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「この学校の制服を着てるんだから、この学校の生徒だったはずよね。足はあるし触ることもできるけど、きっと幽霊とかそういった類のものだと思うわ。おそらく首に大ケガを負ったりして、それが原因で亡くなってしまった生徒の霊、といったところかしらね」
月見里さんはそう言うと、ぼくたちを先導して歩き出した。
向かった先は、特別教室棟の三階にある図書室。
「ここには過去の学校新聞なんかも全部残ってるはずよ。新聞部が毎月発行してるから、一年で十二部ね。過去にさかのぼって、手分けして調べていきましょう」
てきぱきと指示を出す月見里さんに従い、ぼくたちは学校新聞を調べ始めた。
その様子を、でゅらちゃんはただ黙って見つめていた。(顔がないから、どこを見ているのか、よくはわからなかったけど)
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「おっ、『学園長の大事なもの盗難事件』だってさ! 『学園長の大事なものが盗まれたことが、全校集会で公にされた。しかし、いまだに犯人は見つかっていない』か。大事なものって、なんだろ? 次の号に結末が載ってるかな……?」
閃太郎が面白半分といった様子で、学校新聞が収納されている棚に手を伸ばす。
その動作を遮るかのように、月見里さんが少々強めの口調で答えた。
「カツラよ」
「へ?」
「だから、カツラ。大事でしょ? 学園長の残念な頭には」
月見里さんは歯に衣を着せぬ物言いで、冷然と解説を加える。
「それ、去年の学校新聞でしょ? 閃太郎くん、一年前のことも覚えてないの? だいたい、あたしたちも去年はこの学校にいたんだから、その頃の記事を調べても意味ないじゃない。まったく、使えないわね」
なんというか、散々な言われようだ。閃太郎は長テーブルに「の」の字を書いていじけている。
ま、いつものことだし、気にしないでいいだろう。
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「あっ、これ、『近所の工事現場で崩落事故発生』だって。『月見里総合病院の隣の工事現場で、女の子が負傷……』って、あら?」
月見里さんが新聞を読み上げ始めたけど、しばらくして声が止まる。
「なによ、月見里総合病院って、あっこの家じゃない」
みゃーがツッコミを入れる。
どれどれ? と、ぼくも閃太郎も月見里さんの目の前に広げられていた学校新聞に目を落とした。
日付は……今から八年前か……。
「オレたちが小学校三年生のときだね」
閃太郎のつぶやきに、でゅらちゃんは一瞬、ぴくっと体を震わせたようだった。
……もしかして、この記事がなにか気になったのかな?
でゅらちゃん本人に尋ねてみようと考えてはみたものの、みんなが身を乗り出して記事に集中していたため、ぼくは質問の言葉を投げかけるタイミングを失ってしまった。
「そうね。え~っと、『女の子はそのまま月見里総合病院に入院。危険な状態だったが、どうにか一命を取り留めた。どうやら友達と一緒に面白半分で工事現場の中へと侵入し、事故に遭ってしまったらしい』……か」
淡々と記事を読み進めていく月見里さん。
「この子が首を切断して幽霊になった、とかって可能性はないのかな?」
「ケガの詳細については書かれてないわね。でも、倒れてきた鉄板の下敷きになったみたいだから、切断って状況にはならなそうよ。そもそも、この学校の生徒じゃないし」
閃太郎の問いに、月見里さんは変わらず落ち着いた声で答える。
女の子と書いてあるってことは、おそらく事故に遭ったのは大きくても小学校低学年くらいの子だったのだろう。
そんな子が鉄板の下敷きになったという事故だって充分にショッキングだと思うのに、それでも平静を保ったまま語れるなんて、やっぱり月見里さんはすごいな……。
冷たい人間、なんて言ったら殴られるだろうけど。家が病院だから、というのもあるのかもしれない。
と、新聞をのぞき込んでいたみゃーが、記事のさらに先へと視線を向ける。
「かわいそうね~。あっ、まだ続きがあるよ。えっと、なになに……『工事現場は非常に危険です。工事現場の中には入らないようにしましょう』だって! なによこれ、小学生じゃあるまいし! 高校生にわざわざ忠告することじゃないよね!」
……いやいや、工事現場に入っていく程度、みゃーだったら充分にありえそうだ。
なんて言葉は当然ながら飲み込み、「あはは、そうだね」と適当に相づちを打っておくぼくだった。
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「きゃっ! これ見て~! 『チワワ集団乱入』だって! 写真つきだわ! かっわい~~~~!」
黄色い声を上げながら、記事をみんなに見せてくるみゃー。
「どれどれ……『チワワ十数匹が突然学園内に乱入! 学園中の生徒たちがチワワを見ようと廊下や窓から身を乗り出し、授業中にもかかわらず教室を出ていってしまう生徒も』か。確かに、犬とか猫とかが学校に入ってくると大騒ぎになるよね!」
「高校生にもなって、と思わなくもないけど、犬や猫を可愛いと思う気持ちに、年齢なんて関係ないものね」
なんとなくほのぼの感が漂う。
「でも、実弥ちゃん。ぜんっぜん関係ないことで盛り上がるのはやましょうね~?」
にこっ。
笑顔ながらも圧倒的な威圧感のある月見里さんの言葉に、みゃーは焦った様子で、
「は……はいっ!」
と答えていた。
さすがのみゃーでも、月見里さんには敵わないようだ。
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余計な記事に寄り道してしまったからというのもあるけど、ぼくたちはかなりの時間を費やしてしまっていた。
それでも、目標に向かって歩いていれば、やがては目的地にたどり着くもの。
ぼくたちは、ようやく目ぼしい記事に到達することができた。
『不運な転落事故! ガラスで首を切断!』
五年ほど前の学校新聞に、そんな見出しが躍る。
そしてその記事には、
『友達同士でふざけていて、誤って転落してしまった女子生徒。不運にも落下地点に何枚ものガラスがあり、それによって首を切断してしまった。ざっくりと切れた首からは血が大量に流れ出し、さながら赤い川のように見えた。辺りには飛び散ったガラスの破片が散乱し――』
といった感じで、事故当時の様子が生々しく事細かに書き綴られていた。
さらに――。
『それからしばらくのあいだ、学校内では首なし幽霊の噂が絶えなかった。もしかしたらそれは、この女子生徒の霊がさまよっている姿だったのかもしれない……』
記事の最後には、恐怖心をあおるかのように、そんな文章まで添えられてあった。