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翌日の放課後、ぼくたちは嫌がる閃太郎を引きずりながら薄暗い廊下を歩いていた。
薄暗いのは、日差しが足りないからだ。
とはいえ、まだ日が落ちる時間には早すぎる。
この暗さは、分厚い雲が空を覆い尽くしているせいだった。
それにしても、これから向かう先にある未来を暗示するかのような、このどんよりとした曇り空。
不吉すぎる……。
ぼくたちがこれから行こうとしているのは、オカルト研究会の部室だ。
教室棟からは一番離れた場所にある、今では使われていない調理実習室を、オカルト研究会が勝手に使っている。
三年ほど前、設備が古くなって危険という理由で、特別教室棟を増設する際に新たな調理実習室が造られることになったらしい。
そのため、こちら側にある古い調理実習室は完全な空き教室となっていた。
ガスが止められているから調理場として使うことはできないはずけど、その部室からはいつもなにやら変なニオイが漂っているとか。
足を踏み入れると呪われる、とまで言われている、そんな場所なのだ。
オカルト研究会の存在を知らなかったぼくではあるけど、学校内にそういう怪しげな場所があるという噂だけは聞いたことがあった。
「ね……ねえ、やっぱ、やめない? 噂は聞いてるでしょ? わざわざ呪われに行くことなんてないよ!」
月見里さんに首根っこをつかまれ引きずられながら、閃太郎が悲痛な叫び声を上げる。
そんなに行きたくないのか。
「なに言ってるの? あたしが行くと決めたんだから、閃太郎くんがなんと言おうと行くことに変わりはないのよ。諦めなさい」
バッサリと一閃のもとに斬り捨てられる閃太郎。
「だいたい閃太郎くん、る菜さんに会うのが怖いだけなんでしょ? ……本当は会いたいくせにさ」
「ほほう、そいつぁ、聞き捨てなりませんな。いったいそれは、どういうことで?」
続けられた月見里さんの言葉に、なにやらおかしな口調で、みゃーが食いついた。
ぼくも知りたかったから、ツッコミ役は一時休業し、黙って聞き役に徹する。
閃太郎は慌てて手を伸ばし、月見里さんの口を塞ごうとしていたけど、もちろん成功するはずもなく。
「ふふ、閃太郎くんもあたしも、る菜さんとは小さい頃から知り合いなのよ」
やめてくれ! 言うなって! と叫んで覆いかぶさってでも止めようとする閃太郎を軽くあしらいながら、月見里さんはいつもどおりの落ち着いた声で話を聞かせてくれた。
う~ん、さすがだ……。
「近所のお姉さんだったる菜さんは、閃太郎くんとあたしを、本当の弟と妹のように可愛がってくれたわ。お姉さんといっても、ひとつ年上なだけなんだけどね。あたしたちは、三人で一緒によく遊んでたのよ。ただ……」
チラリと、月見里さんは閃太郎に視線を向ける。
そして彼女は、
「閃太郎くんは遊ばれてたって感じだったけど」
と言ってニヤリと笑った。
閃太郎のほうはすでに諦めたようで、項垂れたまま引きずられていた。
☆☆☆☆☆
小学校低学年の頃、閃太郎は月見里さんと星岡る菜先輩と三人で、毎日のように遊んでいた。
ひとつだけとはいえ年上だった星岡先輩が、自然とリーダー的立場となって、すべての主導権を握っていた。
星岡先輩は今、オカルト研究会(とは名ばかりの、ひとりだけの孤独な会)の会長となっているわけだけど。
すでに小学校の頃からその資質は完璧に開花していたと言ってもいいほどだったらしい。
つまり、その頃からオカルトマニアだったのだ。
しかも興味を持ち始めたばかりで、もう寝ても覚めてもオカルト尽くしな生活だったとか。
そうすると当然のように、近所に住む手下Aと手下B(月見里さんと閃太郎のことだ。月見里さんがAで、閃太郎は彼女より下のBなのは言うまでもない)が、問答無用で巻き込まれてしまう。
幼い頃から落ち着いていた月見里さんはともかく、閃太郎はかなりの怖がりだったようで、星岡先輩の恰好の標的となった。
オカルトマニアとはいっても、当時は怪談やらミステリーやら怖い話の類が好きな程度だったらしく、閃太郎を怖がらせて楽しむのが、あたかも日課のようにまでなっていたそうだ。
怖がらせるだけだと、逃げられて話を聞いてもらえなくなるかもしれない。
だから星岡先輩は、怖がらせたあとに優しく閃太郎を抱きしめ、「大丈夫だ、安心しろ。わたしがおまえを守ってやる」なんて言って慰めたりしていたようだ。
そのせいもあってか、閃太郎は星岡先輩を、ああ、なんて頼もしい人なんだ、と勘違いしてしまい、淡い恋心を抱くに至ったのだという。
「言ってしまえば、閃太郎くんの初恋、ってことになるわね」
初恋なんて言われた閃太郎は慌てて、「そ……そんなんじゃない! 憧れとか、そういうのだよ!」と言い繕ってはいたけど。
真っ赤になった閃太郎の顔が、真実を如実に示していた。
恐怖のドキドキが恋のドキドキに変わる、というやつだろうか。つり橋効果っていうんだっけ?
話を聞く限り、相手である星岡先輩のほうは、そういう感情をまったく抱いてなさそうだけど。
「そっかぁ、初恋の相手か~! ふっふっふ、面白そう~! これは是非、閃太郎くんをその会長さんとふたりっきりにして、話を聞き出してきてほしいわね!」
「……それじゃあ、あたしたちが話を聞けないじゃない。閃太郎くんの記憶だけじゃ、いささか心もとないわ」
「それもそうね。だったら、レコーダーを仕込んでおくとか……。あっ、ベランダ側に回って、のぞいちゃうってのは?」
「ふふ、それも楽しそうだけど、今回は却下させてもらうわ。せっかくだからあたしも、る菜さんとお話したいから。実はかなり、久しぶりなのよね」
「そっかぁ、残念! じゃ、みんなで行くってことで、決定ね!」
女子ふたりのあいだだけで、勝手に話は進んでしまう。
ぼくと閃太郎の意思なんて、まるっきり無視だ。
でも、意思を無視されていたのは、実はもうひとりいて。
「ということだから、でゅらちゃん。あなたも消えたりしないで、しっかりついてくるのよ? 逆らったらどうなるか……ふふふ……」
でゅらちゃんに念を押すように確認の言葉を向け、怪しく笑う月見里さん。
……もし逆らったら、どうなってしまうだろう……。
興味はあるけど、知らないほうがいいような気もする。
「わ……わかってるでござる!」
ぼくと同じように思ったのか、存在しない顔の代わりに首を真っ青にしたでゅらちゃんは、焦りで裏返った声を返す。
それにしても、幽霊とか妖怪とか、そういった類であるはずのでゅらちゃんでさえも、月見里さんには逆らえないんだ……。
ぼくは改めて、月見里さんという存在の特異さを痛感するのだった。