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思いがけない乱入者によって随分と時間を食ってしまったけど。
ぼくたちは気を取り直してエレベーターに乗り、院長室のある五階――病院の最上階へと足を運んでいた。
だいたい、あの女の子に罪はない。でゅらちゃんが悪いのだ。
当のでゅらちゃんは、何事もなかったかのように、ぼくたちの後ろをすたすたと歩いている。
幽霊とか妖怪とか、そういった類の存在だろうに、そんなにも軽い足取りでいいものか。
などと考えているあいだに、院長室の前までたどり着いた。
緊張の一瞬。
ごくり。
ツバを飲み込み、ノックをしようと手を伸ばす――、
「お父さん、入るわね」
よりも早く、月見里さんがガチャッとドアを開け、躊躇することなく院長室へと踏み込んだ。
いくら院長先生が月見里さんの父親だとはいえ、ここは仕事場ってことになるわけだから、さすがにちょっと無礼すぎるのでは……。
「し……失礼します」
ハラハラしながら、ぼくたちも月見里さんに続いて院長室のドアをくぐった。
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「ほう、キミたちが秋子の友達か。よく来てくれたね」
院長先生は、ヒゲが温厚さを如実に表していると言ってもよさそうな、優しい笑顔をたたえたおじさんだった。
口調も至って穏やか。
一見した穏やかさや温厚さは、月見里さんとそっくりだ。……なんて言うと、とっても腹黒い人っぽく思えてしまうけど。
どうやら院長先生は、本当に心から温厚な人のようだ。
……と思った途端、
「秋子のわがままで、いつも迷惑かけてるだろう? すまないねぇ」
そう言いながら、がっはっはと笑う院長先生。
すまない、と思っているのは確かだろうけど、「ま、それでも構わないだろう? なんたってワシの自慢の娘だからな!」とでも言わんばかり。
やっぱり、完全に「血」なんだな、と感じた。
「もう、お父さんったら。あたしが迷惑なんてかけるわけないでしょ? とってもお淑やかでおとなしい女の子なんだから」
月見里さんは月見里さんで、平然とそんなことを言ってのけるし。
嘘をついているというわけではなくて、疑いなくそう思い込んでいる、というのが正しいだろうか。
この際、この親子に関してはこれ以上干渉しないことにして、早く本題に入ろう。
「五年くらい前、楓坂学園で起こった転落事故が原因で、この病院に入院することになった女子生徒の話を聞きたいのですが」
流れを変えようと急かすぼくの言葉に、院長先生は一瞬で真面目な顔に変わる。
「ああ、そのことか。よく覚えてるよ」
そして院長先生は、その女子生徒について詳細に語ってくれた。
☆☆☆☆☆
学校新聞で調べたり五本松先生から聞いたりしていた話のとおり、その女子生徒は二階の高さから転落、廃棄予定だった古いガラスの上に落ちたことで首を切る大ケガを負った。
女子生徒の名前は、門倉唯。当時、楓坂学園の二年生だった。
ガラスはかなり深くまで門倉さんの首を切り裂いていた。
運ばれてきた段階で多くの血が失われていた。明らかに重傷だった。
そのため、緊急手術を何度も実施した。
駆けつけたご両親が必死の形相で呼びかける悲痛な声は、今でも耳の中にこびりついて離れないくらいだという。
「そう……ですか……。大変だったんですね……」
みゃーが瞳を伏せながらつぶやく。黙っていることに耐えられなくなったのだろう。
ぼくは、ちらりとでゅらちゃんに目を向ける。
でゅらちゃんは黙ったまま、ただポツンと、ぼくたちから少し離れた位置に立っていた。
「そ……それじゃあやっぱり、その門倉さんって人が首を切断して、それで幽霊になって出てきたってことなのかな!?」
閃太郎が、場の空気を読まないぶしつけな物言いで、怯えた声を上げる。
と、院長先生がその考えをバッサリと否定してきた。
「切断? 幽霊? いやいやいや、門倉さんは首を切っただけだよ。そりゃあ、出血も多くて何針も縫うケガではあったけど、運がよかったのか命に別状はなかった。重傷だって言っただろう? 命に関わるケガだった場合、重体って表現するんだよ」
『え?』
ぼくたち三人――ぼくとみゃーと閃太郎の声が重なる。
でゅらちゃんが幽霊とか妖怪とか、そういった存在だと考えていたことと、事故当時の凄惨な状況を新聞で見たり五本松先生から聞いたりしていたことで、その女子生徒は亡くなってしまったと思い込んでいた。
でも、どうやらそうではなかったようだ。
「門倉さんは、確かにかなり深い傷でしばらく入院はしたが、半年くらいで退院したんだったと思う。ご両親には泣いて感謝されたよ。本人もたまにお礼を言いに来てくれる。ただ、今でもまだ、首の傷は残っているがね。一生消えないその傷は、そのまま心の傷になっているのかもしれないな」
苦々しい表情で、院長先生は声をしぼり出すように語る。
そのあとぼくたちは、門倉さんが今でも近くに住んでいるという話を聞き、無理を言って彼女の家の場所を教えてもらった。
忙しい院長先生に代わって、娘である月見里さんが傷の具合はどうなのか訊きに行く、という理由ならば話してくれるだろう。
そう配慮してもらえたことには、心から頭が下がる思いだった。
院長先生という立場の人でも、やっぱりひとり娘には甘いってことなのかな。
でゅらちゃんが門倉さんの幽霊、という可能性はなくなったようなものだけど、それでも話を聞けるのはありがたい。
今のところ、他にでゅらちゃんに関する手がかりがあるわけでもないのだから。
院長先生に丁寧にお礼を述べたぼくたちは、急いで病院をあとにすると、門倉さんの家へと向かった。




