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体格のいい男性教師のあとを追っていくと、生徒指導室にたどり着いた。
野次馬の生徒たちが集まってきていたから、ここまで連れてきて話を聞こうと考えたのだろう。
ここは生活態度の悪い生徒なんかが呼び出されて注意を受ける部屋だと、ぼくは認識している。
「ほら、突っ立ってないで早く入れ!」
ぼくたちは言われたとおり、生徒指導室へと足を踏み入れる。
成績は微妙だけど問題を起こしたりしないぼくは、さすがに生徒指導室に入るのは初めてだった。
騒がしくて注意されることが多いけど、みゃーもおそらく初めてのはずだ。月見里さんはクラス委員長だから無縁だろう。
閃太郎は……あるかもしれないな。る菜先輩は……ないわけないな。
「維摘……なんか失礼なこと、考えてないか?」
「うむ、維摘から失礼な思念を感じた」
……あんたらは、エスパーですか?
ともかく、ぼくはふたりを適当にごまかし、生徒指導室の中を見回す。
なんだか殺風景な部屋。
長テーブルふたつの長辺をくっつけ合わせ、その周りにパイプ椅子が何脚か並べられている。
あとは隅っこにロッカーがあるだけで、他にはなにも置かれていない。
窓につり下げられた分厚いカーテンは閉めきられ、外界の光を完全にシャットアウトしていた。
ぼくたち六人は、長テーブルの片側に一列に並んで座らされた。その対面に、あの体格のいい男性教師がどっかと座る。
学園内のすべての先生を把握しているわけではないとはいえ、見たこともない先生だ。
生徒指導室は普段、カギが閉まっている。
それを開けて入ったのだから、この体格のいい教師は生活指導の先生ということになるだろう。
だけど、ぼくが知っている限り、生活指導の役目は五本松先生が任されていたはずだ。
ふたり以上いてもおかしくはないけど、少なくとも見たこともない先生というのはおかしい。
過去に飛ばされてきたという推測が、やっぱり正しかったのだと証明されてしまったとも言えるのかもしれない。
その先生は、体格と同様に大きな声をぼくたちにぶつけてくる。
「おい、お前ら! なにをしていた!? 制服を着てはいるが……どうやらこの学園の生徒ではないようだが!?」
この大きさがデフォルトの声量なのだろうか。激しく耳が痛い。
それにしても、この学園の生徒ではないとは鋭いところを突いてくる。
実際ぼくたちは紛れもなくこの学園の生徒ではあるけど、今が五年前だと考えたら、当然ながらまだこの学園に入学していないことになるのだから。
「だいたい、そこのお前! いくらなんでも怪しすぎるだろう!? なんなんだ、その怪しげなローブは!? 魔女気取りか!?」
ごもっともだとは思うけど……。
る菜先輩に対する暴言。相手が先生だとはいえ、どんな反応をするのか。
ヒヤヒヤしながら、る菜先輩に視線を向ける。
「これは失礼した。では……脱ごう」
バサッ。
る菜先輩はためらうことなくローブを脱いだ。
下には制服を着ているだろうと考えていたけど、その予測は大ハズレだった。
「な……お前……!」
「どうした?」
平然と答える、る菜先輩の前で目を丸くしているのは、先生だけではなく、ぼくたちも同様だった。
だって、ローブの下から現れたのが、スクール水着だったから……。
「なんでそんな格好をしてるんだ!」
「先生が脱げと言ったからだ」
「脱げとは言わなかった! いや、そんなことを言ってるんじゃない! なぜ水着なのかと訊いてるんだ!」
「ふむ。機能性……だな。動きやすさもあるが、儀式などをやっていると、なにかと水に濡れてしまうことも多くてな」
「ぎ……儀式……?」
る菜先輩の言葉に、唖然とする先生。
「あ~、すみません。この子、おかしいんで。無視してください」
月見里さんがキッパリと言ってのける。
その言葉で先生はどうやら気を取り直すことができたようだ。
「そ……そうか……わかった」
先生の気を静めることには成功したものの、
「秋子……お前、あとで覚えてろよ……」
と、る菜先輩が恨みのこもったうめき声を吐き出していた。
うわぁ、怖……。
でもまぁ、月見里さんなら大丈夫か……。
矛先こそ変わったものの、先生の質問攻めは続く。
「だいたいお前ら、いったいなんなんだ? さっきも言ったが、この学園の生徒じゃないだろう?」
「え~っと、実はみんな、この学園に兄や姉がいる中学生なんです。受験しようと思っているので、兄や姉から制服を借りて忍び込んだんです。悪いことだと知ってはいましたが……。ごめんなさい……」
ううう……と涙を流し、震える声をしぼり出す月見里さん。
もちろん嘘泣きだけど、こんな瞬時に涙腺をコントロールできるなんて、女性って怖いな……。
それはともかく、先生も男性だからか、女の子の涙には弱いようで。
「あ……いや、いいから、泣くな……」
困ったなぁ、といった顔をして、ぼくたちに視線を向けてくる。
「仕方がない、厳しく咎めたりはしないでおくか。だが、やはり不問とするわけにもいかない。この学園にいるお前らの兄や姉に連絡させてもらうぞ。名前を――」
と言ったところで、生徒指導室のドアが突然開かれた。
「あっ、ここにいましたか! 先生に電話が入ってます!」
目の前にいる男性教師とは対照的に、やけに細身の、おそらくこちらも教師なのだろう男性が進言する。
「なんだ~? あ~、業者からか。ちっ、こんなときに……。仕方ない、すぐに行く!」
生徒指導の先生は文句を言いつつ席を立つと、ドカドカと足音を響かせながらドアに向かっていく。
「悪いがちょっと出てくる。お前ら、おとなしくここで待ってろよ。いいな!?」
そう言い残し、先生たちは生徒指導室から去っていった。
ぼくたちがこの機に乗じて逃げ出したのは言うまでもない。