バズる予定だった無自覚に最強の男は【ダンジョン配信禁止法】施行によりバズりキャンセルされた
【保存】2031/07/14 22:47:23
チャンネル名:地下探索ちゃんねる★かなた
動画タイトル:【深層14階】初の単独踏破に挑戦!!命がけのリアル配信
▼ コメント(再生数 1,204,883)
草薙ユキ:すごい!かなたちゃん頑張れ!
モンスターハンター太郎:あ、あのモンスターやばくない?
でんでん:うしろうしろうしろ!!!
aaaaa:?????
無課金勢:え
無課金勢:え?
Taro1984:かなた?
草薙ユキ:……?
でんでん:配信止まった?
モンスターハンター太郎:止まった
モンスターハンター太郎:切れた
草薙ユキ:????
ああああ:あれ
Taro1984:かなた??
草薙ユキ:かなたちゃん、、、
でんでん:かなたちゃん
でんでん:かなたちゃん??
モンスターハンター太郎:かなた
この配信は現在アーカイブが削除されています。
ダンジョンが出現したのは、二〇二九年の春だった。
東京・豊島区の地下鉄工事現場で作業員が「底のない穴」を発見したのが最初で、その四十八時間後には世界各地で同様の報告が相次いだ。
穴の中には生き物がいた。魔物と呼ばれるようになる、それらの生き物が。
政府が事態を把握し、自衛隊による封鎖を完了させるまでの九日間、その穴は完全にフリーアクセスだった。
最初に潜ったのは冒険家でも軍人でもなく、配信者だった。
「マジか、マジか、マジか」
再生数が現在も三億回を超える例の動画――チャンネル名「都市伝説調査隊・葉山」――の配信者、葉山凌は、スマートフォンを片手に穴の中へと降りた。
当初の視聴者はわずか二百人ほどだったが、途中で魔物と遭遇し、ハンマーで撃退するシーンがSNSで拡散されると、瞬く間に数百万人がリアルタイムで視聴した。
コメント欄は混乱と熱狂で埋め尽くされた。
【切り抜き転載】葉山ダンジョン初潜入 ~完全版~
▼ コメント(再生数 312,847,001)
ガチすぎて笑えない
え、これ本物?
CG?
CGじゃないわこれ
死ぬって
死ぬよ
葉山さんマジで逃げて
逃げてくれ
逃げてお願い
殴った!!!!
うそだろ
強すぎwwwwwwww
英雄じゃん
英雄じゃんか
葉山凌、英雄誕生の瞬間
翌日、葉山凌はテレビのワイドショーに出演し、「また行きます」と笑顔で語った。
その言葉通り彼は再び潜り、三度目の潜入で消息を絶った。遺体は発見されていない。
しかし社会は、すでにダンジョン配信の「面白さ」を知ってしまっていた。
封鎖が解かれた。
正確には「冒険者制度」が成立した。政府公認のライセンスを取得した冒険者は、指定ダンジョンへの立ち入りが許可された。
ライセンス取得の条件は緩かった。書類審査と三日間の講習。それだけだった。後に「ザル規制」と批判されるそのシステムは、しかし当時は「民間活力の活用」として称賛された。
ダンジョン内部には未知の鉱石、希少な素材、そして「魔石」と呼ばれるエネルギー資源が眠っていた。国家の経済的利益と、個人の冒険心と、視聴者の娯楽欲求が、完璧に一致した。
チャンネルが雨後の筍のように生まれた。
「ダンジョン探索ちゃんねる★かなた」「冒険者見習いのゆっくり日記」「元自衛官・荒木のガチダンジョン攻略」「女子大生が初ダンジョン行ってみた!」「パパとダンジョン!(小学二年生)」
最後のチャンネルについては、翌月に冒険者法が改正され、十八歳未満の単独潜入が禁止された。それが最初の「禁止」だった。
それ以外は、野放しだった。
この時期の配信がいかに無秩序だったか、当時の視聴者は今もよく覚えているだろう。
カメラは揺れ、音声は割れ、配信者は叫び、魔物は暴れた。死にかける配信者を何百万人が見守る。助かれば大量のスーパーチャットが飛び、死ねば……それも視聴者の記憶に刻まれた。
最初の「生放送死亡事故」は二〇二九年十月に起きた。
チャンネル名「ダンジョン三人組!」の配信者のひとり、大学生の磯部悠樹(二十一歳)が、第五層で頭部に魔物の爪を受け、その場で倒れた。配信は止まらなかった。仲間のふたりがパニックになりながら止血を試みる映像が、十八分間にわたって流れ続けた。
