱーっと明るい笑顔を見せる栞理さん。

 包帯を取ることができた。つまり、それまではずっと顔面を包帯が厚く覆っている状態で生活してきた、ということだ。


 それはどれほど、栞理さんの精神を傷つけていただろう。

 過去には幾多の涙が包帯の下で流されたことだろう。

 それらを乗り越えて浮かべられた栞理さんの笑顔は、とても輝いて見えた。


「包帯が取れた次の日、嬉しくて早起きしたわたしは、窓から外を眺めていました。まだ病室から出られないわたしには、退屈を紛らわす手段なんて、外を眺めるくらいしかなかったから。そのとき、制服姿の高校生がじゃれ合いながら楽しそうに登校するのを見て、思ったんです。わたしもあんなふうに高校生活を楽しみたいって……」


 もっとも、よくなったとはいってもまだしばらく入院するはずだから、その願いはすぐに叶うはずがないとわかってはいたけど。

 栞理さんは独り言のように、そうつぶやく。


 続けて、さらに小さな声で、こんな言葉が続けられた。


「だけど、叶ってしまった……」

「え?」


 ぼくたちは目を丸くして栞理さんを見つめる。

 心配そうにお姉さんを見守っていた茜音ちゃんも、同じように目を丸くしていた。

 驚いていないのは、栞理さん本人と、そしてこの人だけ……。


「彼女の想いが、でゅらという存在を生み出したのだろう」


 今までずっと黙っていたる菜先輩が、その場をまとめるように凛とした声を響かせた。


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