8 子爵夫人の手紙
面識もないのに、このような奇怪な手紙を出す非礼をお許しください。
わたくしはバスカビル子爵の妻、ヘレナ・フォン・バスカビルにございます。
わたくしがお手紙を書きましたのは、バスカビル家が隠してきた重大な秘密を世の皆様にお伝えするためです。
わたくしはバスカビル家に嫁ぐ際、この忌まわしき一族の闇を明らかにするという使命を父より与えられました。
その使命を今こそ果たすべく、わたくしは筆を取ったのです。
貴方方はこの国に広く読まれる雑誌を刊行されておられる編集部であられます。
正義の心とジャアナリズムをお持ちな貴方方であれば、きっとバスカビル家の魔の手から人々を救ってくださると思ってこの手紙を出した次第です。
わたくしは、代々医者をしているモーティマー家に生まれました。
わたくしの曽祖父は一族のなかでも抜きん出た優秀な医師でした。
曽祖父はある病の研究に生涯を捧げておりました。
その病に感染したものは、水や風を恐れるようになり、やがて昏睡状態となり呼吸ができなくなり死に至るのです。
曽祖父は、その病の感染経路を突き止めました。
その病は、犬などの哺乳動物からうつる病気だったのです。
感染した哺乳動物から噛まれることや、粘膜の接触によって感染するのです。
感染経路の発見後、曽祖父は治療法の研究に情熱を注ぎました。
しかし、栄誉を与えられたのは曽祖父ではありませんでした。
曽祖父と共に研究していた研究者のうちの1人が、その病の確実な予防法を発見したのです。
その研究者は研究結果を王国へ知らせ、王国はその成果をたたえて子爵の称号を与えられました。
曽祖父から手柄を奪ったその研究者の一族こそ、バスカビル家なのです。
けれども、わたくしはこのことをお伝えしたくてお手紙を書いたのではありません。
バスカビル家が隠していたことは、曽祖父の手柄を奪ったことではないのです。
バスカビル家の闇の歴史は、この予防法の発見から始まるのです。
バスカビル家の発見した予防法は、素晴らしい発見であるにも関わらず、世に知られることがありませんでした。
バスカビル家は人知れず病と戦っていたのです。
バスカビル家に嫁いで知ったのですが、バスカビル家の領地内には常に数十頭の犬や猫がいるのです。
屋敷には国の至る所から犬猫が連れてこられ、数日間屋敷に滞在した後、また返されていきます。
さらに夫のヒューゴはしょっちゅう家を開け、犬猫に会いに国中を飛び回ります。
思うに、バスカビル家の者たちは病の感染経路を断つため、犬猫に病が感染しないよう予防法を施しているのです。
それがバスカビル家に課せられた使命なのです。
ではなぜ、バスカビル家がそんな素晴らしい偉業を成し遂げ、この国の人々の健康のため尽くしていることが誰にも知られていないのでしょう。
それはバスカビル家の研究が光の側面でなく闇の側面ももっているからなのです。
バスカビル家の見つけた予防法とは、あらかじめごく微弱な病原体を投与し病に感染させることで抗体をつけ、重い症状になることを防ぐというものでした。
したがってバスカビル家は病の病原体を保管しており、それを培養させる技術を持っています。
つまりバスカビル家は、あらゆる生物を病原体に感染させることが可能なのです。
バスカビル家はこの病原体を生物兵器として利用する研究をしているのです。
だからバスカビル家は病のことも、予防法も世に発表することはなかったのです。
恐ろしい病を意のままに操り、人々を殺す技術がバスカビル家の手の中にあるのです。
なんと恐ろしいことでしょう。
どうかこの事実を記事にして、バスカビル家の秘密を白日のもとに晒してください。
貴方方がこの国の人々を救ってくださることを願っています。




