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そんなこんなで病院へと向かったぼくたち。
入り口の自動ドアを抜けると、クーラーで冷やされた涼しい風が肌を心地よく包み込む。
月見里さんの家が病院だとはいっても、当たり前だけど月見里さん一家が病院内で生活しているわけではない。
病院の隣に自宅があって、そこに住んでいるのだという。
そうすると、さっきの発言はやっぱり、ぼくたちをからかうための策略だったということになる。
う~ん、さすが月見里さんだ。侮れない。
受付で月見里さんが話をつけ、院長室へ向かうべく廊下を歩いていると、
「あれ? お姉ちゃん?」
不意に背後から女の子の声が響いた。
振り返ってみると、中学生くらいの女の子が首をかしげながら、でゅらちゃんのほうに視線を向けていた。
「ほほ~う? そなたの姉上は、こんな顔をしてるのでござるかぁ~?」
なにやらおどろおどろしい口調の言葉を添えながら、でゅらちゃんはゆら~りと幽霊っぽい動作で女の子に近づき、切断されている自分の首をその女の子の目の前に寄せる。
「……ひっ……!」
悲鳴にならない悲鳴を上げ、ガタガタと震え始める女の子。
「ほらほら、姉上なのでござろう? どうしたのでござるかぁ~? きひひひひ……!」
気色悪い笑い声を発しながら、でゅらちゃんは嫌がらせするように、あとずさる女の子を執拗に追い立てる。
「ぎゃ~~~~~~っ!」
やっと声が出せるようになった彼女は、女の子らしからぬ悲鳴を轟かせ、泣き叫んだ。
どうでもいいけど、でゅらちゃんって周りの人にも頭のない姿で見えているってことだよね?
よくそれで騒ぎにならないなぁ。
でゅらちゃんの持つ能力のたまもの、ってやつなんだろうけど、やっぱり不思議だ……。
ぼくが思案していると、不意に凛とした声が響く。
「ちょっと、でゅらちゃん、なにしてるのよ!」
どうやらみゃーは、でゅらちゃんを咎める気持ちが抑えられなかったらしい。
みゃーにも少しは、常識的な感覚が存在していたってことか。
「むっ、いーちゃん! なにか失礼なこと考えてるでしょ!?」
同時に、非常識で超常的な感覚をも持ち合わせているようだけど。くわばらくわばら。
「でゅらちゃん、いったいどうしちゃったの?」
続けて月見里さんが落ち着いた声で尋ねる。
どんな状況でも慌てたりしないイメージの彼女。一度、思いっきりパニくらせてみたいかも。
「維摘くん、身のほどってのをしっかりとわきまえないと、痛い目を見ることになるわよ?」
……月見里さん、あんたもか。
どうしてぼくの周りの女の子は、こうも浮世離れしているのだろう。
実際に浮世を離れていると思われるでゅらちゃんのほうが、まだ可愛く思えてしまうほどに。
そんなぼくの思考自体も危険と言わざるを得ない。ここは黙って退いておこう。
「なにゆえか、からかいがいのありそうな子だと思ってしまったのでござる……」
でゅらちゃんは若干弱々しい声色で、さっきの月見里さんの言葉に答えていた。
ぼくが月見里さんの静かな脅しを受けて汗をだらだら流しているのは、完璧にスルーして。
「ごめんね、大丈夫だよ?」
みゃーが女の子をなだめている。
みゃーって、意外と優しいところがあるんだよね、ぼく以外に対しては。
「う……ひっく……わたしのほうこそ、ごめんなさい。お姉ちゃんだなんて……」
おばさん、でしたね。
なんて続けたら、この女の子の勇気を褒めたてえてあげるところだけど。
もちろんそんなことはなく。
「なんか、似てるなって思っちゃって……。すみませんでした!」
「いやいや、気にしてないでござるよ。きひひひひひひ……!」
気にしてないなら、その笑い方はやめなよ、でゅらちゃん。
あ~、女の子がまた涙目に……。
「ほら、大丈夫だから泣かないで。……あれ? なんか、落ちてる。あなたのかな? え~っと……『剣豪武蔵が斬る』? あれれ、これって……」
女の子をなだめていたみゃーが、足もとに落ちていたハードカバーの本に気づいてそれを拾い、タイトルを読み上げる。
どうやら、さっきでゅらちゃんが驚かしたときに、落っことしてしまっていたようだ。
「あ……はい、わたしのです! ありがとうございます!」
本を受け取り、笑顔をこぼす女の子。今の今まで泣いていたのに、切り替えの早い子だ。
それはともかく、この本って確か、みゃーのお父さんが書いた時代小説だったはず……。
みゃーも気づいたようで、なんとなく嬉しそうに微笑んでいた。
「へ~、シブい本読んでるんだね」
「お父さんがこういうの大好きなんです! これも、お父さんの本棚から持ってきたんですよ!」
「そんな本を読んでると、剣豪武蔵に斬られちゃうかもしれないでござるよ? 拙者の、この首のように……。きひひひひひ!」
「ひいっ!」
ようやく笑顔になったというのに、でゅらちゃんは再び女の子をからかい始めた。
ああ、もう! また涙を浮かべちゃってるし!
「ほ……ほら、ぼくたちも用事があるんだから、それくらいで……」
これ以上あの女の子に恐怖心を与えると、通報されかねない。
ぼくは急いででゅらちゃんを止めにかかる。
ぼくの言葉に、助かった! という表情をあからさまに浮かべ、
「そそそそ、そうですよね! お時間を取らせてしまって失礼しました! それでは、わたしはこれでっ!」
慌てた声を残し、女の子は階段を駆け上がっていった。