視聴者数は最終的に七十万人に達した。
コメント欄には「頑張れ」「救急呼んで」「誰か助けて」という言葉が溢れた。
しかし同時に、「ステマ?」「これ演技じゃないの?」「やばい飯うまwww」という言葉も流れ続けた。
磯部悠樹は翌日、搬送先の病院で死亡が確認された。
配信のアーカイブは投稿から六時間後に削除されたが、切り抜きはすでに数十のチャンネルに転載されていた。
死亡事故の衝撃が冷めやらぬうちに、別の問題が噴出した。
配信者同士のトラブルである。
当初は「ネタ被り」程度の揉め事だったが、視聴者数と収益が絡むと話は変わった。人気チャンネルの登竜門であるダンジョン深層攻略は、先行者が多大なリスクを取って情報を開拓し、後発がその情報を利用して「安全な」攻略動画を出すという構造を生んだ。
「情報の横取り」が横行した。
配信者・荒木健司(元自衛官、チャンネル登録者数八十五万人)が自身の配信中に他の配信者と遭遇したときの映像は、当時広く拡散された。
【問題映像】荒木vsタカハシ ダンジョン内口論
▼ コメント(再生数 45,203,881)
えぐい
荒木さんが正しいと思う
タカハシ側の視聴者だけど流石にこれは…
どっちもどっち
というか配信しながら喧嘩するの草
でも荒木さん本気で怒ってる
タカハシのチャンネルもう見ない
荒木さんの方が先に配信してたのは事実だよな
てかダンジョン内で喧嘩したら魔物来るだろ…
来たwww
喧嘩してる場合じゃないwwwww
問題の本質はその後だった。
翌週、タカハシ誠(当時、登録者数四十二万人)が荒木の配信でしか公開されていなかった第八層への「隠し通路」の情報を使って攻略動画を公開した。荒木はそれを「情報窃盗」と称して炎上動画を出した。双方の視聴者が相手を攻撃し、双方の配信中に嫌がらせが行われた。
しかし問題はもっと深刻なところで起きていた。
三ヶ月後、荒木の元チームメンバーが告発動画を公開した。内容は「荒木が意図的に他の配信者の潜入ルートに魔物を誘導した」というものだった。証拠として、荒木の別アカウントでの音声ファイルが添付されていた。
【緊急告発】荒木健司の真実――元チームメンバーが語る闇
▼ コメント(再生数 67,891,204)
まじかよ
荒木さんずっと応援してたのに
これが本当なら犯罪では?
誘導した先で実際に死者出てるじゃん
死者出てるぞ
待ってこれって殺人じゃないの
証拠の音声、本物っぽい
弁護士呼べ
警察案件
警察に行けよ
荒木さんのファンだったけどもう無理
あんな仲間面して…反吐が出る
この件は後に刑事事件として立件されたが、証拠不十分で不起訴となった。
しかし「ダンジョン配信者が視聴者数のために他者を危険に晒す可能性がある」という認識は、社会に静かに根付いた。
二〇三一年七月十四日の夜に話を戻す。
「地下探索ちゃんねる★かなた」の運営者、三宅奈々(二十四歳)は、その日、十四層への単独踏破に挑んでいた。彼女は元々ゲーム実況者で、ダンジョン出現後に転向した「後発組」だった。登録者数は三十万人。収益だけでは生活できず、アルバイトを掛け持ちしながら配信を続けていた。
彼女が十四層に挑んだのは、同じ後発組の配信者・西條リサが先週に十四層踏破を果たし、一気に登録者数を百万人まで伸ばしたからだ。
チャット欄には前日から「かなたも十四層行けよ」「怖くて行けないの?」「リサちゃんの方が強いな」というコメントが絶えなかった。
配信は順調だった。十三層まで、彼女はほぼノーダメージで攻略していた。視聴者は八万人を超えていた。
十四層に踏み込んだとき、状況が変わった。
このフロアには「群体型」の魔物が生息していた。単体の強さは低いが、数が多く、かつ一定の数が集まると「形態変化」を起こす種類だった。その情報は西條リサの攻略動画でも触れられていたが、「数が増えたら逃げればいい」という解説だった。
三宅奈々はその判断を誤った。
逃げ道を確認せずに戦闘を続けた。視聴者の「倒せ倒せ!」というコメントを見ながら。形態変化した魔物は彼女の武器を弾き飛ばした。
22:41:07 gggggggg:うしろうしろうしろ!!!
