6 口の裂けた男
「こんばんわ、お嬢さん。」
闇夜に現れた男は、窓の向こうからこちらを覗いている。
ニタニタとわらう裂けた口が蝋燭の火を反射し光っている。
思わず声を上げた私を、男は「なんだぁ、貴方はただの女なんだなぁ。アハハ。」と笑った。
私は窓を開け、男に怒鳴った。
「貴方誰ですか!
何してるんですか!」
「嫌だなぁ、貴方は俺を知ってるはずですよ。」
男は人差し指で自身の口の傷をなぞった。
「ヒューゴ・フォン・バスカビル…!」
ヒューゴは「ほら、知っていたでしょう。」と満足げに言った。
「王都にいたんじゃなかったんですか。」
「妻と女中が相次いで殺されたんですよ。
俺は今日それを知って、慌てて汽車へ乗って帰ってきたんです。
そしたら、あのカメリア嬢とその従者ヒルダくんが事件を捜査しているというじゃないですか。
カメリア嬢といったら、優秀な探偵でしょう。
野次馬ごごろが刺激されましてね。
一目お目にかかりたいと、貴方方が泊まっているというこのコテージに来たんですよ。」
「こんな時間に来るのは失礼ではありませんか。」
「いやぁ、驚かせてしまってすみません。
ちょっとした悪戯ですよ。
それにね、人に見られないところで話したいことがあったものですから。」
話したいこととはなんだと問えば、ヒューゴはますます切れた口角を上げる。
「カメリア嬢は困ってるんじゃないかと思いましてね。
だって、カメリア嬢に俺を捕まえることは絶対にできませんから。」
困惑する私に、ヒューゴは「誤魔化さないでくださいよ、貴方も俺が犯人だと思ってるんでしょう?」と挑発的に言う。
「絶対に俺は捕まえられない。
たとえカメリア嬢であってもね。
だけど、カメリア嬢は狂犬の尻尾をつかまえられないまま帰るわけにいかないでしょう。」
そういってヒューゴは身を乗りだし、顔を近づけて囁いた。
「俺が協力して差し上げてもいい。
カメリア嬢の思うままに動くマリオネットになりましょう。
俺は犯人、カメリア嬢は探偵を演じてともに物語をつくりあげましょう。
そうすれば、カメリア嬢の名声は守られる。」
ヒューゴはカメリアが事件の真相を推理できないだろうと見くびって、自作自演をすることを持ちかけている。
なんという侮辱だろうか。
「悪いはなしじゃないでしょう。」と笑う顔に私は「馬鹿にしないでいただきたい。」と怒号を浴びせた。
「カメリア様は名誉のために探偵をしているのではありません。
虚構を演じて真実を闇に葬ることをカメリア様がお許しになるわけがない。
貴方がどう思おうとも、カメリア様は必ず事件を解決します。」
ヒューゴは「おお、こわい。」と茶化して肩をすくめてみせた。
「では今日のところは退散しますよ。
気が変わったらいつでもどうぞ。」
そう言うと、口の裂けた男はまた闇の中に紛れていった。




