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次の日、ぼくはでゅらちゃんと一緒に家を出た。
すぐにみゃーを迎えにいく。
みゃーの家のチャイムを押してしばらく待っていると――、
「ぎゃ~~! スカートはき忘れてた! はいてくる! ……あ~~~、今度はカバン忘れた~~~!」
いつもの朝と同じように、みゃーの発する慌ただしい音が家の中から響いたあと、玄関のドアが開く。
どうでもいいけど、スカートをはき忘れるって、そんなことがありえるのか……。
「ふ~、お待たせ~! おはよ~、いーちゃん!」
「うん、おはよう、みゃー」
相変わらず寝ぐせだらけの頭で飛び出してきたみゃーと、朝の挨拶を交わす。
と、みゃーの視線が、ある一点でピタリと止まった。
ぼくのすぐ隣、つまり、でゅらちゃんのところで。
「な……なによ、でゅらちゃんも一緒に来たわけ?」
「うむ。拙者、維摘殿の部屋に泊めてもらいましたゆえ」
「ぬ……ぬわんですってぇ~!?」
素直に事実を述べるでゅらちゃんに、鬼のような形相のみゃーが迫る。
「くっ……! (いいなぁ……)」
ぼそっと、なにやらつぶやいた気がしたけど、ぼくにはよく聞こえなかった。
(今度ご一緒にどうでござるか?)(え? いいの……?)(実弥殿であれば、維摘殿も文句を言いますまい。拙者は押入れの中なれど、実弥殿はどうするでござる?)(い……いーちゃんのベッドで……)(一緒にでござるか?)(うん……)(了解でござる)
さらに続けられた女の子ふたりのひそひそ話も、ぼくの耳にはまったく届かなかった。
☆☆☆☆☆
教室に着いても、でゅらちゃんは姿を消すことなく、平然とぼくたちのそばにいた。
朝のホームルーム前の待ち時間。
担任の高苑先生はまだ来ていない。
ぼくたちはいつもどおりに、すぐ近くの席に座る面々で、無駄話を繰り広げていた。
ただ、今日はそこにもうひとり、でゅらちゃんが加わっている。
それにしても、どうして誰も、でゅらちゃんを不審に思わないのだろう?
ぼくは疑問を口にする。
それは、あまり交流のないクラスメイトたちだけではなく、月見里さんや閃太郎に対しても言える疑問だったのだけど。
「おそらく、でゅらちゃんがみんなの精神を操作して存在を自然に認めさせてるんだよ。でゅらちゃん本人が自覚してなのか、無自覚なのか、それはオレにはわからないけどね」
自分自身もその精神操作を受けていることなんてまったく無自覚と思われる意見を、閃太郎がきっぱりと披露する。
『隣人は宇宙人かもしれない』というタイトルの本を片手に持ちながら。
……確かこの本も、みゃーのお父さんの著書だった気がする。
「推測でしかないけど、オカルトマニアであるオレの推測だからね、まず間違いはないと思うよ」
どこからそんな自信が湧いてくるんだか。
そう思わなくもないけど、実際のところ、閃太郎の言っていることは、たぶん真実からさほど遠くないと考えられる。
精神を操作しているからこそ、昨日、うちのお母さんも驚いたり不審に思ったりせず、ぼくの部屋にでゅらちゃんを泊めることを許可したのだろう。
ぼくとみゃーにしたって、最初は怖かったはずなのに、いつの間にやら恐怖心が薄れていた。
あれも精神操作によるものだと考えれば納得がいく。
「拙者には、よくわからないでござる……」
当のでゅらちゃんは閃太郎の推測を聞いてもこんなふうに首をかしげているだけだから、無自覚の能力という可能性が高そうな気はするけど。
「ござるって……デュラ衛門……?」
閃太郎がぼそりとつぶやく。
やっぱり、ぼくと同じような感想を持ったらしい。
「ところで、でゅらちゃん。記憶を失くしてるって話だけど、他になにか覚えてることとかってないの?」
月見里さんが不意に尋ねると、でゅらちゃんは一瞬考える仕草を見せ、悪びれる様子もなくこう言ってのける。
「そうでござるな……『斬』とか『怨』という文字が、なんとなく頭に思い浮かぶでござる」
…………危険だっ! この子、危険だよっ!
「もしかしてぼくたち、刀で斬られたり怨念で呪い殺されたりしちゃうってこと!?」
と、そのとき、チャイムの音が鳴り響き、同時に高苑先生が教室に入ってきた。
「こらこら、お前たち、出歩いてないで早く席に着け~。ほら、そこのお前も!」
騒がしい教室内の様子に動じることもなく、三十路の壁に差しかかった男性教師は素早く大声を放つ。
高苑先生が「そこのお前」と呼んで指差したのは、ぼくたちの近くで立ち尽くしている首のない女の子、でゅらちゃんだった。
どうやら先生も、不審に思ったりはしていないようだ。
「先生殿、拙者の席がないのでござるが……」
でゅらちゃんは、おずおずと控えめに声を上げる。
すると先生の口から、こんな言葉が飛び出してきた。
「そうだったな、すまんすまん。よし、それじゃあ、霧清水の膝の上にでも座っとけ」
「わかったでござる」
素直に返事をすると、でゅらちゃんは先生に言われたとおり、ぼくの膝の上にちょこんと座ってしまった。
ふわっと、昨日も感じたいい匂いが鼻をかすめる。
こ……この状態で、どうしろと……。
戸惑いを隠せないぼくではあったけど、高苑先生はすでにこの話題は終わったと言わんばかりに、朝のホームルームを始めてしまっていた。
仕方なく、前を向いて先生の話に耳を傾ける。
ちょうど目の前には、でゅらちゃんの首の切断面辺りが……。
切断面、なんて考えてしまい、ぼくはちょっと寒気を覚える。
思わずじっと目を凝らしてしまったけど、どうもその切断面に目を向けると視界がぼやけるみたいでよく見えなかった。
実際、鮮明に見えたらきっとグロい状態だろうし、これでよかったのかもしれないけど。
首なし女の子が膝の上に乗っかっているという状況ではあるものの、不思議とぼくは、授業には支障ないと考え、さほど気にも留めなかった。
それも無自覚のでゅらちゃんの能力によるものだったのだろうか。
でゅらちゃんが膝の上にいても、教室内ではごくごく普通に、いつもどおりの学校生活が展開されていく。
だけど、ただひとつ。
さっきからずっと、隣の席に座っているみゃーの殺気立った視線が痛いほどに突き刺さってきているのだけが、気がかりなところだった。
担任の高苑先生が教室から出ていき、一時間目が始まる時間になって国語の先生が入ってきても、みゃーの殺気は収まる気配がない。
……みゃーのやつ、どうしたのかな……?
ぼくは首をかしげつつも、前を向き、授業に集中する構えを崩さなかった。
もちろん、でゅらちゃんをしっかりと膝の上に乗せながら――。