22:41:09 草薙ユキ:逃げて!!!!
22:41:10 でんでん:武器どこ!!
22:41:11 モンスターハンター太郎:あ、あのモンスターやばくない?
22:41:14 無課金勢:え
22:41:15 無課金勢:え?
22:41:17 ----------配信が切断されました----------
配信が切断されたのは、カメラが落下したからだった。
通報が入ったのは翌朝だった。同じフロアを別ルートで探索していた冒険者パーティが遺体を発見した。
三宅奈々の遺体は、十四層の最奥近くにあった。右手には、最後まで武器を探した痕跡として、指先の皮膚が複数箇所剥がれていた。
享年二十四。
配信の最後にカメラが落下する直前の一秒が、後に切り抜かれてSNSで拡散された。拡散したのは一部の視聴者だったが、その投稿には「草」「ドンマイ」というリプライが無数についた。
翌朝、そのSNS投稿がまとめサイトに掲載され、テレビのニュースで報道された。
「ダンジョン配信の死亡映像がSNSで拡散――規制を求める声」
テレビの報道は止まらなかった。
三宅奈々の死から一週間後、彼女の両親がメディアの前に立った。母親は「娘の最後の映像を笑いながら見ている人間がいる。これが許されるのか」と泣きながら語った。翌日、その映像はすべての民放と全国紙の一面を飾った。
【ツニッタートレンド 2031/07/22】
1位:#ダンジョン配信規制法
2位:かなた
3位:三宅奈々
4位:ダンジョン死亡
5位:#冒険者制度見直し
政治が動いた。
野党が「ダンジョン配信規制法案」を提出した。与党はすぐには動かなかったが、内閣支持率の低下を受けて「ダンジョン配信の在り方に関する検討委員会」を設置した。
経済界も動いた。
この頃にはすでに、大手芸能プロダクションや広告代理店がダンジョン配信市場に参入していた。トップ配信者との専属契約、スポンサー収入、グッズ販売。市場規模は年間三千億円を超えていた。
業界団体「日本ダンジョン配信協会(JDBA)」が声明を出した。
「我々は自主規制による安全管理の徹底を誓います。法による一律規制は、健全な市場の萎縮を招きます」
しかし同時に、協会の内部では別の動きがあった。
大手プロダクション三社が連名で「ダンジョン配信の事前審査制度」の導入を提案した。内容は「協会が認定した配信者のみが映像を公開できる」というものだった。
表向きは安全管理。実態は、個人配信者の排除だった。
登録者数十万人以下の配信者からは猛反発が起きた。
【配信者・雨宮タケルのツニッター投稿 2031/08/03】
JDBAの「事前審査制度」、中身を読んだ。
審査基準は「収益実績」「所属事務所の有無」「視聴者数」。
つまり俺みたいな個人配信者は全員アウト。
これ安全管理じゃない。
大手が市場を独占するための規制だ。
絶対反対する。
RT 8,204 / いいね 61,829
この投稿は広く拡散されたが、同時に別の声も生まれた。
【返信欄より】
批判的な意見:
「安全管理を無視して配信する個人が事故を起こすから問題になってる」
「かなたちゃんの死を悼みながら自分の配信を守ろうとするのか」
擁護的な意見:
「タケルの言う通り。大手だって死亡事故は起きてる」
「金持ちだけがダンジョンに行ける世界にしたいのか」
世論は割れた。
その頃、別の問題が浮上していた。
防衛省の内部文書が一部メディアにリークされた。
内容は「ダンジョン配信による安全保障上のリスク」に関するものだった。配信映像を解析することで、ダンジョンの構造、魔石の埋蔵量、魔物の分布状況が外部から推定できる。実際に、某国の情報機関が日本国内ダンジョンの配信映像を収集・分析していたという報告があった。
