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振り向けばデュラハン  作者: 沙φ亜竜
3.事故
18/39

-5-

 さすがに手ぶらというわけにもいかないと考え、途中でお菓子の詰め合わせを買ったあと、ぼくたちは門倉さんの住んでいるアパートまでやってきた。

 門倉さんは今、大学生になっていて、このアパートでひとり暮らしをしているという。

 彼女の通う大学は、楓坂学園からも近い楓坂女子大学だ。

 高校時代は電車で通っていたみたいだけど、大学生になり、そろそろ自立したいという思いもあって、ひとり暮らしを始めたのだとか。


 ぼくたちがドアの前に並びチャイムを押すと、すぐに「はーい」と声が聞こえた。

 ドアから顔を出した門倉さんは、凄惨な事故があったことなんて感じさせないほど元気そうだった。

 ……入院していたのは、五年前の事故から半年くらいのあいだ、ってことだったし、それも当たり前か。


 ただ、肩まで伸びる長い髪の毛で隠してはあるけど、隙間からチラリとのぞく首筋には、ハッキリとした傷跡が見て取れた。

 その傷跡は、かなりの長さがある。

 命に関わるケガではなかったものの、重傷で大変だったことは、傷跡からも容易に想像できた。


 もちろん、今でも血がにじんでいるなんてことはない。

 何針も縫ったという傷は、もう完全に塞がっている。

 それでも、事故から五年も経っているというのに、傷跡は当時の痛々しさを雄弁に語っていた。


 じっと傷を見つめてしまっていたぼくの脇腹に、ドンッと軽い衝撃が伝う。

 すぐ横にいたみゃーが、そんなにじろじろ見ないの! という意味を込めて無言で注意してくれたのだ。

 ぼくは慌てて視線を逸らす。

 だけど、すでに門倉さんには気づかれていたようで、


「この傷……やっぱり気になるわよね? ……あっ、いいのよ、気にしてないから。って言ったら嘘になるかな。隠すためにわざわざ髪の毛を伸ばしたわけだし」


 そう言いながら、苦笑を浮かべていた。


 ぼくはどう答えていいかわからず、ただ曖昧な表情を返すことしかできない。

 門倉さんはそんなぼくを見て、笑顔に苦々しさを増してしまった。

 ごめんなさい。謝罪の意味を含めて、ぼくは黙って軽く頭を下げる。


「あっ、そうだ! あなたたち、月見里総合病院からの遣いで来た、院長先生の娘さんとそのお友達よね? さっき電話があったの!」


 不意に門倉さんは、わざとらしいほどの明るい声に切り替える。

 空気が重くなってしまったことに罪悪感を覚えたのかもしれない。

 ……門倉さんはまったく悪くなんてないというのに。


「はい。傷の具合はどうか伺ってくるようにと、父に言われまして……。これ、つまらない物ですが」


 月見里さんが柔らかい物腰で答え、買ってきたお菓子の詰め合わせを渡す。

 完全に外向きの顔に変わっているようだった。ぼくたちに対しては、絶対に見せない顔だ。


「あら、わざわざありがとう」


 笑顔で受け取る門倉さん。そこで本題に入る。


「それで、少々お話を聞かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「話? なにかしら?」

「事故のことについて、詳しく知りたいんです」


 月見里さんは穏やかな表情のまま、門倉さんにお願いした。

 柔らかな口調を崩してはいないのに、なんだか抗いがたい威圧感があるように思えたのは、ぼくの気のせいだろうか。


 実際、失礼なお願いだとは思う。

 門倉さんにとっては、思い出すのも嫌な過去だろう。

 憤慨した門倉さんに怒鳴り声をぶつけられ、そのまま追い返されてもおかしくない、そんなお願いだ。


 にもかかわらず。

 さすがにためらってはいたものの、やがて門倉さんは、


「……わかったわ。ちょっと散らかってるけど、上がって」


 ドアを大きく開き、ぼくたちを迎え入れてくれた。



 ☆☆☆☆☆



「このとおり、傷跡は残ってるけど、もう平気よ。たまに傷口がうずくっていうのかな、熱くなるような感じはあるけど、べつに問題ないレベルだし。もっとも、今でもガラス片だとか割れたお茶碗のカケラだとか、そういった尖った物は苦手だけどね」


