3 呪われた一族
翌朝、朝食を終えたカメリアは私に「ヒルダ、馬車を出してちょうだい。」と命じた。
「何処へ向かわれるのですか。」
「バスカビル子爵邸のある村です。
子爵夫人は、バスカビル家には忌まわしい言い伝えがあるといっておりました。
そのために村人から忌諱されていると。
それがどんな言い伝えなのか確かめたいのです。
子爵夫人の元へきた狂犬による脅迫文と関係があるかもしれませんわ。」
針葉樹林の生い茂る緑深い森は、雪がちらついている。
灰色の重たい雲が広がる空に包まれたその森のすぐそばに、バスカビル子爵邸があった。
農村はバスカビル子爵邸から少し離れるようにして広がっていた。
村へ到着したカメリアは、バスカビル家について聞いて回った。
忌まわしい噂を口にするのも嫌がるものも多かったが、その中で優良な情報を教えてくれたのは農業を営む老人だった。
「バスカビル家はある研究の成果を王家に認められて、子爵の称号を得たんだ。
けども、その研究がなんだかは誰もしらなんだ。
バスカビル家の者は代々、村人と関わらないどころか社交界にも参加せん。
わざわざ村から離れた森の近くに屋敷を構えてるってのもなんだか怪しいだろう。
その上、あの辺りを通った奴らはみな、犬の鳴き声を聞くと言うんだ。
普通の鳴き声じゃないさ、苦しみ悶える犬の恐ろしい鳴き声さ。
なにか恐ろしい研究をしてるんじゃないかと思わせるのさ。
だけども今のバスカビル子爵のヒューゴは素行が悪いので有名だ。
ヒューゴは酒癖が悪くて、その上頻繁に何日も外泊するから、ありゃよそで遊んでるんだな。
王家から認められるような研究者の家系なら、現在の当主が立派な研究者じゃないのはおかしいだろう。
だからもっぱら噂なのさ。
王家が認めた研究を成功させたのは、バスカビル家の人間ではない、バスカビル家が別の誰かの研究の功績を奪ったんだろうって。」
老人はそう語った。
「バスカビル家は何か隠していることがあるのかも知れませんわね。
けれども言い伝えはずいぶん尾鰭がつけられていると考えたほうがよいでしょう。」
「バスカビル子爵夫人は中傷にさぞこころを痛めていたでしょう。」
しかし老人は「ヘレナはそんなよわっちい娘でねぇぞ。」と言う。
「バスカビル家が誰かの研究を盗んだとは昔から言われてたけども、ただの噂でねくて本当のことだと思われるようになったのはほんの最近だ。
モーティマーっていう医者がこの村にきてからだ。
モーティマーは、自分の一族の手柄をバスカビル家に盗まれたって言い始めたんだ。
そのモーティマーの娘がヘレナさ。
ヘレナはモーティマー家のために、バスカビル家の悪事を明らかにするだとか息巻いていた。
それを悪趣味なヒューゴ・フォン・バスカビルが面白がってな。
やれるもんならやってみろ、お前を屋敷に招いてやるっていってヘレナを嫁にとったのさ。
あの二人はどっちも気が強くて、ちょっと狂ってるところがお似合いさね。
ちっとも仲良くないらしいけどな。
似たもの同士なんだ。
二人とも炎が燃えるみてぇな、妙な怖さのある青い目をしてる。」
老人の言葉に、私は思わず声を上げた。
「待ってください、ヘレナは青い瞳をしているんですか。」
公爵邸にカメリアを尋ねてきたバスカビル子爵夫人の瞳は黒かったはずだ。
カメリアの方へ振り返ると、彼女は「私を尋ねてきたバスカビル子爵夫人と名乗った女性は、別人ということでしょうか。」と眉根を寄せた。
「ヒルダ、私たちはもう狂犬の罠にかかってしまっているのかもしれませんわ。」




