4 黒い瞳
昨日カメリアの元を尋ねてきた黒い瞳の女性はバスカビル子爵夫人を名乗った。
しかし彼女は狂犬の犠牲者となったヘレナ・フォン・バスカビルとは別人だったのだ。
「カメリア様を尋ねてきた女性は誰だったのでしょう。」
カメリアは「本物のバスカビル子爵夫人をよく知る人物なのは確かですわね。」と人差し指を顎に当てて考え込む。
「彼女はバスカビル子爵夫人が脅迫文を受け取ったことを知っていた。
かつ、私に会っている間本物のバスカビル子爵夫人が別の場所で目撃されることはないとわかっていたからこそバスカビル子爵夫人になりすますことができたのでしょう。」
「カメリア様、それはもしかして黒い目の女性がカメリア様とあっていたとき既に本物のバスカビル子爵夫人は殺されていたということでしょうか。」
「ええ、その可能性が高いでしょうね。
バスカビル子爵夫人殺害の犯行時刻を偽装するために、彼女になりすましたとのだと思いますわ。」
バスカビル子爵夫人になりすましたあの黒い瞳の女こそ、狂犬の正体なのだろうか。
「黒目の女っつうなら、アンネでねぇか。」
バスカビル家について私たちに話してくれた農夫はそう言った。
「アンネとはどなたですの。」
「バスカビル家の女中だよ。
ヘレナが嫁ぐ前からバスカビル家にいる。
ヒューゴの愛人とも言われてるね。」
バスカビル家で働いているというのなら、バスカビル子爵夫人をよく知っているのも脅迫文について知っているのも頷ける。
農夫は「ヒューゴに協力して悪さする女がいるならアンネだろうさ。」と続けた。
「あなたはアンネがヒューゴの差金で動いたと思っているのですか。」
私が問えば、農夫は「当然だろ。」と答える。
「おれだけでねぇ。
この村のもんみんなが、連続殺人をやったのはヒューゴだと思っとる。
あいつは何するかわからねぇおっかねえやつだ。
夫婦仲は悪かった上、アンネって愛人がいるんだからヘレナを殺すのもおかしくねぇだろ。
それになにより、奴は口が裂けとった。
ペーターもヘレナも口を裂かれてたんだろ。
自分がやったってヒューゴが教えてるようなもんでねぇか。」
私はカメリアの指示を受け、知り得た情報を報告するためスタンフォード警部補に電話した。
バスカビル邸の近くで調査をしていたスタンフォード警部補は電話を受けてすぐに駆けつけてくれた。
「昨日バスカビル子爵夫人をかたった黒い瞳の女性を送迎した馭者は、ドレッパーという男です。彼はバスカビル家の抱えの馭者ではなく辻馬車をしている者です。」
スタンフォード警部補は昨日午後2時にバスカビル子爵夫人を自宅へ送り届けたと証言した馭者について調べたそうだ。
馭者ドレッパーもまた、黒い瞳の女に騙されていたという。
「ドレッパーは普段、隣村の駅前通りで客待ちをしているそうです。
ですから、この村にも詳しくはなかった。
黒い瞳の女がバスカビル子爵夫人を語っても、カメリア様と同じくドレッパーもなりすましに気づくことはできなかったのでしょう。」
さらにスタンフォード警部補は、「ヒルダ嬢から電話を受けた後、被害者の遺体の解剖結果が出ました。」と続ける。
「解剖の結果、バスカビル子爵夫人は遺体の腐敗の様子から死後2日が経過していると。
ペーターが馬車に轢かれ殺害されたのは昨夜1時ごろ。
バスカビル子爵夫人殺害が先だったのです。
昨日我々はバスカビル家の女中アンネにあっています。
アンネはバスカビル子爵夫人は昨日カメリア様の屋敷へ行き、帰宅した後もう一度出かけたと証言した。
この証言は嘘ということになる。
バスカビル子爵夫人になりすましたのはアンネである可能性が高い。」
「一人目の被害者はペーターではなく、バスカビル子爵夫人だったのですね。」
カメリアは「狂犬が脅迫文を送ったのはバスカビル子爵夫人だけだったのが気になりますわ。」と指摘する。
「ペーターの事件では、殺害現場にも脅迫文は残されていなかった。
二人目の犠牲者はペーターである必要はなかったのかもしれませんね。
バスカビル子爵夫人へ贈られた脅迫文も、バスカビル子爵夫人殺害後、無差別に村人を殺すつもりであることを示唆しています。」
無差別殺人鬼の狂犬が、バスカビル子爵夫人殺害だけは最初から予定していたというのだろうか。
それならなぜ、バスカビル子爵夫人を標的にしたのか。
私たちが考え込んでいると、一人の刑事がスタンフォード警部補に近づいてきた。
「スタンフォード警部補!」
「どうした。」
「村の井戸から女性の遺体が発見されました。
遺体は口を裂かれています。
これまでの事件と同一犯の可能性が高いです。
発見者の証言と、遺体の持ち物から身元の確認が取れています。
遺体は、バスカビル家で働いている女性、アンネのものです。」