 門倉さんは、そう言って苦笑する。

 とはいえ、さっき玄関先で見せた苦笑と比べると、苦々しさは格段に減っていた。


 ぼくたちは今、オレンジジュースとクッキーをご馳走になりながら話を伺っている。

 テーブルの上にはグラスが五つ並んでいる。門倉さん自身の分も含めて五つだ。

 でゅらちゃんはここへ向かう途中で、いつの間にか姿を消していた。

 首のない自分の姿を門倉さんに見せるのも悪いから、と考えたのかもしれない。


 事故のことは思い出すのも嫌だろうと考えていたけど、門倉さんはもう完全に過去の出来事として受け入れているようだ。

 今は髪を束ね、隠していた傷跡をさらけ出している。

 傷があるのを知られているなら、今さら隠しても仕方がない、ということなのだろう。


「ケガをしたときのことは、正直あまり覚えてないの。気づいたときには病院で寝てたから。ケガをする前のことも、実は覚えてないのよね。役に立てなくて、ごめんなさい」

「いえいえ。きっと、事故によるショックで記憶が閉ざされているんでしょうね。ひどいケガの場合、そういうこともよくあるんです」

「へぇ~、そうなんだ……」


 さすがは院長先生の娘ということか、月見里さんは冷静に状況を分析していた。

 門倉さんは感嘆の声を漏らすと、さらに話を続ける。


「そのあと、わたしは半年間入院したの。退院したあとも通院してたから、大変ではあったけど……。それでも、確実によくなっていった。院長先生や病院の人たちには、本当に感謝してるの。今ではこうして、キャンパスライフを楽しめてるわけだしね!」


 つらい時期はあっただろう。

 でもそれらをすべて乗り越え、大学生となった今の門倉さんは、人生を思いっきり謳歌している。

 事故によって落ち込み、暗い人生を送るようにならなくて、本当によかった。

 興味本位で学校新聞の記事を読んでしまった後ろめたさもあったからなのだろうか、ぼくは心からそう思った。


 と、そうだ、学校新聞!


 あの記事には、凄惨な事故で血が大量に流れていた様子まで生々しく書かれていた。

 それだけではなく、あたかも事故に遭った女子生徒が亡くなってしまったかのような記述もあり、首なし幽霊の噂までも書かれていた。

 首のケガだって、確かに「切断した」と表現していたはずだ。

 あれはいったい、どういうことだったのだろう?


 ケガをしただけでやがて退院して戻ってくる生徒のことを、あそこまで書いてしまうというのは、あまりにも不謹慎すぎる。

 言うまでもなく、学校新聞は生徒が読むものだから、シャレを利かせた記事が書かれることは多い。

 だとしても、楓坂学園は仮にも進学校と呼ばれているレベルの学校だし、ここまでふざけた学校新聞が許されるわけもないと思う。

 ……五年前は、そうでもなかったのだろうか?


 ぼくは湧き上がってきた疑問を、そのまま門倉さんにぶつけてみた。

 どんな反応を示すかわからなかったけど、あまり喜ばしい結果は生まないだろうと覚悟しながら……。

 そんな予想に反して、、


「学校新聞? あ~、あなたたち、あれを読んだのね! そっかそっか! それで、心配したってわけか。なるほど!」


 なんだか面白そうに笑顔をこぼし、門倉さんは意外にも明るく答えてくれた。


「当時の新聞部の部長とは小学校からの腐れ縁でね。あっ、もちろん、いい意味でよ? 高校ではクラスが違ったけど、それでも一番と言ってもいいくらいの仲よしだったの。だからこそ、ふざけてあんな記事にしちゃったのね。当時は恐怖新聞とかも流行ってたし。

 でもね、彼女は入院していたわたしに、新聞に載せてもいいか、わざわざ確認しに来たのよ。それでわたしのほうも面白半分にOKを出しちゃったってわけ。彼女とは今でもたまに会ってるわ」


 懐かしいな。

 つぶやく門倉さんの声に、恨みや憎しみや苦しみといった感情は、まったく感じられなかった。


「でも、よくあの内容で、学校新聞としての発行を先生方に認めてもらえましたね」

「え? 今は先生の許可がいるの? 当時はあくまでも新聞部が勝手に作ってるだけのものだったから、わざわざ先生が内容を確認したりなんて、してなかったと思うけど……。そっか、もしかしたらあの記事のせいで、そういう方針に変わったのかもしれないわね。確かにちょっと、ふざけすぎだったと思うし」


 ぼくのさらなる疑問にも、門倉さんは平然と答える。


「なんにしても、あれは不幸な事故だった、それだけよ。……それにしてもあなたたち、こんなことを聞いてどうするの?」

「……過去の学校新聞に関して、年代別に検証してるんです。グループごとに研究テーマが決められていて、ロングホームルームで発表しないといけないんですよ」


 門倉さんから不意に向けられた問いかけに、月見里さんはその場で嘘八百を並べ立てる。

 よくもまあ、とっさにあんな嘘が出てくるものだ……。


「あら、そうなの。それであの記事を目にしてしまったわけね。でも、さっきも言ったけど、わたしが在学中だった当時の学校新聞は先生の許可も必要なかったわけだし、中にはいい加減な記事もあるかもしれないから、気をつけたほうがいいかもね」

「はい。その忠告だけでも聞けてよかったと思います。……あっ、もうこんな時間。あまり長居しても失礼ですし、そろそろあたしたち、おいとましますね」


 月見里さんが、ここまででいいでしょう、とでも言うように、チラリとぼくたちに視線を向ける。


「こんな時間までお話を聞かせてくれて、ありがとうございました」


 ぼくたちはお礼を述べ、門倉さんのアパートから立ち去った。


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