【朝刊 2031/09/17 一面】
「ダンジョン映像、他国が情報収集か? 防衛省が対策検討」
国家安全保障の観点からの規制論が、与党内で一気に現実味を帯びた。
「配信規制は個人の自由の問題ではなく、国家の安全の問題だ」
その言葉は、反対派の口を封じるのに十分だった。
規制論が最高潮に達したのは、翌年の春だった。
人気配信者「ダンジョン攻略王・ケン」こと田村健太郎(登録者数二百三十万人)が、配信中に他の冒険者パーティと衝突した事件だ。
田村は十一層の「レアポップ地点」を独占するために、先行していた別パーティを映像に映しながら「邪魔な素人集団」と繰り返し揶揄した。視聴者はそれに乗じて当該パーティのSNSアカウントを特定し、誹謗中傷を大量に送りつけた。
被害を受けたパーティのひとり、会社員の中村真也(三十一歳)は、一週間で数百件の脅迫メッセージを受け取った。
「次に潜ったとき、何が起きるか分からないぞ」
中村は告訴状を提出した。田村の配信者としての活動は凍結され、スポンサーが全社撤退した。
この事件でJDBAの「自主規制で対処できる」という主張は完全に崩れた。
同月、国会で「特定ダンジョン保安法」が審議入りした。
法案の内容は当初よりも踏み込んでいた。「ダンジョン内での映像配信の原則禁止」。例外として認められるのは、国家が認定した「調査機関」による映像記録のみ。個人による配信は、如何なる形式においても認められない。
反対意見は多かった。学者、ジャーナリスト、配信者、視聴者。しかし三宅奈々の死、安全保障上のリスク、田村事件という三つの事実の前に、その声は力を持てなかった。
二〇三二年五月十三日、「特定ダンジョン保安法」が成立した。
施行は六月一日。
その日から、ダンジョン内での配信は禁止された。
法律が施行されてから、半年が経つ。
ダンジョンは今日も存在し、冒険者たちは今日も潜っている。ただ、その姿を見る者は誰もいない。
第二十三層。
現在、人類が到達している最深部だ。
そこに、ひとりの男がいる。
名前は知られていない。冒険者登録はしているが、ランキングには無関心で、ギルドへの報告も必要最低限だ。いつからここにいるのかも分からない。気づいたら、そこにいた。
男の戦い方を見た者は、全員が同じ反応をする。
最初は「何かの間違いだ」と思う。
二十三層の魔物は、Aランク冒険者でさえ四人パーティで慎重に対処する相手だ。それを男は、ひとりで、まるで散歩するように薙ぎ払っていく。魔物の動きを先読みしているのか、ほとんど傷ひとつ負わない。戦闘が終わると、男は小さく息をついてまた歩き始める。
表情はない。独り言もない。
たまに出くわした他の冒険者が「あの人は何者だ」と聞いても、誰も答えられない。
先月、運良く隣で戦闘を見た新人冒険者が、地上に戻ってから口を滑らせた。「信じられないものを見た」と。その話は少し広まったが、すぐに消えた。証拠がなければ、噂は噂のままだ。
かつてなら違った。
あの時代なら、誰かがカメラを向けていた。あの戦いっぷりがリアルタイムで流れれば、コメント欄は瞬く間に埋め尽くされただろう。切り抜きが量産され、まとめが作られ、SNSがざわめき、翌朝にはテレビで特集が組まれた。
彼は英雄として祭り上げられたか、あるいは何者かに利用されたか。どちらにせよ、「名前を持った存在」になっていた。
しかし今、それはない。
暗い地下で、男は今日も戦っている。
誰も見ていない。誰にも知られない。
配信は禁止されているのだから。




