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10 狂犬

「これがドレッパーの馬車から見つかったのですか。」


血塗れの剃刀を受け取ったスタンフォード警部補がカメリアに確認する。


「ええ。

調べればドレッパーの指紋と、ペーターの血液が付着していることが確認できるはずですわ。」


「どういうことですか、カメリア様。」


驚く私にカメリアは説明する。


「ドレッパーは元来饒舌な人物なのでしょう。

バスカビル家周辺を訪れた日のことを詳しく話してくださました。

けれども、彼はペーター殺害が起こった現場に近くにいたにもかかわらずその事件に関しては何も知らないと言いました。

 

この村には辻馬車をしてる者はおらず、馬車を持つほど裕福な人物はバスカビル子爵だけですが、事件当日彼は王都にいました。

あの日事件現場近くに会ったのはドレッパーの馬車だけ、つまりペーターをひいたのはドレッパーの馬車ということになります。

ですから、彼が何も知らないというのなら、それは嘘だと思ったのです。

案の定、この剃刀が見つかりましたわ。」


「ペーターをひき、彼の口を裂いたのはドレッパーだったのですね。

狂犬の正体はドレッパーだったのですか。」


しかしカメリアは「いいえ、それは違いますわ。ドレッパーは狂犬に利用されたのです。」というのだった。


「あの日夜9時近くにこの村に来たドレッパーは、食事をとったのち客を待ったものの捕まらず、雨も降っていたため車中泊したといっていました。

けれど実際には隣街へ帰るため馬車を走らせたのでしょう。

雨で視界も悪かったためか、酔っ払ったペーターが飛び出したのかわかりませんが、ドレッパーはペーターをひいてしまった。


その事故を狂犬に見つかってしまった。

 

すでにバスカビル子爵夫人を殺害していた狂犬は、この事故を利用し連続殺人を偽装することを考えた。

狂犬はドレッパーに、『自分が殺したことにしてやるから、協力しろ。』とでも言ったのでしょう。


ドレッパーは狂犬に命じられた通り、ペーターの口に傷をつけ、翌日のアンネのバスカビル子爵夫人になりすましに加担したのでしょう。

最も、ドレッパーはバスカビル子爵夫人が偽物であると知らなかったと思いますけれど。」


「それがペーターが事件に巻き込まれた理由ですか。」


カメリアの推理に、スタンフォード警部補は「しかしなんのために連続殺人に偽装したか疑問です。」と眉根を寄せる。


「バスカビル子爵夫人殺害の動機を隠すためでしょう。

事件を起こしたのは猟奇的な無差別殺人鬼と思わせたかった。」


バスカビル子爵夫人を殺害した理由。

それは彼女がバスカビル家の秘密を口外するのをとめるためではないか。

それなら、狂犬の正体は…。


「我々はドレッパーの確保に急ぎます。」


 スタンフォード警部補に、カメリアは「ドレッパーはまだ近くにいると思いますわ。」という。


「それと、もう1人調べて欲しい方がいますの。」


カメリアが告げたのは意外な人物の名だった。

そしてカメリアは今度は私に、「ヒルダにもお願いがありますの。」と向き直る。


「きっと今夜、狂犬が顔を出すはずですわ。」





カメリアの言葉とは裏腹に、その日の夜は星が瞬く静かな夜だった。

明かりを落としたコテージの中では穏やかな時間が流れていた。


けれども、私が眠りにつこうとしたそのとき、カメリアの部屋からガラスの割れる音が聞こえた。

ついで聞こえてくる、きんと響く音。

狂犬の吠える声だった。

私はカメリアの部屋に駆け込んだ。


「カメリア様!」


割れたガラス窓のむこう、二つの目が光っている。

闇の中に姿を現したのは、一匹の狂犬だった。


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