9 発見
バスカビル子爵夫人の手紙を読み終えたカメリアは、マイケルに「この手紙のことはもう記事にしましたの。」と訪ねた。
マイケルは「いいえ、まだですよ。それどころかお蔵入りになりそうです。」と大袈裟に落ち込んでみせた。
「うちだって適当に書いてるわけじゃないですからね、裏付けとらなきゃです。
だけどこの告発文が全部ほんとうなら、バスカビル家の研究の背後についてるのは王家でしょ。
それなら苦労して記事を書いたところで揉み消されてしまいます。」
マイケルは「だからこの情報をカメリア様にお伝えして、この村でおきた連続殺人の真相をどこよりも早く記事にすることにしたんです。」とウインクした。
「では、このことをまだ公にはしないでおいてください。
私が何か掴んだ、というようなことも言わないでくださいね。
そうして油断させておけば、狂犬は尻尾を出すはずですから。」
カメリアの言葉にマイケルは「承知いたしました、カメリア様。」と茶化したような会釈をしてみせる。
「おれはカメリア様への協力を惜しみませんから、何なりと申しつけてくださいね。
真相がわかったらすぐ言ってください、飛んできますから。」
マイケルが帰ると、カメリアは私に「今日は隣街まで出かけますわよ。」と言った。
「隣街まで、ですか。」
「ええ。
お話を伺いたい方がいますの。」
「では、馬車の準備をいたします。」
しかしカメリアは「いいえ、隣街までは一駅ですから、汽車で行きましょう。」と言うのだった。
彼女の命令通り、私とカメリアは汽車に乗って向かった。
その街はバスカビル家のある村よりも住民が多いようで、背の高い三角屋根のアパートが並んでいる。
駅前の道はは広く整備された石畳の大通りになっていた。
駅を出たカメリアは、目的の人物を探して駅前の大通りを歩いた。
「よかった、いらっしゃったわ。」
その人物は、大通りで客待ちをしていた。
カメリアは彼に微笑んだ。
「ごきげんよう、ドレッパーさん。
私、貴方に少々お話をお聞きしたくてきましたの。」
ドレッパー氏は「これはこれはカメリア様。ご足労をおかけして申し訳ありません。」と慌てふためいた。
「なんでも聞いてください。」と言うドレッパーに、カメリアは「貴方はいつもこの駅前の大通りで客待ちをされているのかしら。」と訪ねた。
「ええ、そうです。
この道はここらで一番人通りが多い場所ですから。
おれの商売は客がつかまらねぇと成り立ちませんからね。」
「では、バスカビル子爵夫人の送迎を任さたのはどういった経緯があったのですか。」
「あの前の日の夜、この街に住むばぁさんを乗せてバスカビル家の近くまで行ったんですよ。
なんでもばぁさんの娘家族がそっちに住んでて、孫の誕生日だから会いに行くといってね。
ばぁさん孫のためにケーキ焼いてたら遅くなったとかで、夕飯に間に合わないと大変だからとかってひどくせっつかれましたよ。」
「そのおばあさまを娘さんの家まで送り届けたのは何時でしたの。」
「やっぱりちょっと夕飯には遅くなっちまったけど、9時前ではあったはずだな。
そのあと馬に餌をやってからおれも食事をとって、こっちまで帰る客を乗せようかと待ってたんですけどね。
2時間ぐらい粘ったけども、あの村はこっちに比べて全然ひとがいないんだもんなぁ。
夜遅くに出るやつなんていなかったんですわ。
雨も降ってきて、なれない村での夜道は危ないですから帰るに帰れず、そのままあの村に留まったんです。
車中泊ですわ。
いやぁ酷い目に遭いましたよ。
そんで翌朝、子爵夫人にカメリア嬢のとこまでおくってくれって頼まれたんですわ。」
ドレッパー氏は「あぁ、でもおれが送迎したのは偽物なんでしたっけな。」と頭をかいた。
「その日の朝に、バスカビル子爵夫人と名乗る女に直接頼まれたのですか。」
「ええ、そうです。」
「では貴方はその日の朝、すぐに駅前の大通りに戻ろうとはしないでバスカビル家のすぐ近くにいたのですか。」
「いや、朝早く、おれが馬車の支度をしてるところにあの人がきたんですわ。
おれがいた路地は屋敷から見える場所だったんですわ。
2階の南側にでかい窓があるでしょう。
そこから見えるんです。」
「そうですか。
そこから見える路地となると、ペーター氏が殺害された現場と近いのではありませんこと。」
狂犬の2人目の被害者ペーターは、ドレッパーが村を訪れたのと同日に殺されている。
「貴方、何かご存知ありませんか。」と聞くカメリアに、ドレッパーは「いえ、なんも知りません。」と答える。
「ペーターは馬車で殺されたそうですが、貴方の馬車が盗まれたということはありませんの。」
「それはありませんよ。
さっきもいったとおりおれは馬車の中で寝てたんですからね。」
カメリアのドレッパーへの質問はそこで終わった。
「お話を聞かせてくださってありがとうございます。それともう一つお願いが。」
「なんでしょう。」
「バスカビル家のある村に戻らなければなりません。
馬車をお願いしますわ。」
私とカメリアは、ドレッパーの馬車に乗ってコテージまで戻った。
コテージへ到着し、カメリアと私が馬車から降りると、ドレッパーは「またいつでもお気軽に。」と挨拶した。
立ち去る彼の馬車が遠ざかってから、カメリアは手にした物を私に見せた。
「スタンフォード警部補に連絡してくださいませ。
これをドレッパーの馬車で発見したことを彼女に知らせなければなりません。」
それは血のついた剃刀であった。




