12 結末
「この事件は俺が望んだことだって?」
ヒューゴは裂けた口で声を立てて笑う。
「いったい何を言い出すんですか、カメリア嬢。」
笑われても、カメリアは表情を少しも崩さない。
「秘密を暴露しようとする危険人物であったヘレナが死に、貴方にバスカビル家の役割を務めさせる存在である女中アンネが死に、モーティマー医師は殺人の罪で囚われました。
こうして貴方を縛る枷は全てなくなったのではありませんこと?」
「だからこの事件の黒幕が俺だと?」
「貴方がヘレナと結婚したのはこの事件を引き起こすためでしょう。
ヘレナを屋敷に迎えれば、ヘレナが秘密を知るのは時間の問題です。
バスカビル家への忠誠心が強いアンネが、秘密を守るためならヘレナを殺すことは容易に想像できた。
アンネがヘレナを殺せば、モーティマー医師が報復に来ることも予想できていたのでなくって?
アンネに見つかることなくヘレナの告発文が送られたのも、貴方が手を回したのではありませんか。」
「それは貴方の想像でしょう、カメリア嬢。
証拠などない。
それにモーティマーは俺に罪を着せようとしたんですよ。
俺が黒幕なら、自分に疑いが向くように仕向けるのは愚かです。」
挑発するヒューゴに、カメリアは「ええ、そうでしょうね。」と返す。
「バスカビル子爵、貴方は彼らを裏で操っていたのではない。
アンネもモーティマー医師も、ドレッパーでさえ、自分の意思で罪を犯した。
貴方は狂犬が目覚める状況をつくっておきながら、狂犬が本当にその牙を剥くとは思っていなかった。
狂犬を手懐ける力など貴方にはなかったんです。
だからヘレナとアンネの死に罪の意識を抱いている。
違いますか。」
「完敗ですよ、カメリアさま。」
ヒューゴはそう言って眉を下げた。
「貴方のいう通りです。
アンネがヘレナを殺すことも、その報復にアンネが殺されることも、バスカビル家の秘密が暴かれることも、俺が望んだことだ。
俺が自由になるための惨劇を始めるつもりで、俺はヘレナと結婚したんだ。」
「惨劇が現実になった後のことを想定していなかったために、後悔することになったのですわ。」
カメリアに突き放されたヒューゴは、自虐的ともとれる笑みを浮かべて語る。
「王家が関わってるんですよ、バスカビル家の秘密を守るのは絶対の命令だ。
だからヘレナには死んでもらわなきゃならなかった。
でも俺は、この家に嫌気がさしていたんです。
バスカビル家の者だけで人知れずすべての感染源を断つなんて、どれほど無謀なことでしょうか。
来る日も来る日も仕事に明け暮れて、その上生物兵器としての研究もして。
嫌で嫌で仕方なかった。
だからヘレナがバスカビル家の秘密を明らかにして、破滅をもたらしてくれるのを望んでもいた。」
ヒューゴは少し躊躇った後、「ヘレナと結婚したのにはもう一つ理由があるんです。」と告白する。
「俺はヘレナを愛していたんだ。
カメリア嬢、貴方のような無垢な少女にはわからないだろうけど、俺はヘレナとアンネのどちらともに同じだけの愛と憎しみを抱いていたんだ。
本気で俺に憎しみをぶつけてくるヘレナの苛烈な青い目が好きだった。
長年支えてくれたアンネのことは、愛していたと同時に彼女さえいなければ俺はこの家から逃げられるのにとも思っていた。」
「アンネは貴方が彼女だけを選ばないことにも、貴方が自分を憎んでもいることにも、気づいていたんでしょう。
バスカビル家の秘密を隠し通す一方で、遺体の口を裂いたり、貴方の事件への関与を仄めかしたりしたのは、貴方を困らせたかったからなのでしょうね。」
窓ぎわから朝日が差し込む。
朝日に照らされた男は、穏やかな光とは対照的に孤独を纏っていた。
「カメリア嬢、貴方のいう通り俺にはこの事件を操ることなんてできなかったんですよ。
気づいた時には惨劇はもう止められなかった。
俺はずっと自由になりくて、すべて壊れてしまえって思ってたんだ。
でも、こんな結末を望んだんじゃないんだ。
愛した人を二人とも失うだなんて…。」
ヒューゴは言葉を失って項垂れた。
哀れな男の姿を、カメリアは黙って見つめていた。
こうして事件は幕を閉じた。
公爵邸へ帰るべく、馬車に乗り込むカメリアは私にいう。
「次はどんな事件が待ってるのでしょうね。」
私はずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「カメリア様は、どうして事件を追い求めるのですか。」
「探偵になることを決めたときに言いましたね、難事件の謎を解き人々を救うひとになりたいと。
もう一つ、理由があるとすれば…。」
ブラウンの目を伏せて、カメリアは語る。
「私はきっと、傷をなぞっているのです。
私の大切な人たちが亡くなったあの事件の発端は私の誕生だった。
私はあの事件をどんなふうに受け止めたらいいのか、まだわかっていないんです。
その答えを見つけたくて、私は謎を追いかけているのかも知れません。」
あの事件以来あまり感情を表に出さなくなったカメリアの、隠していた胸の内を初めて知った。
カメリアは気まずそうに、「人々を救うような探偵になりたいと思っていながら、救いを求めてるのは私自身だなんて情けないですわね。」と笑う。
「カメリア様。」
私は彼女の手を取った。
「私にその答えを探すのを手伝わせてください。
私は貴方の推理に救われたのです。
だからずっとついてゆきます。」
カメリアは「ありがとう。」と微笑んだ。
久しぶりにみる、あどけない表情だった。
そうして私たちは村を後にした。




