11 カメリアの推理
「おはようございます、バスカビル子爵。」
扉を開けたヒューゴ・フォン・バスカビルは、朝一番のカメリアの訪問にやや面くらいながらも「ようこそおいでくださいました。」とカメリアと私を屋敷へ招き入れた。
「散らかっていてすみません。
なにしろ、妻も女中もいなくなってしまったものですから。」
「かまいませんわ。」
バスカビル子爵は私たちを応接室へ通し、カメリアが席につくと「朝早くから、俺になんのご用でしょうか。」と問うた。
「ご報告に参りましたの。
私は狂犬をつかまえましたの。」
カメリアの言葉に、ヒューゴは「こいつは驚いた。」と裂けた口を吊り上げる。
「昨夜、狂犬は私の泊まっていたコテージを襲いました。
窓の向こうに光る目を見つけたときは私も驚きましたわ。
まさか本物の犬をけしかけてくるとは思わなかったんですもの。」
昨夜カメリアの部屋に現れたのは、艶やかな毛に覆われた大型犬だったのだ。
「それはそれは、恐ろしい体験をされましたね。
お怪我はありませんか。」
「ええ、平気ですわ。
犯人が来るだろうということは予想できておりましたから、警察に警護をお願いしておりましたの。
ですから、犬をけしかけた犯人をすぐに捕まえることができましたの。」
「さすがカメリア嬢だ。
それで、この連続殺人の犯人、狂犬の正体は誰だったんです?」
ニタリと笑って身を乗り出すヒューゴに、カメリアは「順を追ってお話ししましょうか。」と言う。
「事件のきっかけになったのは、貴方とヘレナの結婚ですわ。
モーティマー家に生まれたヘレナは、バスカビル家がモーティマー家の手柄を横取りしたことを証明しようとしていた。
そして彼女はバスカビル家の秘密を知ってしまう。
バスカビル家は病の感染源を断つために献身する一方で、その病を生物兵器として利用する研究を行っていた。
ヘレナはその秘密を公にしようとしました。
それを阻止するため、狂犬を語る人物はヘレナに脅迫文を送りました。
しかしヘレナは脅迫に屈しなかった。
従って秘密の露見を恐れた狂犬は、ヘレナを殺害したのです。
狂犬はヘレナ殺害後、犯行をどのように隠蔽するか悩んだ。
バスカビル家のために、犯行の動機を悟られないようにすることを狂犬は何より優先した。
そんなとき、狂犬は偶然ドレッパー氏が事故を起こすのを目撃します。
そうして狂犬はドレッパーを利用し、ヘレナ殺害を無差別殺人鬼の仕業にすることを思いついたのです。
狂犬はペーターを一人目の被害者に、ヘレナを二人目の被害者に見せるため、ヘレナになりすまして私の元を訪れた。
ヘレナが脅迫文を受け取ったことを私に話し、殺人鬼の存在をほのめかした。
さらにヘレナは私の屋敷から戻った後再び外出したときに殺害されたと思わせることで、自分から疑いの目をそらそうとしたのです。
ヘレナになりすました黒い瞳の女、アンネがその狂犬です。」
「待ってください、アンネも狂犬に殺されているじゃありませんか。
貴方を襲うことはできないでしょう。」
声を上げるヒューゴに、カメリアは「狂犬は一匹ではないのです。」と告げる。
「この村に現れた狂犬は、さながら地獄の番犬ケルベロスのように三つの頭があるのです。
ヘレナを脅迫、殺害し、ドレッパーを利用した一匹目の狂犬がアンネなのです。」
「アンネを殺したのは二匹目の狂犬だというのですか。」
「ええ、そうです。
アンネはヘレナ殺害とペーター殺害を猟奇的殺人鬼の仕業に見せるため、ドレッパーにペーターの遺体の口を裂くよう命じた。
そしてヘレナの遺体にも同様の傷をつけた。
その行動が、二匹目の狂犬を呼び覚ましたのです。
遺体の口を裂けば、同一犯の犯行と思わせて人を殺せると考えた人物がいたのです。
たった一人、彼だけがヘレナがバスカビル家の秘密を知ったために殺されたとわかっていた。
二匹目の狂犬は、アンネを殺し全ての犯行の罪を貴方に着せることでヘレナを殺したバスカビル家に復讐しようとしました。
遺体を古井戸に捨てるところを目撃された山高帽の男こそ、この二匹目の狂犬です。
私がお願いしたので、昨日彼の元に警察が捜査に来ました。
彼は焦って、貴方の疑惑を深めるために工作をした。それが私のコテージを犬に襲わせることだったのです。
あの犬は、バスカビル家の紋章のついた首輪をしていましたわ。
バスカビル家に集められた多くの犬のうちの一匹を使ったのでしょう。」
「何故その二匹目の狂犬は、ヘレナが殺された本当の理由がわかったんですか。」
「アンネが知らせていたのですわ。」
「アンネが?」
「ヘレナの遺体が発見された場所には、脅迫文が残されていましたわ。
『お前は地獄の狂犬を呼び覚ました。』と。
ヘレナはすでに死んでいるのだから、彼女を脅迫する必要はありません。
あれはヘレナに向けられたものではなかったのです。
アンネが脅迫文を残したのは、ある人物にバスカビル家の秘密にはもう手を出すなと警告するため。
その人物は、脅迫文が自分に宛てて書かれたものだと気づき、ヘレナが口封じに殺されたと理解したのです。
彼は"地獄の狂犬"が病の感染源を示していることを読み解けた唯一の人物です。
バスカビル家の人間以外であの病の感染経路を知っていたのは、彼の一族だけですわ。」
「では、昨夜捕まった狂犬というのは…。」
「ええ、ヘレナの父、モーティマー医師ですわ。」
「まったく見事です、カメリア嬢。」とヒューゴは手を叩いた。
「貴方は素晴らしい頭脳をお持ちだ。
こんなに複雑な事件の謎を解いてしまうだなんて。
でも、狂犬の頭は三つだといいましたね。
三匹目の狂犬は誰なんです?」
カメリアは相手の青い目をまっすぐに見すえて答える。
「バスカビル子爵、貴方ですわ。
この事件は、貴方が望んだのではありませんこと。」
ヒューゴは傷のある口でニタリと笑った。




