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まだ幼稚園に通っていた、懐かしい時期。
その頃からぼくは、みゃーに引っ張り回されていた。
元気いっぱいなみゃーに手を引かれ、毎日のようにそこかしこを駆け抜ける日々。
この日も、ぼくはみゃーとともに走り回っていた。
よく立ち寄る近所の公園の中に入ってからも、ひたすら走る走る。
と、そこでぼくは、足をもつれさせ、転んでしまった。
当然ながら、ぼくの手を引っ張っていたみゃーも、一緒にすっ転んでしまう。
「ちょっと、いーちゃん! なにやってんのよ、もぉ~! ……あれ? どうしたの?」
ぼくは膝をすりむいて、その場にうずくまっていた。
怒鳴りつけてきていたみゃーも、さすがに心配してくれたようだ。
「やだ、ちがでてる……」
いつも自分勝手に飛び跳ね回っているみゃーだけど、不測の事態にはめっぽう弱い。
このときもオロオロしながら、どうしようどうしようと繰り返すばかり。
実際のところ、ぼくの膝からは確かに血が出てはいたけど、そんなに大したケガではなかったというのに。
と、そこへ。
「キミ、どうしたの?」
女の人が話しかけてきた。
血がにじみ出ているぼくの膝を目にすると、
「あら、ケガしてるじゃない。大丈夫?」
と言って、その女の人はぼくの前に屈み込んだ。
女の人、とはいっても、今考えたらおそらくは小学校高学年程度だっただろう。
でも幼かったぼくには、ずっと年上のお姉さんのように思えた。
そのお姉さんに肩を貸してもらい、ぼくは水飲み場まで連れていってもらった。
もちろん、みゃーも黙ってついてくる。
そこで傷をしっかり洗うと、お姉さんはハンカチで優しく拭ってくれた。
「はい、これで大丈夫」
微笑みながら、最後に絆創膏を貼ってくれたお姉さんを、ぼくはじっと見つめ返す。
「あ……ありがとうございます」
「しっかりしてるのね。こっちの子は、彼女さんかな?」
ちょっと面白そうに尋ねてくるお姉さんに、みゃーは眉をつり上げながら答える。
「いーちゃんは、みゃーのげぼくなの!」
ためらうことなく、そう言いきった。
このときのぼくには、意味がよくわかっていなかったのだけど……。
「そ……そう……。でも、元気なのはいいけど、気をつけて遊ばないとダメよ?」
お姉さんはちょっと引き気味に言い残して、ぼくとみゃーの前から去っていった。
「さっきのおねえさん、かっこよかったね~……」
みゃーが、なんだか両手を組み合わせた乙女チックな仕草で、瞳をキラキラと輝かせながらつぶやいた。
ちょっと気持ち悪い……。
なんて思いは即座に飲み込んで、
「そうだね」
すでに膝の痛みもなくなっていたぼくは、素直な答えを返す。
「こうこうせいくらいかなぁ?」
「ん~、どうだろう?」
今考えれば、そこまで年上じゃないとすぐにわかるだろうけど、このときのぼくたちには、相手の年齢を正確に想像できるような人生経験などあるはずもなかった。
「あのおねえさんに、またあえるかなぁ~?」
「ちかくにすんでるなら、あえるんじゃないかな?」
「でも、すぐじゃなくてもいいや。こんどあうときには、もっとおとなになったみゃーをみてもらうんだ!」
みゃーは満面の笑みを浮かべていた。
引っ張り回されたせいで、すり傷程度とはいえ、ケガまで負う結果になってしまったけど……。
それでも、こんなにも輝かしいみゃーの笑顔を見ることができて、ぼくはとっても幸せな気持ちに包まれていた。